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32.星が導くように

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 その後、月日が経ち、桜は香港に戻って来る事になる。
暁子も怜月ももう居ない。
「死ぬ気がしないわ」と暁子が言えば、
「あら私だって」と怜月が返す。
二人は死ぬ前日までそう言っていたけれど。
今思い出してもおかしいが、ある時、暁子は死ぬ気がしなすぎて自宅の庭に柿の苗木を植えたのだ。
おいしい実がなったら一緒に食べようなんて怜月と電話で話していた。
「桃栗三年、柿八年って言うじゃない?あの人達、まだまだ生きる気よ」なんて華子も呆れて笑っていたが。
毎年気にしていた橙色の実がなる前に、二人はポックリと死んでしまった。
お互いがどちらかの葬儀に駆けつける事もできない程の短期間で。
「仲のいい夫婦って追いかけるように亡くなるなんて申しますけれど。全く、お母さんと伯母さんは、競争するみたいにおっかけて死んじゃったものですから・・・」
と華子が母親の葬儀の時に檀家の寺で挨拶をしていた。
同じような事を、香港の教会での怜月の葬儀の場で、母も言ったもので桜は少し笑うのを我慢しなければならなくて。
日本で暁子の、そして香港で祖母の葬儀と。
あまり聞かない葬式のハシゴというものを終えて、桜はちょっと思い出していた。
怜月が、母と暁子と再会し、暁子の言う嬉しいサプライズとして姪である華子と出会い、十日程楽しく過ごした時。
夫と死別して以来、あまり出歩かなくなったという怜月に、なんでそんな事するのと暁子はあちこち連れ回した。
暁子、あなた旦那様ハズバンドが亡くなってもその調子だったのね、ちょっと悪妻じゃない。と言われ、あら、生きててもこの調子よ、なんて笑って。
久々に街に繰り出して行く怜月は娘時代に戻ったようだとはしゃいでいた。
こんなに嬉しそうな母親を見るのは久しぶりとレイモンドも驚いていたものだ。
帰国便で、暁子とゆっくり話す機会があった。
「お月様から話を聞いて驚いたでしょう?鳳も大哥もとっても変わった人だと思った?」
正直に桜は頷いた。
面白いけれど、とんでもない昔話を聞いたものだと思った。
「ひいおばあちゃんも、大哥も、さとばあも変わってるよ。だからきっと、おばあちゃんだってきっと変わってる」
違いないね、と暁子は機内サービスの日本酒を一合ぐっと飲んでから桜に向き直った。
「・・・・私達にいろいろ教えてくれたお姫様のことは聞いた?」
そう、それも不思議だったのだ。
「お姫様ってなんなの?シンデレラとかのプリンセスみたいな?」
「違う違う。そんないいもんじゃない。・・・昔いた王子様の娘さんだったんですって。その王子様もいっぱい、子供はさらにいっぱいいたうちの一人ね。今では嘘か本当か分からないけれど。でも確かに、あの頃、まわりの人はあの人を、公主、お姫様と呼んでいたわね。大分年取っていたけど、それでもお姫様」
彼女はフランス人の医師と内緒で結婚して、自身もまた外科医だったのだそうだ。
「おっかない女の人でねぇ。気に入らないとでっかい声で怒鳴り散らすし、物は投げるし。そもそも短気な女でね。今でいうキレやすいってやつね」
「それ本当にお姫様なの?」
桜は首を傾げた。
暁子は大笑いした。
なんでそんな気の短い女が、私たち子供にさ、あれこれいろいろ教え込んだりしているのか不思議で聞いたの。教育って結果が出るまで時間がかかるからねぇ。そしたら、真剣な顔で言うのよね。
・・・・ねえ、暁子。私は百年後が見たいの。でも私はどうしたって見れない。あんたたちだって、見れるかどうかは分からない。私が知ってること全部教えてあげる。だから、なるべく早く百年後を見せて。百年後ってのは、多分、彼女からしたら未来への希望の単位なんだと思うんだよねえ。
きっと辛いことがあって、理不尽なことがあって。でも百年後はもっといいはず、そう思って生きてきたと言っていたから。
それって、すごい執念よね。
だから、私たちは彼女の言う百年後を手探りで生きてきた。
自分たちが生きることが彼女の言う今よりより良い百年後に繋がると信じてね。
私は随分遠回りしたりもしたけれど。
ほら、鳳と海は舞台人だから。
多分、あの人たちは、自分の思う百年後を演じているうちにそうなってしまったのかもしれないわよね。
老婦人がそう言う言葉は難しくて、当事者にしかわからないことが多すぎて。
よくわからない。桜は黙って聞いていた。
・・・・ああ、気にしないでちょうだいよ。百年後が今、私の目の前にあるんだもの。ねぇ、あなたのことよ、桜ちゃん。あのおかしなお姫様と、私たちが見たかった未来よ。お星様が連れてきてくれた未来だわね。
星が導くように。月が満ちるように。
そして、その先にあるもの。
あなたはきっときっと思うように生きてちょうだいね。私たちが望んだ未来だわ。
満足そうに日本酒を舐めながら暁子はそう言ったものだ。
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