駄菓子屋六角堂の騒がしい日常

百川凛

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「ただいまー」
「おかえり小町。疲れただろ? ご飯出来てるからね」

 ニコニコと笑顔で玄関まで来てくれたおばあちゃんに心が癒された。今日あった嫌な事が全て浄化された気がする。

「……ごめん。今日もダメだった」
「良いんだよそんなの気にしなくて。小町、無理して就職なんてしなくていいんだからね。ばあちゃんは小町が健康で元気でさえいてくれたらそれでいいんだから」

 おばあちゃんは眉をハの字に下げ心配そうに言った。……こうは言ってくれるけど、やっぱりおばあちゃんを安心させる為に早く良い会社に就職したい。でもまぁ、まずはニートを脱却出来たことを報告しよう。

 あたしはコホンと咳払いして口を開いた。

「でもね、駄菓子屋でバイトすることが決まったんだ」
「駄菓子屋?」
「うん。大型スーパーの店舗内にある駄菓子屋風のとこじゃなくてね、歴史ある老舗の駄菓子屋なの。三雲町にある六角堂ってお店なんだけど、店主の男の人に看板娘が欲しいからって頼まれたんだ!」

 あたしは満面の笑みを浮かべて言った。話を盛ってはいるが嘘はついていない。物は言いようなのだ。うん、おばあちゃんを喜ばせるためなんだから、これぐらいの盛りは許してほしい。

「まぁまぁ、あの昔からある駄菓子屋さんだね! ばあちゃんも行ったことあるよ。そうかいそうかい、あそこかい」

 おばあちゃんは嬉しそうにパンと手を叩いた。

「ふふっ、小町はいい働き場所を見つけたねぇ。あそこなら安心して任せられるよ。ずっと働けるように頑張りなねぇ」
「……あはは」

 ずっとだなんて冗談じゃない。ちゃんと就職するまでの繋ぎで働くだけなんだから。あたしは曖昧に笑って誤魔化した。

「じゃああたし、お父さんとお母さんに報告してくるね」
「そうだね。二人とも大喜びするだろうから早く言っておやり」
「はーい」

 あたしは奥の部屋へと進むと、襖を開けて中に入る。紫色の座布団に正座すると、線香をあげて鐘を二回鳴らした。しっかりと手を合わせて、静かに目を瞑る。

「……お父さんお母さん。あたしバイト決まったよ。三雲町にある駄菓子屋さん。ヤンキーみたいで怖そうな男の人がいるけど、明日から頑張ってみる。就職活動も頑張るよ。だから、二人ともちゃんと見守っててね」

 仏壇に飾られた二人の写真に笑いかけ、あたしは自分の部屋に向かった。


 ──あたしが小学生の時、両親が交通事故にあって死んだ。

 乗っていた車が飲酒運転のトラックと正面衝突して即死だったらしい。絶望で目の前が真っ暗になったあの瞬間を、あたしは今でも覚えている。その後、あたしは母方の祖母に引き取られた。おばあちゃんは文句も言わず、女手一つであたしをここまで育ててくれた。そんなおばあちゃんに、あたしは感謝の気持ちでいっぱいなのだ。

『おばあちゃん! 小町ね、大人になったらいい所に就職して、お金いっぱい稼ぐ! それでおばあちゃんに楽させてあげるからね!』

 これが子供の頃からの口癖だった。この言葉を実行すべく、あたしは一日も早くいい所に就職してお金を貯めなくちゃいけない。早く、早くおばあちゃんに恩返しがしたいんだ。──でも。

『小町。そんな事は考えなくていいんだよ。ばあちゃんはね、小町が好きな事を見つけて、自分のやりたい事をやって、心から好きな人と幸せになってくれる方がお金なんかよりずっとずっと嬉しいんだからね』

 あたしがあの口癖を言うたび、おばあちゃんは少し寂しそうに笑ってそう言ってたっけ。
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