5 / 13
5
しおりを挟む
*
言われた通り履歴書を持って六角堂に来てみたものの、正直めちゃくちゃ入りづらい。……どうしよう。昨日の話って本気だったのかな? 冗談だったらどうしよう。木製の枠にガラスがはめられた、建て付けの悪そうな扉をじっと睨み付けていると、突然その扉がガタガタと開いた。
「おい」
「ひっ!!?」
「さっきから何してんだよ。通報すんぞこの不審者」
目の前には鋭い目付きの三白眼──柳田さんだ。あたしは錆びたブリキのおもちゃのようにギギギとぎこちない動きで口を開く。
「お、お、お、おは! おはようございます!」
「挨拶はいいからさっさと入れ。邪魔」
じ、邪魔って……。この人は何かと言い方がキツイ。完全に逃げ場を失ってしまったあたしは、大人しく彼の後ろを付いて行った。
「履歴書は持って来たか?」
「あ、はい!」
慌てて鞄から履歴書の入った封筒を取り出し、柳さんに渡す。柳田さんは受け取った封筒をチラリとも見ずにカウンターに放置した。って読まないんかい!! 一生懸命書いたのに!!
「お前正社員目指してるんだろ? いつでも辞められるようにしとくから。就活も自由にしていい」
「え? あ、ありがとうございます」
もしやこれが面接なのだろうか。だとしたら随分と適当な面接である。
「次、軽く仕事の説明な。まぁ~、ぶっちゃけここあんま客来ないんだわ」
「は?」
「学校帰りの小中学生とか暇なじーさんばーさんとか常連の奴らがふらっと来るくらいで。ま、来たらその辺に座らせて適当に話聞いとけばそれでいいから」
「……はぁ」
「それ以外はあんまり来ないからさ、まぁ気兼ねなくやってくれ」
「……はぁ」
どうやら面接だけじゃなく経営まで適当だったらしい。こんなんで本当に大丈夫なのだろうか。早くも先行きが不安だ。
「あとはレジ打ちと品出しと在庫管理と……店先の掃除ぐらいか。まぁ今はとりあえず入口あたり適当に掃いといて。終わったらレジ打ち教えるから」
「は、はい!」
柳田さんは黒いエプロンと竹箒をあたしに手渡す。
どうやら彼は本当にあたしを雇ってくれるらしい。驚くほどトントンと話が進んでいく。それに……なんかこの人、雰囲気がちょっとアレなだけで、そんなに怖い人じゃないような……?
「なんだよ。なんか質問か?」
あまりにも見過ぎたからだろうか。柳田さんがギッとあたしを睨んだ。
「い、いえ何もっ!! 掃除に行って来ます!!」
そう言ってあたしは全速力で走り出す。……前言撤回。やっぱちょっと怖いわ。うん。
*
掃除を終わらせ柳田さんにレジ打ちを教えてもらっていると、あっという間に午後になった。なんとその間客足はゼロである。
これは閑古鳥が鳴くどころの話じゃない。ほんとに大丈夫なんだろうかこのお店。あたし、ちゃんと給料払ってもらえるよね? タダ働きさせられるわけじゃないよね? ね? チラリと様子を伺うと、柳田さんはカウンターの奥でパソコンの四角い画面と向き合っていた。キーボードを叩くリズミカルな音が狭い室内に響く。
……そういえば柳田さんって一体何歳なんだろう。黒髪のかきあげ風ツーブロック、耳にシルバーのリングピアス。三白眼のつり目に華奢な身体。百八十センチはあるんじゃないかと思われる高い身長。ちょっとイケてるヤンキーお兄さんという見た目から察するに、二十代半ばぐらいだろうか。それにしてもあんな目付き悪い、ガラ悪い、愛想なしの三拍子が揃った人が客商売、しかも子ども向けの駄菓子屋をやってるなんて意外すぎる。こんなんで接客なんて出来るのだろうか。顔は整ってるのに……もったいない。
暇過ぎて余計なことを考えていると、建て付けの悪い扉がガタガタと動いた。
「オイ真尋! 来てやったぞー!」
「ちーっす!」
「こんにちは!」
どやどやと大きな声で入ってきたのは小学生ぐらいの元気な子供たちだった。本日初めてのお客様である。あたしは慌てて椅子から立ち上がった。
「いらっしゃいませ!」
「…………は?」
口を大きく開けた三人の小学生とばっちり目が合う。
彼らはメドューサの目を見て石化した人間のように、驚きの表情を浮かべたままピタリとその動きを止めた。
言われた通り履歴書を持って六角堂に来てみたものの、正直めちゃくちゃ入りづらい。……どうしよう。昨日の話って本気だったのかな? 冗談だったらどうしよう。木製の枠にガラスがはめられた、建て付けの悪そうな扉をじっと睨み付けていると、突然その扉がガタガタと開いた。
「おい」
「ひっ!!?」
「さっきから何してんだよ。通報すんぞこの不審者」
目の前には鋭い目付きの三白眼──柳田さんだ。あたしは錆びたブリキのおもちゃのようにギギギとぎこちない動きで口を開く。
「お、お、お、おは! おはようございます!」
「挨拶はいいからさっさと入れ。邪魔」
じ、邪魔って……。この人は何かと言い方がキツイ。完全に逃げ場を失ってしまったあたしは、大人しく彼の後ろを付いて行った。
「履歴書は持って来たか?」
「あ、はい!」
慌てて鞄から履歴書の入った封筒を取り出し、柳さんに渡す。柳田さんは受け取った封筒をチラリとも見ずにカウンターに放置した。って読まないんかい!! 一生懸命書いたのに!!
「お前正社員目指してるんだろ? いつでも辞められるようにしとくから。就活も自由にしていい」
「え? あ、ありがとうございます」
もしやこれが面接なのだろうか。だとしたら随分と適当な面接である。
「次、軽く仕事の説明な。まぁ~、ぶっちゃけここあんま客来ないんだわ」
「は?」
「学校帰りの小中学生とか暇なじーさんばーさんとか常連の奴らがふらっと来るくらいで。ま、来たらその辺に座らせて適当に話聞いとけばそれでいいから」
「……はぁ」
「それ以外はあんまり来ないからさ、まぁ気兼ねなくやってくれ」
「……はぁ」
どうやら面接だけじゃなく経営まで適当だったらしい。こんなんで本当に大丈夫なのだろうか。早くも先行きが不安だ。
「あとはレジ打ちと品出しと在庫管理と……店先の掃除ぐらいか。まぁ今はとりあえず入口あたり適当に掃いといて。終わったらレジ打ち教えるから」
「は、はい!」
柳田さんは黒いエプロンと竹箒をあたしに手渡す。
どうやら彼は本当にあたしを雇ってくれるらしい。驚くほどトントンと話が進んでいく。それに……なんかこの人、雰囲気がちょっとアレなだけで、そんなに怖い人じゃないような……?
「なんだよ。なんか質問か?」
あまりにも見過ぎたからだろうか。柳田さんがギッとあたしを睨んだ。
「い、いえ何もっ!! 掃除に行って来ます!!」
そう言ってあたしは全速力で走り出す。……前言撤回。やっぱちょっと怖いわ。うん。
*
掃除を終わらせ柳田さんにレジ打ちを教えてもらっていると、あっという間に午後になった。なんとその間客足はゼロである。
これは閑古鳥が鳴くどころの話じゃない。ほんとに大丈夫なんだろうかこのお店。あたし、ちゃんと給料払ってもらえるよね? タダ働きさせられるわけじゃないよね? ね? チラリと様子を伺うと、柳田さんはカウンターの奥でパソコンの四角い画面と向き合っていた。キーボードを叩くリズミカルな音が狭い室内に響く。
……そういえば柳田さんって一体何歳なんだろう。黒髪のかきあげ風ツーブロック、耳にシルバーのリングピアス。三白眼のつり目に華奢な身体。百八十センチはあるんじゃないかと思われる高い身長。ちょっとイケてるヤンキーお兄さんという見た目から察するに、二十代半ばぐらいだろうか。それにしてもあんな目付き悪い、ガラ悪い、愛想なしの三拍子が揃った人が客商売、しかも子ども向けの駄菓子屋をやってるなんて意外すぎる。こんなんで接客なんて出来るのだろうか。顔は整ってるのに……もったいない。
暇過ぎて余計なことを考えていると、建て付けの悪い扉がガタガタと動いた。
「オイ真尋! 来てやったぞー!」
「ちーっす!」
「こんにちは!」
どやどやと大きな声で入ってきたのは小学生ぐらいの元気な子供たちだった。本日初めてのお客様である。あたしは慌てて椅子から立ち上がった。
「いらっしゃいませ!」
「…………は?」
口を大きく開けた三人の小学生とばっちり目が合う。
彼らはメドューサの目を見て石化した人間のように、驚きの表情を浮かべたままピタリとその動きを止めた。
0
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説
マキノのカフェで、ヒトヤスミ ~Café Le Repos~
Repos
ライト文芸
田舎の古民家を改装し、カフェを開いたマキノの奮闘記。
やさしい旦那様と綴る幸せな結婚生活。
試行錯誤しながら少しずつ充実していくお店。
カフェスタッフ達の喜怒哀楽の出来事。
自分自身も迷ったり戸惑ったりいろんなことがあるけれど、
ごはんをおいしく食べることが幸せの原点だとマキノは信じています。
お店の名前は 『Cafe Le Repos』
“Repos”るぽ とは フランス語で『ひとやすみ』という意味。
ここに訪れた人が、ホッと一息ついて、小さな元気の芽が出るように。
それがマキノの願いなのです。
- - - - - - - - - - - -
このお話は、『Café Le Repos ~マキノのカフェ開業奮闘記~』の続きのお話です。
<なろうに投稿したものを、こちらでリライトしています。>
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
一か月ちょっとの願い
full moon
ライト文芸
【第8位獲得】心温まる、涙の物語。
大切な人が居なくなる前に、ちゃんと愛してください。
〈あらすじ〉
今まで、かかあ天下そのものだった妻との関係がある時を境に変わった。家具や食器の場所を夫に教えて、いかにも、もう家を出ますと言わんばかり。夫を捨てて新しい良い人のもとへと行ってしまうのか。
人の温かさを感じるミステリー小説です。
これはバッドエンドか、ハッピーエンドか。皆さんはどう思いますか。
<一言>
世にも奇妙な物語の脚本を書きたい。
実はこれ実話なんですよ
tomoharu
恋愛
え?こんな話絶対ありえない!作り話でしょと思うような話からあるある話まで幅広い範囲で物語を考えました!ぜひ読んでみてください!1年後には大ヒット間違いなし!!
作品情報【マーライオン】【愛学両道】【やりすぎ智伝説&夢物語】【トモレオ突破椿】など
・【やりすぎ智久伝説&夢物語】とは、その話はさすがに言いすぎでしょと言われているほぼ実話ストーリーです。
小さい頃から今まで主人公である【智久】はどのような体験をしたのかがわかります。ぜひよんでくださいね!
・【トモレオ突破椿】は、公務員試験合格なおかつ様々な問題を解決させる話です。
頭の悪かった人でも公務員になれることを証明させる話でもあるので、ぜひ読んでみてください!
特別記念として実話を元に作った【呪われし◯◯シリーズ】も公開します!
千早さんと滝川さん
秋月真鳥
ライト文芸
私、千早(ちはや)と滝川(たきがわ)さんは、ネットを通じて知り合った親友。
毎晩、通話して、ノンアルコール飲料で飲み会をする、アラサー女子だ。
ある日、私は書店でタロットカードを買う。
それから、他人の守護獣が見えるようになったり、タロットカードを介して守護獣と話ができるようになったりしてしまう。
「スピリチュアルなんて信じてないのに!」
そう言いつつも、私と滝川さんのちょっと不思議な日々が始まる。
参考文献:『78枚のカードで占う、いちばんていねいなタロット』著者:LUA(日本文芸社)
タロットカードを介して守護獣と会話する、ちょっと不思議なアラサー女子物語。
日々の欠片
小海音かなた
ライト文芸
日常にあったりなかったりするような、あったらいいなと思えるような、2000字以内の一話完結ショートストーリー集。
※一部、過去に公開した作品に加筆・修正を加えたものがございます。
私の主治医さん - 二人と一匹物語 -
鏡野ゆう
ライト文芸
とある病院の救命救急で働いている東出先生の元に運び込まれた急患は何故か川で溺れていた一人と一匹でした。救命救急で働くお医者さんと患者さん、そして小さな子猫の二人と一匹の恋の小話。
【本編完結】【小話】
※小説家になろうでも公開中※
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる