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2.悪魔の鳥と蝙蝠の娘

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 この国が、五百年に及ぶ王政を廃したのは、十五年前。
自分はまだ乳児以上幼児未満だったから、よく覚えていない。
今であっても教科書でサラリと習う程の知識しかないが、革命も内戦も動乱も存在しない全くの宮廷主導よる民主化への執権移譲という、よく言えばスマートな、悪く言えば事務的なまでの政権交代であったという。
革命も動乱も無かったばかりか、王族も旧体制の誰も死なず、華やかな祭典で以て行われた王権の幕引きの異例さは、国外のマスコミには『国を挙げての催事』とまで揶揄やゆされた程だ。
驚愕と疑問と憧憬をもって報道されたのは、殆どの近代国家の革命には、混乱と少なくはない犠牲が付き物だと言う歴史があるからだ。
皇帝どころか王族の誰もが命も落とさず、亡命もせず、各々身分と住まいを変えただけに済んだと言う維新は後の時代に「王様の幸福なお引越時代」と呼ばれる事になる。
現在は迎賓館と美術館と博物館になっているかつて宮城と呼ばれた故宮があり、他にもシャトーやパレスと呼ばれるやはり指定文化財でありホテルや迎賓館としても使用されている元離宮がいくつも現存している。


 孔雀くじゃくは目の高さをあかねに合わせて問いかけた。
「家令というのは、わかる?」
茜は小さく頷いた。
「・・・昔、お城にいた王様の召使いの人達ですよね?」
途端に金糸雀カナリアが笑い、白鷹はくたかがむっとした顔をした。
「召使い!?なんてことだろう。孔雀くじゃく、お前の言うシフトされた時代は最悪よ。金糸雀カナリア、笑い事じゃないよ!」
「間違いでもないわよ。こんな便利屋。・・・そうねえ。そう。王様に仕える悪魔の鳥のことよ」
「・・・金糸雀カナリアお姉様、怖がらせないで」
め、と孔雀くじゃく金糸雀カナリアを軽く睨んでから、あかねに向き直った。
「王様の近くでいろいろお仕事をするのが家令なの。他に茜ちゃんが知っていそうなのは官吏や女官という人達かしらね。彼らは今は特別国家公務員CO種・CL種という名前で各省庁に勤務しているんだけど」
「ああ、その職名。なんてひどい。本来もっと名誉のあるものよ」
またも白鷹はくたかは呆れたようだ。
「そしてね。家令というのは、皆、鳥の名前を頂くの。関係としては兄弟姉妹。だから、私達は、姉弟子妹弟子の関係」
だから、お姉様と呼ぶのか、とあかねは納得した。
「女家令の産んだ子は産まれた時から家令になると決まっているのだけれど。男家令のその子供が家令になるかどうかは、自分で決めれる事ができるのよ。もちろん家令にならない者もいるけれど」
それをね、蝙蝠こうもりと言うのだけど。と笑う。
こうもり?と茜はまた戸惑った。
蝙蝠こうもりのお話知らない?蝙蝠こうもりが、鳥には私は鳥ですよって言って仲間にしてもらって。動物には私は動物なんですよって言うの。そんな調子だから、結局最後はどっちからも仲間はずれにされちゃうの」
ああ、なんてろくでもない話なの。
女家令達がおかしそうに笑った。
あかねはますます緊張して紅茶を飲んだ。
あまりにも自分から遠い話ではないか。
紅茶の甘い蜂蜜の香りが口から喉へと染み込んで心臓まで到達しそうに感じる。
何がなんだか分からない。
でも自分に何かが起きているという事だけはわかり、胸が苦しかった。
「あなたのお父樣のおじい樣は、家令だったのだけど」
金糸雀カナリアも両親を前にそんなことを言っていた。
白鷹はくたかが、じっとあかねを見てから、首を振った。
「・・・いすかお兄様は、もっと美丈夫だった」
見た事も聞いた事もない父の祖父を知っているのか。この老婦人は一体何歳なのか。
いすかお兄様は、金緑きんりょく女皇帝おんなこうてい様の総家令を務めたみさごお兄様の兄に当たる方。金緑きんりょく帝様に総家令にと望まれたけれど、修文修学しゅうぶんしゅうがくに身を捧げた身であるとして、総家令を固辞された程ストイックなお人柄だったわ」
感じ入ったように白鷹はくたかがつらつらと言った。
「ストイックなタイプが未亡人と駆け落ちする?」
金糸雀カナリアがからかうように笑った。
「・・・お黙り、金糸雀カナリア
白鷹はくたかが妹弟子を睨みつけた。
金糸雀カナリアは肩をすくめてまた目の前の小さなケーキを口に放り込んだ。
見慣れない赤と白のケーキ。
孔雀くじゃくがどうぞ、と皿にとってくれた。
「・・・ポン=ヌフというお菓子よ。新しい橋って意味の。これねえ、おいしいのよ。おすすめ。まあ、とにかく。・・・ええと・・・なんだったかしら・・・」
おかまいなしにマイペースで優雅な様子で焼菓子をつまんでしばらく考え込んでいた。
なんだっけ、と小さく呟く。
この人はこの人で大丈夫なんだろうかとあかねいぶかしんだ。
「あ、そうそう。そうなの。もし、貴女がよければ。そう、よければなんだけれど。家令になってもらえないかなあと思ったの」
はいこれ、と冊子を手渡された。


 パンフレットを開いてみると、ひよこのキャラクターが、家令になるとこんないいことがあるよと吹き出し付きで宣伝している内容だった。
「福利厚生はバッチリよ。これもどうぞ」
エコバッグ、うちわ、反射材。
シルクハットを被ったニワトリが「君の活躍まってるよ」と言っているイラストが入っている。
「お前、こんなの作ったの」
白鷹はくたかが、やはりひよこがいっぱい描かれたうちわを仰いだ。
どういう仕組みなのか、煽ぐとうちわが光るのに驚いて目をすがめていた。
「だって。ほら、秋の就職ガイダンスで説明会に来てくれた若者に配ろうと思ったの。でも誰も来ないから余ってしょうがない・・・。このエコバッグのスパンコールなんて私、夜なべでつけたんですよ」
「お前、エコバッグよ?スパンコールつけたら洗えないじゃないの」
「・・・あの、なんで、私のところに来たんですか?わざわざ探すものなんですか?」
あかねがそう尋ねた。
孔雀くじゃくは微笑むと、お茶を注ぎ足してくれた。
「あのね、男家令の子供は家令にならない場合、蝙蝠こうもりでなくともね、それでも家令の管轄内にあるの。良くも悪くも干渉する、助けることができる。・・・あなたのおじいさまは、海外に出てしまって、いろいろあって名前も変わってしまっているし。それから子供達は家令には関わらなかったからなかなかわからなかったの。・・・苦労したわね。ごめんなさいね。おうちのことを調べたの。お父様が亡くなって、それから大変だったのね」


 実の父親はあちこちに女を作り、家になど寄り付かなかった。それでも母が家計を支えていたのだが、その母がある日結婚することになったのだ。当然、再婚だと思っていたら、初婚だと言う。実の父と母は結婚していなかったのだ。
篠山しのやまという姓になったのは、母が義父と結婚し、義父の籍に入ってから。
以前は母の広瀬ひろせという姓名だった。
実父の姓など知らない。
「・・・父は生きていた方が迷惑でしたから。死んでいる方がいいくらいです」
初対面の人間に言いすぎたかと思ったが、当の女家令達は顔を見合わせて笑ったのだ。
「あの。なんでしょうか・・・」
あかねは遠慮がちに尋ねた。
「家令だなあと思ったのよ。・・・でもあんたが大変だったのは事実」
金糸雀カナリアがため息をついた。
「・・・下に妹が産まれて。母も母の夫も私の扱いを持て余したのは、仕方ないと思います」
積極的にではないが、いわゆる放置に近い状態だった。
「苦労したのね・・・・」
孔雀くじゃくがもう一度言った。
「・・・いえ、そんな。大変だったこともあったけれど・・・」
「大変だったのでしょ。それを苦労というのよね。気持ちがね、辛いものね」
そうか、とすとんと何故か腹に落ちた。いつも、そう、しんどかったのは、苦労していたからなのか。
「自分が大切にされなかったという体験は、とっても恥ずかしいような、腹立たしいというか、不当な気持ちよね。特に子ども時代というのは、甘やかであったと思い出せるようでなくては。・・・自分を諦めてしまうか、歪めてしまうか。でもあなたは頑張ったのね」
あかねは紅茶のカップにそっと視線を落とした。
胸が苦しくなったけれど、自分の抱えていた正体不明の痛みを暴かれ、見出されて名前がついて、ほっとした。なぜか涙が出た。
その様子に孔雀くじゃくがため息をついた。
「ごめんなさいね。もっと早く見つけることができたらよかったのだけど。あなたの選択がどうあれ、きっと私達助けになるから。あなたのお父様だって、もっと早く見つけられたら」
あかねは首を振った。
「・・・変わりません。どうしようもないやつでした」
昨年死んだと聞いた。当たり前だと思う。生きていて、どこかで知らん顔で幸せになどなっていたら、私が殺しに行くところだと茜は言った。
それを聞いて女家令達が笑った。
「家令はね、何なのかしらねえ。どうしようもないひとが多いの。本当、仕事してなきゃただのろくでなしってひともいるし。家令が悪い鳥、と言うのはね、神話に出てくる悪魔の鳥の事をもじったものなの。群れでやって来ては毒を吐いたり畑を荒らしたり人を食い殺したりそれはそれはひどい事をしていたのですって。ステュムパーリデスの鳥と言うのよ」
茜は聞いたこともない呪文の様な鳥の名前にただ戸惑った。
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