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 煌びやかな王宮。謁見の間。

 室内は息苦しいほどの緊張感に包まれていた。

 今日、この場に集められたのは我が家だけではなく、現在学園を休んでいる令息達の婚約者家族一同だった。もちろん、王太子殿下の婚約者であるマーガレット様とそのご両親もいらっしゃる。

 この状況を見るに、やはり国王陛下の話はの事で間違いないだろう。

 護衛騎士が重厚な扉を開けると、陛下が入ってきた。キラキラと輝く金色の髪に真っ青な瞳。我が国の国王は他国の王と比べ四十代とまだ若いが、堂々とした立ち振る舞いと威厳のあるオーラに圧倒されてしまう。その後ろには、真っ黒なローブで顔を隠した男性らしき人が続いた。あれは……こないだ我が家に来た人じゃないかしら? あの方がどうしてここに? そう思いながらも、私は皆様と同じように深々と頭を下げた。

「ああ、そのままで良い。わざわざ呼び出してしまってすまないな」

 陛下の言葉に、私たちは下げていた頭を静かに上げる。豪華な造りの椅子に腰掛ける陛下は疲れたような顔をしていた。

「今日集まってもらったのはご令嬢方の婚約者についてだ。ここ半年の彼らの言動は聞いている。とてもじゃないが正気とは思えない愚行だ」

 はぁ、と陛下は溜息をついて呟くように言った。

「……まさに正気じゃなかったんだ」

 正気じゃなかった? どういうことだろう。疑問に思いながら続きを待つ。

「単刀直入に言おう。彼らはアンジェラ・キース男爵令嬢によってをかけられていた」

 ……み、魅了魔法? 魅了魔法って何なのかしら。『魔法』が未発達な我が国では聞き馴染みのないものだ。魔法という不思議な力を使って火を出したり水を出したり出来る、という事くらいは知識として知っているが、我が国には使用出来る者はほとんどいない。力の源や使い方が分からないからだ。『魔法』は我が国とは国交のない国の持つ力なので、情報が入ってこないのは仕方ないのかもしれないが……。

「魅了魔法とは狙った相手を自分の虜にさせ、その好意を利用して自分の思うがままに操る洗脳系の精神魔法だ。我が愚息である王太子サミュエル、ビリー・ホーマス侯爵令息、テオドール・ラルストン侯爵令息、トム・コックス教諭、それと、キース男爵家の当主が魅了魔法にかけられていた事が判明した」

 誰かの息を飲む音が鮮明に聞こえた。もしかしたら自分のものだったのかもしれない。

「そして、アンジェラ・キース男爵令嬢はキース男爵の子ではない。魅了魔法で男爵を操り、自分の子だと思わせていたそうだ」
「なっ!?」

 だ、男爵を操っていた!? そんなことが出来るなんて……。確かに今まで男爵家には病弱な娘が居たなんて話は聞いたことがなかったし、最終学年へ編入した挙句王太子殿下が世話係なんて不思議だわ、とは思っていたけど………まさか魔法で操られていたなんて。もしかして、男爵だけじゃなく魅了魔法をかけられていた全員が彼女に操られていたってこと? だから学園でも自分勝手な振る舞いが許されていたと? な、なんてことなの……。

 呆然とする私達を見ながら陛下は更に言った。

「彼女は現在我が国の牢獄に入れられている。もちろん魅了魔法は封じてな。こちらにいるニール王国の特級魔導師、ルーウェン・シュテック殿がやってくださった。……詳しいことは彼から説明してもらおう」

 黒いローブの男性が立ち上がり、一歩前に出る。頭にかぶっていたフードを取ると、艶のある黒髪がサラリと揺れた。全身が黒い衣装で覆われているせいか、透き通るような白い肌がよく目立つ。

「ニール王国特級魔導師、ルーウェン・シュテックと申します。以後お見知りおきを」

 そう言って、彼は軽く頭を下げた。

「──さて。先ほど皆様にご説明した通り、アンジェラ・キース男爵令嬢という人物はこの世に存在しません。彼女の本名はマチルダ・ターナー。魔法が盛んな我がニール王国の特級魔法師で、魅了魔法の使い手。自らが王太子妃になるため我がニール王国の王太子に魅了魔法をかけ、国を混乱に陥れた罪で投獄されていました」

 私は目を見開いた。衝撃の事実である。

「牢ではもちろん魔力も魅了魔法も封じていたんですが、どうやら捕まる前に呪具……魅了の力が込められたネックレスを作っていたようで。厄介なことに魅了避け魔法の解除術式まで練り込んであり、兵士の隙をついて脱獄されてしまいました。そのため彼女は逃亡犯となり、国際指名手配をされていたのです」

 魔導師様はため息をついた。

「彼女はそのネックレスを使って男性を魅了し、この国まで逃げて来たのでしょう。ただし、そのネックレスの力は使う人数が多いほど効き目が弱くなるので、一度に使える人数は五~六人が限度かと。用が済んだら魅了を解除し別の人物に新しくかける、という事を繰り返してきたと思われます。魔法に疎いこの国ならば、自分の野望が叶えられると思い実行に移したんでしょう。ここはニール王国からも離れているし、国交もありませんからね」

 私達は静かに話を聞いている。

「ああ、現在そのネックレスはこちらでしっかりと保管してありますのでご安心を。……まぁ、我々が着いた時にはもうんですがね」

 魔導師様は意味深な笑みを浮かべたが、その笑みは一瞬で消えた。

「この国での彼女の狙いも王太子妃だったようですが、どうやら側近候補の方達も気に入ったみたいで。彼らを自分の側に置き、ハーレム状態を作りたいと考えたらしいです。邪魔な婚約者を排除するため彼らに魅了をかけ、順番に婚約を破棄させていく。最終的には夜会でサミュエル王太子殿下に婚約破棄を宣言させ、その場ですぐにマチルダに求婚させるという算段だったようです」

 一見すれば無謀な計画だけれど、途中までは実際に起きてるんだから恐ろしい。

「我が国の不始末で貴国に大変な迷惑をかけてしまったこと、国王に代わって謝罪致します。申し訳ありませんでした」

 魔導師様が深々と頭を下げた。私達は何と言っていいか分からず顔を見合わせる。

「……それはお互い様だ。こちらも迷惑をかけた」

 私達の代わりに陛下が答える。

「実はサミュエルが彼女に違和感を覚えてな。周りの男性が異常に彼女に惹かれてすぎている、と。そこで、何か特別な力を持っているのではないかと独自に調査をしていたらしいんだ。…… その時点で私に報告しておけばもっと早く解決出来たものを。魅了なんぞにかかり事を大きくして……」

 陛下が深いため息をついた。

「いえ。それに関しては彼女の脱獄を許したこちらの落ち度です。それに、サミュエル王太子殿下には感謝しているのですよ。完全に魅了に落ちる前に影を使ってマチルダの事を調べあげ、交流のない我が国に情報提供して下さったんですから。おかげで彼女を捕まえることが出来ました。今後の詳細は国を交えての対談で決めていくと思われますので、よろしくお願い致します」
「ああ、分かった」

 陛下の返事を聞くと、魔導師様は人当たりの良い笑みを浮かべながら私達を見回した。
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