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8.女家令の身の上
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十歳。正しくは、小学校四年生で自主退学。
白鷹が学園長に勝手に退学届を送り付けていた。
あまりに酷いという事で一学期までは五月雨通学ながら続ける事が出来たのは、ギルド出の学園長の好意と意地。
家令の修行と連れ回されてやる時間がなくて、姉弟子と兄弟子が代わりにやったそれは見事な出来の作文や水彩画や観察記録や工作等の夏休みの課題を提出に行ったのが、学校生活の最後の思い出。
家令になれと言われ、よくよく深く考えもせず、仕方ないとも、ちょっと旅行気分とも。
そんな子供としても大分楽天的な考えでいたのだが、梟に最初に連れて行かれたのは、オリュンポスと呼ばれる神殿だった。
鵟はああ、と頷いた。
名刹で、大抵の学校が遠足や修学旅行で訪れる。
大きな湖が近くにある美しい神殿だ。
「そこで、何するんですか」
「うん、いわゆる神官。神祇官ていうんだけれど。巫女さんみたいな」
「軍人やって、巫女まで。本当にやるんですか」
「そうよ。聖堂で司祭だってやるし。私なんて、人手不足でどっちも行って下働きみたいな事してたの。家令ってブラックよねえ」
まるで他人事のように言う。
「神殿で待っていたのが白鷹お姉様。スパルタでね。神官業どころか、まずはお辞儀の仕方からみっちり仕込まれたわ。上手くできないと、木のものさしで叩くのよ。縫い物もしないくせに叩く用の長いものさし持ってるの」
「虐待・・・」
「ほんとよねえ。私なんて、のんびり育っちゃったものだから、最初はそりゃあ怖くてめそめそ泣いてたの」
孔雀はまた吹き出した。
「それが私の家令としてのスタート。ひどいもんでしょう。総家令としてのスタートもまあ、ひどいもんだったけど」
孔雀はカップを傾けた。
神殿から、次に連れてこられたのは、鳥達の庭園。
鳥達の庭園という意味だと梟に言われて連れて来られたものの、意外なほど荒れていた。
確かに、建物はとても趣がある設えで、実家が所有している海外にある古い別荘に似たつくりをしていた。きっと昔流行った様式なのだろう。
けれど庭の草は伸び放題だし、庭というより、良くて藪だ。
孔雀はそこで、兄弟子と姉弟子に初めて引き合わされた。
あまりにも幼い妹弟子の出現に、これがあの強引な白鷹が無理やり召し上げた継室候補群の家の子かと、誰もがなんとも複雑な顔をしていた。
「お前たち。妹弟子ができたよ。・・・さ、挨拶しな」
怖いくらいご機嫌の白鷹に促され、飴玉のような丸いボンボンのついたお下げ髪を揺らしながら孔雀は女家令の礼をした。
「・・・お姉様、お兄様、孔雀と申します。よろしくご指導お願い仕ります」
まずは神殿に連行されたという孔雀は完璧で優雅な女家令の礼を尽くした。
白鷹がよっぽどひっぱたいて仕込んだな、と一同はぞっとした。
「そう。孔雀と言う名前にしたのよ。いいでしょう?宮廷の誰より優雅なようにね。それからあの鳥はとっても悪食。毒蛇も毒蠍も食っちまうからね。昔から魔除けにされたもんだよ。さあ、お前は我々の敵を駆逐するようにね」
白鷹は自らの名付けのセンスを自画自賛した。
孔雀ちょっと俯いた。
そんなの嫌、すずめとかあひるとか可愛いのが良かった、とは口が避けても言えない。
「・・・私、この子知ってる。継室候補群のドベの家の子だわ。園遊会で見たもの」
緋連雀という美少女がそう言った。
「・・・俺も知ってる」
言われて、孔雀はじっと兄弟子を見た。
「お前、寿限無寿限無みたいな変な名前だよな?」
これがまた緋連雀に負けない美少年。
「・・・あ、生徒会長・・・」
孔雀が思わず叫んだ。
「入学式の時、世話したんだ。小学校の新入生と高校の新三年生が一緒に入場するっていう無茶な伝統があるんだよな、あの学校。こいつ、待機中に勝手にどっかの犬追っかけて行こうとするし、眠いだの飽きただの言って、購買でパン買って食わせていうこと聞かせてさ。説明会でもあんまりにもチョロチョロしてるからこいつの母ちゃん怒って羽交い締めにして抱っこしててさ。母ちゃん腹話術士みたいになってたっけなあ」
孔雀は頷いた。
入学式以来、学校行事ではよく見かけてそのたびにお菓子を貰っていたから彼のことはよく覚えている。
「・・・お前、学校どうしたんだよ。平日だぞ、今日」
孔雀は、そう言われて初めて不安になったようで、泣きそうな顔で見上げた。
「・・・・わからない。ずっと行ってないの。友達と休み時間に折り紙しようって約束してたのに。・・・お勉強は、白鷹お姉様が教えてくれるって言ってたから。・・・でも体育とかはどうしたらいいの?」
えっ?と全員が姉弟子を振り返った。
「そうなのよ!私、小学校と中学校の教職資格持っているからね。ついに役立つ日が来たわ」
と本人は物差しを振り回して大威張り。
その様子からも全く現代の教員に向いていないではないか、とは誰もが飲み込んだ。
「・・・やだ、嘘でしょ。とんだ暴力教師。今時、ネットで総叩きじゃないの」
と、手を叩いて笑い出したのは、新たに現れた、またとんでもなく美しい姉弟子だった。
「真鶴よ。よろしくね、おチビちゃん」
孔雀は、目が眩んだかのように目を見開いて絶句した。
「・・・・きれい・・・・」
素直に感激されて、真鶴は上機嫌になった。
「おりこうね。まあ、珍しい青菫色の瞳。目玉がまん丸くて、ぶどう飴とか玉羊羹みたいねえ。なあに?本当は寿限無っていうの?」
孔雀は首を振った。
「棕櫚杏花春雨です」
誰もが首をひねった。
なんという妙ちきりんな名前だ。
ええと、と孔雀が口を開いた。
「・・・椰子の木みたいな木のしゅろが名字、名前は果物のあんずと、お花のはな、おいしいはるさめ。しゅろ、きょうかしゅんう」
いつもその調子で説明しているのだろう。
「南の春の雨の名前ね。でもなんでそんな長いの?」
緋連雀が手を伸ばして孔雀の頬を引っ張った。
「・・・ふふ、伸びる。変なの。餅みたい。・・・真鶴お姉様。ギルド派の棕櫚家って変で。春にばかり子供が産まれるから皆、春の名前。その上、双子が生まれやすいらしいの。でも双子って途中で何かがあって一人になっちゃうことがあるんですって。バニシングツインというんでしょ。棕梠家ではその場合、二人分の名前をつける。母親はやっぱり長い名前で東風青嵐。祖父は双子で春雷と春月。継室候補群の名簿に載ってたわ。継室を今まで一人しか出したことのない貢献度最下位のギルド派の家。もっと昔に乳母くらいは出したことあるけれど、大体乳母なんか、女官でも民間からでも出るわ」
つんとすまして言い切るのがなんとも小憎らしい。
が、孔雀は感心して緋連雀を見た。
自分の母親や祖父、大叔父の名前をつらつらと言われるとは。
「・・・なんで知ってるの?」
「当然よ。継室候補群の内情や動向は逐一宮城に報告する義務があるんだからね」
緋連雀が自慢気にそう言ったのに白鷹は眉を吊り上げた。
「・・・そうだよ。でもその書類は総家令しか知らないはずだよ。お前、また梟の部屋の棚ひっくり返したね?!」
緋連雀が、まずい、と真鶴の背中に隠れた。
「いいじゃないの。梟お兄様が部屋にいないであちこちで悪巧みしてるのが悪いのよ」
真鶴がそう言うと、白鷹がため息をついた。
「・・・全く。ああ、いいわもう、バカバカしい。孔雀。お前の兄弟姉妹弟子達だよ。女家令が真鶴、金糸雀、緋連雀。男家令が、鸚鵡、白鴎、雉鳩《きじばと》、大嘴《おおはし》。あとは宮城に奉職している上の世代の者がいるけど、それはそのうち来るだろうからおいおい紹介しましょう」
ばさりと白鷹が孔雀に書類を見せた。
「いろいろ前倒しになっちゃって、今になってしまったけど、ここに署名しなさい」
銀箔で縁取られた上等な和紙に、見事な毛筆で書かれた書付け。
孔雀は戸惑って白鷹を見た。
見栄っ張りの白鷹の描く凝りに凝った草書は、華やかでかつ非常に読みづらい。
当然だが、孔雀ごときには読めない。
「いいから名前と拇印。・・・ああもう、アンタ、相撲取りじゃないのよ。掌いっぱいにその赤いのつけなくてもいいのよ」
と、まだ年端もいかぬ幼女にペンと朱肉を投げて寄越す姉弟子にさすがにあこぎな物を感じたが、誰が意見など出来ようか。
人権派弁護士志望の金糸雀がさすがに見かねて口を出して、孔雀の掌の朱肉を拭いてやった。
「・・・チビ、ここにはね、家令になったら一生家令って書いてあるの。わかる?これ書いちゃうと、後でやめた、とかできないのよ」
「余計なことお言いでないよ。海外育ちのくせに。お前読めないだろ」
白鷹が舌打ちしたのに、雉鳩が書類を取り上げて読み始めた。
彼は白鷹に書道を叩き込まれていた。
「どれどれ。・・・なんだよ。お前の親はもう了解しちゃったのか」
「相手は白鷹姉上と梟兄上だ。ギルドで城に貢献度ビリッケツの棕櫚家が断れるもんかよ」
同じギルド派で銀行家の出だという白鴎が気の毒そうに言った。
「棕櫚ってカエルマークだろ。お菓子屋の」
「ああ、あのカステラ屋。おいしいわよね」
思い当たった真鶴が孔雀の頭を撫でた。
「お菓子屋の子なの、おまえ」
孔雀が頷いた。
「それだけじゃないよ、真鶴姉上。棕梠家はもとは砂糖商でお菓子屋だけど、レストランや機内食なんかのケータリング、水産加工品、建築資材、畜産飼料。ギルド一、本業がなんだかわからない家。でも、それだけやって一番の売り上げがカステラという本当にわけのわからない会社」
皆よく知ってるなあ、と孔雀は白鴎を見上げてただ驚いた。
でも、ギルド派で銀行家の息子がなぜ家令に。彼もまた訳ありに違いない。
雉鳩が書状を頭から読んで眉を寄せた。
「うーん、なんですかこれ。盆と正月は帰省させる事。・・・だいぶ譲歩しましたね」
「・・・仕方ないじゃないの。この子の母親が、離宮に来て頑張るんだもの」
孔雀は驚いて姉弟子を見た。
母が普段、白鷹が前皇帝と住む離宮を訪れていたとは。
この姉弟子相手によくもそんな交渉をしたもんだと、全員が感心した。
「・・・というわけだ。いいのか、チビすけ」
雉鳩が指で頬をつつっついた。
「そうよ。来年、いいえ、明後日には後悔するわよ」
金糸雀もやりたかったのか、頬をつつく。
脅されて、孔雀はちょっと悩んだが。
「・・・うーん。・・・もう、ま、いっか、と思って」
もとより、ウチじゃ断れないと母親に言われていた。
今更どうしようもないことなんだろう。
「それに、家令になったら、面倒くさい事何もしなくていいって白鷹お姉様が仰ったし」
そうよ、その通り、と白鷹が頷いた。
「私はね。この娘に、世の女の大変さを懇々と説いてやったの」
この姉弟子が一般の女性の大変さや苦労をどう知っているというのかと真鶴がおかしそうに笑った。
孔雀は、自分の名前を書いた。
白鷹は満足そうにくるくると書面を巻いて、銀と孔雀緑色の組紐で縛った。
「さあ。これでお前は正式に家令だよ。・・・兄弟姉妹は円環状に常にお前と共にあることを忘れないように、最後の血の一滴まで燃やして生きなさい。そうすれば必ず兄弟姉妹はお前に報いるから、時間も場所も越えてね」
白鷹は大仰にそう言い、孔雀が頷くと、にっこりと微笑んでから、はい解散、散れ散れ、と右手を羽虫でも追い払うように振った。
白鷹が学園長に勝手に退学届を送り付けていた。
あまりに酷いという事で一学期までは五月雨通学ながら続ける事が出来たのは、ギルド出の学園長の好意と意地。
家令の修行と連れ回されてやる時間がなくて、姉弟子と兄弟子が代わりにやったそれは見事な出来の作文や水彩画や観察記録や工作等の夏休みの課題を提出に行ったのが、学校生活の最後の思い出。
家令になれと言われ、よくよく深く考えもせず、仕方ないとも、ちょっと旅行気分とも。
そんな子供としても大分楽天的な考えでいたのだが、梟に最初に連れて行かれたのは、オリュンポスと呼ばれる神殿だった。
鵟はああ、と頷いた。
名刹で、大抵の学校が遠足や修学旅行で訪れる。
大きな湖が近くにある美しい神殿だ。
「そこで、何するんですか」
「うん、いわゆる神官。神祇官ていうんだけれど。巫女さんみたいな」
「軍人やって、巫女まで。本当にやるんですか」
「そうよ。聖堂で司祭だってやるし。私なんて、人手不足でどっちも行って下働きみたいな事してたの。家令ってブラックよねえ」
まるで他人事のように言う。
「神殿で待っていたのが白鷹お姉様。スパルタでね。神官業どころか、まずはお辞儀の仕方からみっちり仕込まれたわ。上手くできないと、木のものさしで叩くのよ。縫い物もしないくせに叩く用の長いものさし持ってるの」
「虐待・・・」
「ほんとよねえ。私なんて、のんびり育っちゃったものだから、最初はそりゃあ怖くてめそめそ泣いてたの」
孔雀はまた吹き出した。
「それが私の家令としてのスタート。ひどいもんでしょう。総家令としてのスタートもまあ、ひどいもんだったけど」
孔雀はカップを傾けた。
神殿から、次に連れてこられたのは、鳥達の庭園。
鳥達の庭園という意味だと梟に言われて連れて来られたものの、意外なほど荒れていた。
確かに、建物はとても趣がある設えで、実家が所有している海外にある古い別荘に似たつくりをしていた。きっと昔流行った様式なのだろう。
けれど庭の草は伸び放題だし、庭というより、良くて藪だ。
孔雀はそこで、兄弟子と姉弟子に初めて引き合わされた。
あまりにも幼い妹弟子の出現に、これがあの強引な白鷹が無理やり召し上げた継室候補群の家の子かと、誰もがなんとも複雑な顔をしていた。
「お前たち。妹弟子ができたよ。・・・さ、挨拶しな」
怖いくらいご機嫌の白鷹に促され、飴玉のような丸いボンボンのついたお下げ髪を揺らしながら孔雀は女家令の礼をした。
「・・・お姉様、お兄様、孔雀と申します。よろしくご指導お願い仕ります」
まずは神殿に連行されたという孔雀は完璧で優雅な女家令の礼を尽くした。
白鷹がよっぽどひっぱたいて仕込んだな、と一同はぞっとした。
「そう。孔雀と言う名前にしたのよ。いいでしょう?宮廷の誰より優雅なようにね。それからあの鳥はとっても悪食。毒蛇も毒蠍も食っちまうからね。昔から魔除けにされたもんだよ。さあ、お前は我々の敵を駆逐するようにね」
白鷹は自らの名付けのセンスを自画自賛した。
孔雀ちょっと俯いた。
そんなの嫌、すずめとかあひるとか可愛いのが良かった、とは口が避けても言えない。
「・・・私、この子知ってる。継室候補群のドベの家の子だわ。園遊会で見たもの」
緋連雀という美少女がそう言った。
「・・・俺も知ってる」
言われて、孔雀はじっと兄弟子を見た。
「お前、寿限無寿限無みたいな変な名前だよな?」
これがまた緋連雀に負けない美少年。
「・・・あ、生徒会長・・・」
孔雀が思わず叫んだ。
「入学式の時、世話したんだ。小学校の新入生と高校の新三年生が一緒に入場するっていう無茶な伝統があるんだよな、あの学校。こいつ、待機中に勝手にどっかの犬追っかけて行こうとするし、眠いだの飽きただの言って、購買でパン買って食わせていうこと聞かせてさ。説明会でもあんまりにもチョロチョロしてるからこいつの母ちゃん怒って羽交い締めにして抱っこしててさ。母ちゃん腹話術士みたいになってたっけなあ」
孔雀は頷いた。
入学式以来、学校行事ではよく見かけてそのたびにお菓子を貰っていたから彼のことはよく覚えている。
「・・・お前、学校どうしたんだよ。平日だぞ、今日」
孔雀は、そう言われて初めて不安になったようで、泣きそうな顔で見上げた。
「・・・・わからない。ずっと行ってないの。友達と休み時間に折り紙しようって約束してたのに。・・・お勉強は、白鷹お姉様が教えてくれるって言ってたから。・・・でも体育とかはどうしたらいいの?」
えっ?と全員が姉弟子を振り返った。
「そうなのよ!私、小学校と中学校の教職資格持っているからね。ついに役立つ日が来たわ」
と本人は物差しを振り回して大威張り。
その様子からも全く現代の教員に向いていないではないか、とは誰もが飲み込んだ。
「・・・やだ、嘘でしょ。とんだ暴力教師。今時、ネットで総叩きじゃないの」
と、手を叩いて笑い出したのは、新たに現れた、またとんでもなく美しい姉弟子だった。
「真鶴よ。よろしくね、おチビちゃん」
孔雀は、目が眩んだかのように目を見開いて絶句した。
「・・・・きれい・・・・」
素直に感激されて、真鶴は上機嫌になった。
「おりこうね。まあ、珍しい青菫色の瞳。目玉がまん丸くて、ぶどう飴とか玉羊羹みたいねえ。なあに?本当は寿限無っていうの?」
孔雀は首を振った。
「棕櫚杏花春雨です」
誰もが首をひねった。
なんという妙ちきりんな名前だ。
ええと、と孔雀が口を開いた。
「・・・椰子の木みたいな木のしゅろが名字、名前は果物のあんずと、お花のはな、おいしいはるさめ。しゅろ、きょうかしゅんう」
いつもその調子で説明しているのだろう。
「南の春の雨の名前ね。でもなんでそんな長いの?」
緋連雀が手を伸ばして孔雀の頬を引っ張った。
「・・・ふふ、伸びる。変なの。餅みたい。・・・真鶴お姉様。ギルド派の棕櫚家って変で。春にばかり子供が産まれるから皆、春の名前。その上、双子が生まれやすいらしいの。でも双子って途中で何かがあって一人になっちゃうことがあるんですって。バニシングツインというんでしょ。棕梠家ではその場合、二人分の名前をつける。母親はやっぱり長い名前で東風青嵐。祖父は双子で春雷と春月。継室候補群の名簿に載ってたわ。継室を今まで一人しか出したことのない貢献度最下位のギルド派の家。もっと昔に乳母くらいは出したことあるけれど、大体乳母なんか、女官でも民間からでも出るわ」
つんとすまして言い切るのがなんとも小憎らしい。
が、孔雀は感心して緋連雀を見た。
自分の母親や祖父、大叔父の名前をつらつらと言われるとは。
「・・・なんで知ってるの?」
「当然よ。継室候補群の内情や動向は逐一宮城に報告する義務があるんだからね」
緋連雀が自慢気にそう言ったのに白鷹は眉を吊り上げた。
「・・・そうだよ。でもその書類は総家令しか知らないはずだよ。お前、また梟の部屋の棚ひっくり返したね?!」
緋連雀が、まずい、と真鶴の背中に隠れた。
「いいじゃないの。梟お兄様が部屋にいないであちこちで悪巧みしてるのが悪いのよ」
真鶴がそう言うと、白鷹がため息をついた。
「・・・全く。ああ、いいわもう、バカバカしい。孔雀。お前の兄弟姉妹弟子達だよ。女家令が真鶴、金糸雀、緋連雀。男家令が、鸚鵡、白鴎、雉鳩《きじばと》、大嘴《おおはし》。あとは宮城に奉職している上の世代の者がいるけど、それはそのうち来るだろうからおいおい紹介しましょう」
ばさりと白鷹が孔雀に書類を見せた。
「いろいろ前倒しになっちゃって、今になってしまったけど、ここに署名しなさい」
銀箔で縁取られた上等な和紙に、見事な毛筆で書かれた書付け。
孔雀は戸惑って白鷹を見た。
見栄っ張りの白鷹の描く凝りに凝った草書は、華やかでかつ非常に読みづらい。
当然だが、孔雀ごときには読めない。
「いいから名前と拇印。・・・ああもう、アンタ、相撲取りじゃないのよ。掌いっぱいにその赤いのつけなくてもいいのよ」
と、まだ年端もいかぬ幼女にペンと朱肉を投げて寄越す姉弟子にさすがにあこぎな物を感じたが、誰が意見など出来ようか。
人権派弁護士志望の金糸雀がさすがに見かねて口を出して、孔雀の掌の朱肉を拭いてやった。
「・・・チビ、ここにはね、家令になったら一生家令って書いてあるの。わかる?これ書いちゃうと、後でやめた、とかできないのよ」
「余計なことお言いでないよ。海外育ちのくせに。お前読めないだろ」
白鷹が舌打ちしたのに、雉鳩が書類を取り上げて読み始めた。
彼は白鷹に書道を叩き込まれていた。
「どれどれ。・・・なんだよ。お前の親はもう了解しちゃったのか」
「相手は白鷹姉上と梟兄上だ。ギルドで城に貢献度ビリッケツの棕櫚家が断れるもんかよ」
同じギルド派で銀行家の出だという白鴎が気の毒そうに言った。
「棕櫚ってカエルマークだろ。お菓子屋の」
「ああ、あのカステラ屋。おいしいわよね」
思い当たった真鶴が孔雀の頭を撫でた。
「お菓子屋の子なの、おまえ」
孔雀が頷いた。
「それだけじゃないよ、真鶴姉上。棕梠家はもとは砂糖商でお菓子屋だけど、レストランや機内食なんかのケータリング、水産加工品、建築資材、畜産飼料。ギルド一、本業がなんだかわからない家。でも、それだけやって一番の売り上げがカステラという本当にわけのわからない会社」
皆よく知ってるなあ、と孔雀は白鴎を見上げてただ驚いた。
でも、ギルド派で銀行家の息子がなぜ家令に。彼もまた訳ありに違いない。
雉鳩が書状を頭から読んで眉を寄せた。
「うーん、なんですかこれ。盆と正月は帰省させる事。・・・だいぶ譲歩しましたね」
「・・・仕方ないじゃないの。この子の母親が、離宮に来て頑張るんだもの」
孔雀は驚いて姉弟子を見た。
母が普段、白鷹が前皇帝と住む離宮を訪れていたとは。
この姉弟子相手によくもそんな交渉をしたもんだと、全員が感心した。
「・・・というわけだ。いいのか、チビすけ」
雉鳩が指で頬をつつっついた。
「そうよ。来年、いいえ、明後日には後悔するわよ」
金糸雀もやりたかったのか、頬をつつく。
脅されて、孔雀はちょっと悩んだが。
「・・・うーん。・・・もう、ま、いっか、と思って」
もとより、ウチじゃ断れないと母親に言われていた。
今更どうしようもないことなんだろう。
「それに、家令になったら、面倒くさい事何もしなくていいって白鷹お姉様が仰ったし」
そうよ、その通り、と白鷹が頷いた。
「私はね。この娘に、世の女の大変さを懇々と説いてやったの」
この姉弟子が一般の女性の大変さや苦労をどう知っているというのかと真鶴がおかしそうに笑った。
孔雀は、自分の名前を書いた。
白鷹は満足そうにくるくると書面を巻いて、銀と孔雀緑色の組紐で縛った。
「さあ。これでお前は正式に家令だよ。・・・兄弟姉妹は円環状に常にお前と共にあることを忘れないように、最後の血の一滴まで燃やして生きなさい。そうすれば必ず兄弟姉妹はお前に報いるから、時間も場所も越えてね」
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