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18.爪を研ぐ者、それを狩る者
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皇帝が死んだ事は十日間、公には伏せられる。
喪に服す為、とされているが、実際は、その間に、宮城では全てが整えられるのだ。
つまり、爪を研いでいた者は動き出し、それを狩る者が動きだす期間。
誰もが慎重にならなければ、一歩間違えば奈落の底だ。
十日後に新王の即位が発表されるのと同時に、崩御が知らされる事になる。
前回、琥珀帝の弟である老年の瑪瑙帝の誕生と前王であるまだ若い真珠帝の死がおもむろに発表されたように。
しかし、今回はまた別。
翡翠が皇帝に即位する事は以前より決定事項である事と、二妃の死の喪を鑑みて、正式な即位は一年後と議会が決定した。
その間の総家令は梟が続投する事になった。
その一年後が迫っている。
白鷹《はくたか》は離宮で金糸雀から報告を受けていた。
「元老院からの風当たりが強いですね。瑪瑙様は議会派でしたからね」
擁護していた皇帝の存在が消えれば、当然、保守派の元老院が盛り返す。
「瑪瑙様の皇后様は貴族では無かったしね。・・・翡翠様の正室は前の元老院長の娘だもの」
「早く正式に総家令を決めてしまえばいいのではないのですか?元老院次席が、雉鳩を推している様ですけれど」
「元老院次席の父親の前元老院長の後妻は、雉鳩《きじばと》の母親だよ。あの女、そもそも黒曜様、琥珀様の兄王の妹だもの。・・・まあ、おリベラルの議会がちょっとうるさいから、元老院にも削がれた体力を持ち直してもらってもいいけどさ」
総家令は宮宰。まだ十分に宮城に影響力のあるこの姉弟子が新しい人事を決めかねている様子が長い事不思議であった。
「・・・でももう一年経ちます。翡翠様は総家令をどうされるおつもりなの?」
金糸雀は、皇帝の一番側に侍る鳥、そう言われる自分達の身の振り方がまさか思わぬ悪い方向に向かうのではないかと不安なのだ。
白鷹は不機嫌そうにため息をついた。
幾度の嵐が起きようとも、幾人死のうとも。
そんなのどうでもよかった。
琥珀帝の半身たる立場に在る為なら、何だってした。
それは、あの女皇帝も同じ事。
「梟も今は大変ね。あの子には何度も面倒を押し付けてしまったわ。・・・でも我々二人は、とても恵まれていたわね。・・・どんな形であれ、皇帝を見送るのは総家令の誉ですものね」
唐突にそう言われて金糸雀は驚いて一瞬身を引いた。
「・・・二人と仰いましたか、白鷹お姉様」
「ええ。先年、琥珀帝は御隠れになっているから」
金糸雀は顔色を無くした。
「そんな、白鷹お姉様。・・・だって、司祭長様の旅立ちの祝福の儀式の記録はありません」
王族に関することは全て公式文書に残される。
去年と言ったか。
そんな文書、どこにもないはずだ。
「ええ。呼んでないもの」
唖然として金糸雀は姉弟子を見た。
「琥珀様はね、瑪瑙帝が御隠れになるまでご自身の死は公にする勿れと仰ったの。民を思い、皇太子である翡翠様を慮られた、まことに慈悲深いお方。私も胸が引き裂かれる思いで耐えておったところなの」
そう言って、琥珀は目元を抑えた。
嘘だ。金糸雀はじっと姉弟子を見た。
この女家令がそんな殊勝で健気なこと思うもんか。
女皇帝と共に戦場を駆け、大戦を収め、戦後処理に力を尽くしたこの総家令は、怪物とか妖怪変化とか人肉を喰らうダキニと呼ばれた女家令だ。
何を思ってそうしたのか、金糸雀には恐ろしいばかりで見当もつかないが。
きっとまた何か策謀を考えているところなのだ。
瑪瑙帝以前の真珠帝のあまりにも短い在位期間。
一番罪が重い者に処せられる記録抹消罪に処された若き皇帝と、その総家令であった大鷲の名を口にする者はもはや少ない。
青年皇帝のあの死もまた、彼女の策謀ではと長年宮廷では噂されて来た。
「白鷹お姉様。緋連雀が参りました」
唐突に妹弟子の声がして、白鷹は不機嫌そうな顔をしてから琥珀から下賜されたという芳しい伽羅の扇を、螺鈿の卓にそっと置いた。
金糸雀は驚いて顔を上げると、現れた美貌の女家令が礼をした。
「緋連雀。お前は呼んでないけどねえ。このセンシティブな時期にウロつくんじゃないよ。命取りになるよ。確か海軍に出向期間だったはずじゃないの。まさか脱走じゃ無いでしょうね。なら営倉送りにしてやるよ」
牽制にも、根性曲がりの宮廷育ちはそよとも揺れずいっそ艶やかに微笑んで見せた。
「私、お姉様にお話をお耳に入れたくて。ここ最近、空でクジャクの雛が飛んでいましてよ」
金糸雀が止めようとしたが、白鷹に指で制された。
「あら、そう?孔雀はあまり飛べないはずよ。せいぜい屋根の上。さらに雛鳥ではねぇ」
「ええ。ですけれど、不思議なことに。クジャクの雛は今、空で話題でございます。・・・ピカケというかわいそうな女の子が、無線使って、家出した姉を探してるって、軍用機も民間機もパイロットの間でもちきりだそうです」
白鷹が無言で瞼を上げた。
喪に服す為、とされているが、実際は、その間に、宮城では全てが整えられるのだ。
つまり、爪を研いでいた者は動き出し、それを狩る者が動きだす期間。
誰もが慎重にならなければ、一歩間違えば奈落の底だ。
十日後に新王の即位が発表されるのと同時に、崩御が知らされる事になる。
前回、琥珀帝の弟である老年の瑪瑙帝の誕生と前王であるまだ若い真珠帝の死がおもむろに発表されたように。
しかし、今回はまた別。
翡翠が皇帝に即位する事は以前より決定事項である事と、二妃の死の喪を鑑みて、正式な即位は一年後と議会が決定した。
その間の総家令は梟が続投する事になった。
その一年後が迫っている。
白鷹《はくたか》は離宮で金糸雀から報告を受けていた。
「元老院からの風当たりが強いですね。瑪瑙様は議会派でしたからね」
擁護していた皇帝の存在が消えれば、当然、保守派の元老院が盛り返す。
「瑪瑙様の皇后様は貴族では無かったしね。・・・翡翠様の正室は前の元老院長の娘だもの」
「早く正式に総家令を決めてしまえばいいのではないのですか?元老院次席が、雉鳩を推している様ですけれど」
「元老院次席の父親の前元老院長の後妻は、雉鳩《きじばと》の母親だよ。あの女、そもそも黒曜様、琥珀様の兄王の妹だもの。・・・まあ、おリベラルの議会がちょっとうるさいから、元老院にも削がれた体力を持ち直してもらってもいいけどさ」
総家令は宮宰。まだ十分に宮城に影響力のあるこの姉弟子が新しい人事を決めかねている様子が長い事不思議であった。
「・・・でももう一年経ちます。翡翠様は総家令をどうされるおつもりなの?」
金糸雀は、皇帝の一番側に侍る鳥、そう言われる自分達の身の振り方がまさか思わぬ悪い方向に向かうのではないかと不安なのだ。
白鷹は不機嫌そうにため息をついた。
幾度の嵐が起きようとも、幾人死のうとも。
そんなのどうでもよかった。
琥珀帝の半身たる立場に在る為なら、何だってした。
それは、あの女皇帝も同じ事。
「梟も今は大変ね。あの子には何度も面倒を押し付けてしまったわ。・・・でも我々二人は、とても恵まれていたわね。・・・どんな形であれ、皇帝を見送るのは総家令の誉ですものね」
唐突にそう言われて金糸雀は驚いて一瞬身を引いた。
「・・・二人と仰いましたか、白鷹お姉様」
「ええ。先年、琥珀帝は御隠れになっているから」
金糸雀は顔色を無くした。
「そんな、白鷹お姉様。・・・だって、司祭長様の旅立ちの祝福の儀式の記録はありません」
王族に関することは全て公式文書に残される。
去年と言ったか。
そんな文書、どこにもないはずだ。
「ええ。呼んでないもの」
唖然として金糸雀は姉弟子を見た。
「琥珀様はね、瑪瑙帝が御隠れになるまでご自身の死は公にする勿れと仰ったの。民を思い、皇太子である翡翠様を慮られた、まことに慈悲深いお方。私も胸が引き裂かれる思いで耐えておったところなの」
そう言って、琥珀は目元を抑えた。
嘘だ。金糸雀はじっと姉弟子を見た。
この女家令がそんな殊勝で健気なこと思うもんか。
女皇帝と共に戦場を駆け、大戦を収め、戦後処理に力を尽くしたこの総家令は、怪物とか妖怪変化とか人肉を喰らうダキニと呼ばれた女家令だ。
何を思ってそうしたのか、金糸雀には恐ろしいばかりで見当もつかないが。
きっとまた何か策謀を考えているところなのだ。
瑪瑙帝以前の真珠帝のあまりにも短い在位期間。
一番罪が重い者に処せられる記録抹消罪に処された若き皇帝と、その総家令であった大鷲の名を口にする者はもはや少ない。
青年皇帝のあの死もまた、彼女の策謀ではと長年宮廷では噂されて来た。
「白鷹お姉様。緋連雀が参りました」
唐突に妹弟子の声がして、白鷹は不機嫌そうな顔をしてから琥珀から下賜されたという芳しい伽羅の扇を、螺鈿の卓にそっと置いた。
金糸雀は驚いて顔を上げると、現れた美貌の女家令が礼をした。
「緋連雀。お前は呼んでないけどねえ。このセンシティブな時期にウロつくんじゃないよ。命取りになるよ。確か海軍に出向期間だったはずじゃないの。まさか脱走じゃ無いでしょうね。なら営倉送りにしてやるよ」
牽制にも、根性曲がりの宮廷育ちはそよとも揺れずいっそ艶やかに微笑んで見せた。
「私、お姉様にお話をお耳に入れたくて。ここ最近、空でクジャクの雛が飛んでいましてよ」
金糸雀が止めようとしたが、白鷹に指で制された。
「あら、そう?孔雀はあまり飛べないはずよ。せいぜい屋根の上。さらに雛鳥ではねぇ」
「ええ。ですけれど、不思議なことに。クジャクの雛は今、空で話題でございます。・・・ピカケというかわいそうな女の子が、無線使って、家出した姉を探してるって、軍用機も民間機もパイロットの間でもちきりだそうです」
白鷹が無言で瞼を上げた。
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