駄菓子屋六角堂の騒がしい日常

百川凛

文字の大きさ
上 下
6 / 13

しおりを挟む
「な、だ、誰だおまえ!!」
「わー! 知らない女の人がいる!」
「ねぇ、おねーさんは誰?」

 わらわらと囲まれ一斉に質問される。うっ、無邪気に輝く六つの瞳が眩しい。

「うっせーよお前ら。静かにしろ」

 縦ジワを眉間に深く刻んだ柳田さんが言った。子ども相手だろうが無愛想な態度は変わらないらしい。

「おいコラ真尋!! コイツ、この女誰だよ!?」
「もしかして真尋くんの彼女?」
「ヒューヒュー!」
「あ゛? んなわけねーだろ誰がこんなニート女」

 柳田さんはものすごく嫌そうな顔をしながら秒で否定する。いや、いくらなんでも失礼すぎない?

「おねーさんニートなの?」
「ニートじゃありません! フリーターです!!」
「ニートって何?」
「オレ知ってる! 大人なのに仕事してない人のことだぜ!」
「え、じゃあどうやって生活してるの? お金は?」
「さぁ? 親に頼るか借金じゃねーの?」
「なるほど~」
「大変なんだね、ニートのおねーさん」
「頑張ってね、ニートのおねーさん」

 ……わかってる。悪気はないってわかってるんだけど……ちっくしょう!! 人の傷口にグリグリ塩塗りやがって!! ていうか今時の小学生えげつないな!! 哀れみの視線を向けるな六つの瞳!!

「ちょっと! ニートのおねーさんって呼ぶのやめてくれる!? あたしの名前は花森小町! 今日からこの駄菓子屋で働くことになったの!! だから断じてニートじゃないの!」
「なぁ真尋、糸引き飴やっていー?」
「おー勝手に引いとけー」
「やったー!」
「シカトォ!?」

 なんなのこのしつけのなってないお子ちゃまは!! ていうか商品なのに勝手に引いていいわけ!?

「オレこれにするー!」
「じゃあオレこっちー」
「僕はこれ」

 三人はカウンターの前に置いてある瓶の前に立ち、それぞれ楽しそうに引っ張る糸を選ぶ。
 ちなみに糸引き飴とは、長いタコ糸の先に大小様々な飴が付いていて、客は束ねられた糸をクジのように引き、どの飴が当たるかを楽しむ駄菓子屋の定番お菓子だ。あたしも小さい頃に一度だけやったことがある。

「せーのっ!」

 掛け声に合わせて三人が糸を引っ張った。太めの白い糸の先には、赤、青、オレンジ色に着色された飴が付いていた。円錐形の小さなもの、平べったいもの、まん丸いものと、大きさも形もバラバラだ。

「チッ。小っちぇーやつだ。ハズレかよ」
「やったー! サイダーだー!」
「僕はオレンジだったよ」
「真尋! 金ここに置いとくからな!」
「おー。勝手に置いとけー」

 そう一声かけると、三人は慣れたように十円玉をカウンターに置いた。……え、なにこのフリーダム会計。レジいらなくない? 究極のセルフレジだよこれ。いくら相手が子どもだからってこんなに適当な接客見たことないんですけど。この人本当にお店やる気あんの?

 小学生三人は慣れたように店内の椅子を端っこに寄せ、持ってきた携帯ゲーム機で遊び出した。しかしまぁ、これでようやく今日の売り上げ三十円だ。予想以上に少ない。

「真尋くーん。表のガチャ詰まったっぽいんだけ……あれ?」

 ガタリと開いた扉からひょっこりと現れたブレザー姿の男子高校生。半分ほどしか開いていない気怠げな瞳と視線がぶつかる。

「おねーさん誰?」

 彼は首を傾げながらあたしに問う。

「あ、あたしは花森小町です。今日からここでバイトしてて……」
「ふーん。真尋くんが人雇うなんて珍しいね」
「おっせーぞしのぶ! 早くこっち来て昨日の続きやろーぜ!」

 小学生が目の前の男子高校生を大声で呼んだ。

「ちょっと待ってよ。表のガチャポン回したらすぐやるから」
「チッ。じゃあ早くしろよな!」

 目の前の男子高校生はこてんと首を傾げる。

「でさぁ小町ちゃん。表のガチャポン、コイン詰まったみたいで回せないんだけど。直してくんない?」

 いきなりのちゃん付けタメ口に気を取られている暇はない。 ガチャポン? ってまさかあのなんとか戦隊クリーンファイブ? えー……あれやる人いたんだ。

「爽やかグリーンが出れば全部揃うんだよね。なのに全然出なくてさぁ。他の戦士がめっちゃかぶっちゃって」
「……はぁ」
「良かったらいる? ウォッシュブルーなんて四体あるんだけど」
「いえ結構です」
「えー残念」
「表のガチャポン金詰まったって?」
「あ、真尋くん」

 パソコンと向き合っていた柳田さんが奥から出てきた。右手には銀色の鍵が握られている。

「ワリーな、今開けっから。お詫びに好きなの取らせてやるよ」
「マジで? 神対応なんですけど」
「オメーも一応常連だからな。サービスだ」
「じゃあ遠慮なくグリーンで」
「花森、お前も見て覚えろよー」
「は、はい!」

 ──ガチャポンのコイン詰まりを直し駄菓子屋に戻ると、男子高校生はあたしを呼び止め自己紹介を始めた。

「俺鳴海なるみしのぶ三雲みくも一高いちこうの二年」
「はぁ」
「そこの小学生三人とはゲーム仲間なんだ。アイツらの名前知ってる?」
「いや……聞いてないです」
「じゃあついでに教えておくよ。生意気で仕切り屋なのが健太けんた、真面目で優しいのが淳一じゅんいち、元気で明るいのが隆史たかし。みんな三雲小の四年生だ」

 鳴海くんは指を右から順番に動かして名前を告げていく。

「俺らほぼ毎日来てるからさ。名前ぐらい知ってた方がいいでしょ? これからよろしくね、小町ちゃん」

 鳴海くんはそう言って笑うと、ゲーム機を取り出して三人と同じテーブルに座った。……そうか。この生意気な小学生たちと毎日顔を合わせるようなのか。精神と体力持つかな……。ぼんやりと考えごとをしていると、健太くんと目が合った。

「なっ、何見てんだよニート女!!」

 健太くんは威嚇するように叫んだ。……ああ、これは大変な毎日になりそうだ。一刻も早く就職先を決めないと。休憩時間になると、私はスマホで必死に求人サイトを見てまわった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

マキノのカフェで、ヒトヤスミ ~Café Le Repos~

Repos
ライト文芸
田舎の古民家を改装し、カフェを開いたマキノの奮闘記。 やさしい旦那様と綴る幸せな結婚生活。 試行錯誤しながら少しずつ充実していくお店。 カフェスタッフ達の喜怒哀楽の出来事。 自分自身も迷ったり戸惑ったりいろんなことがあるけれど、 ごはんをおいしく食べることが幸せの原点だとマキノは信じています。 お店の名前は 『Cafe Le Repos』 “Repos”るぽ とは フランス語で『ひとやすみ』という意味。 ここに訪れた人が、ホッと一息ついて、小さな元気の芽が出るように。 それがマキノの願いなのです。 - - - - - - - - - - - - このお話は、『Café Le Repos ~マキノのカフェ開業奮闘記~』の続きのお話です。 <なろうに投稿したものを、こちらでリライトしています。>

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

All You Need Is Love!

朋藤チルヲ
ライト文芸
愛こそすべて! 自らが提示したとある条件が元で、恋人との結婚話が進まない加菜恵。モヤモヤする日々の中、苦手だった祖父の遺品から、消印のない手紙が見つかって……? 読んだあとに心が震える、ハートフル・ヒューマン!

希望が丘駅前商店街 in 『居酒屋とうてつ』とその周辺の人々

饕餮
ライト文芸
ここは東京郊外松平市にある商店街。 国会議員の重光幸太郎先生の地元である。 そんな商店街にある、『居酒屋とうてつ』やその周辺で繰り広げられる、一話完結型の面白おかしな商店街住人たちのひとこまです。 ★このお話は、鏡野ゆう様のお話 『政治家の嫁は秘書様』https://www.alphapolis.co.jp/novel/210140744/354151981 に出てくる重光先生の地元の商店街のお話です。当然の事ながら、鏡野ゆう様には許可をいただいております。他の住人に関してもそれぞれ許可をいただいてから書いています。 ★他にコラボしている作品 ・『桃と料理人』http://ncode.syosetu.com/n9554cb/ ・『青いヤツと特別国家公務員 - 希望が丘駅前商店街 -』http://ncode.syosetu.com/n5361cb/ ・『希望が丘駅前商店街~透明人間の憂鬱~』https://www.alphapolis.co.jp/novel/265100205/427152271 ・『希望が丘駅前商店街 ―姉さん。篠宮酒店は、今日も平常運転です。―』https://www.alphapolis.co.jp/novel/172101828/491152376 ・『日々是好日、希望が丘駅前商店街-神神飯店エソ、オソオセヨ(にいらっしゃいませ)』https://www.alphapolis.co.jp/novel/177101198/505152232 ・『希望が丘駅前商店街~看板娘は招き猫?喫茶トムトム元気に開店中~』https://ncode.syosetu.com/n7423cb/ ・『Blue Mallowへようこそ~希望が丘駅前商店街』https://ncode.syosetu.com/n2519cc/

一か月ちょっとの願い

full moon
ライト文芸
【第8位獲得】心温まる、涙の物語。 大切な人が居なくなる前に、ちゃんと愛してください。 〈あらすじ〉 今まで、かかあ天下そのものだった妻との関係がある時を境に変わった。家具や食器の場所を夫に教えて、いかにも、もう家を出ますと言わんばかり。夫を捨てて新しい良い人のもとへと行ってしまうのか。 人の温かさを感じるミステリー小説です。 これはバッドエンドか、ハッピーエンドか。皆さんはどう思いますか。 <一言> 世にも奇妙な物語の脚本を書きたい。

カフェの住人あるいは代弁者

大西啓太
ライト文芸
大仰なあらすじやストーリーは全く必要ない。ただ詩を書いていくだけ。

実はこれ実話なんですよ

tomoharu
恋愛
え?こんな話絶対ありえない!作り話でしょと思うような話からあるある話まで幅広い範囲で物語を考えました!ぜひ読んでみてください!1年後には大ヒット間違いなし!! 作品情報【マーライオン】【愛学両道】【やりすぎ智伝説&夢物語】【トモレオ突破椿】など ・【やりすぎ智久伝説&夢物語】とは、その話はさすがに言いすぎでしょと言われているほぼ実話ストーリーです。 小さい頃から今まで主人公である【智久】はどのような体験をしたのかがわかります。ぜひよんでくださいね! ・【トモレオ突破椿】は、公務員試験合格なおかつ様々な問題を解決させる話です。 頭の悪かった人でも公務員になれることを証明させる話でもあるので、ぜひ読んでみてください! 特別記念として実話を元に作った【呪われし◯◯シリーズ】も公開します!

千早さんと滝川さん

秋月真鳥
ライト文芸
私、千早(ちはや)と滝川(たきがわ)さんは、ネットを通じて知り合った親友。 毎晩、通話して、ノンアルコール飲料で飲み会をする、アラサー女子だ。 ある日、私は書店でタロットカードを買う。 それから、他人の守護獣が見えるようになったり、タロットカードを介して守護獣と話ができるようになったりしてしまう。 「スピリチュアルなんて信じてないのに!」 そう言いつつも、私と滝川さんのちょっと不思議な日々が始まる。 参考文献:『78枚のカードで占う、いちばんていねいなタロット』著者:LUA(日本文芸社) タロットカードを介して守護獣と会話する、ちょっと不思議なアラサー女子物語。

処理中です...