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13通目:私と平岡くん
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私たちが別れたという噂話は瞬く間に広まった。
「聞いた? あの二人別れたらしいよ」
「えー!! 嘘でしょ!?」
「ほんとだって。ほら、隣の席なのに目も合わせないし」
「え、アイツら別れたの? よっしゃラッキー!」
そんな噂話に聞こえないフリをして、私はいつものように自席で本を読んでいた。それにしても、付き合ったという噂話の時より回るスピードが明らかに早いのは、みんな人の不幸が好きだからだろうか。
〝そっか。わかった。今までありがとう成瀬さん〟
私が別れを告げたあとの彰くん、いや、平岡くんからの返事は実に淡々としたものだった。
まるでそう言われる事を分かっていたように、彼はあっさりと私の言葉を受け入れた。別に引き止めて欲しかったわけではないけれど、何の感情も読み取れない冷たい口調で言われるのは少し寂しいものがあった。この半年間は一体なんだったのだろうかと問いただしたくなる。……まぁ、聞いた所で返ってくる答えは分かりきっているけれど。
それに、もう終わったことだ。今さら気にしたってしょうがない。
ただ、戻るだけ。平岡くんのいなかった、ちょっと前までの日常に戻るだけなのだ。だから、大丈夫。
面白がるような視線、気の毒そうな視線、ザマァ見ろと喜んだような視線。様々な視線から逃げ出すように、私は図書室へと向かった。
……のたが。向かった先に居たのは、地獄の底で判決を下す直前の閻魔大王のような顔をした由香の姿だった。そしてその隣には見慣れた金髪。私の姿をとらえると、待っていたかのようにすぐさま口を開いた。
「で? アンタは本当にこれでいいの? 自分の気持ちも伝えないまま、相手の本音も聞かないまま別れて。あとはその〝平岡の本当に好きな人〟って女との行く末を黙って見守るつもり?」
由香は見るからにイライラしていた。私はただただ口をつぐむ。……だって、今さら何を言えばいいのだ。本当にあなたのことを好きになってしまいました? 私と付き合ってください?
でも、そんなこと言ったって無意味じゃないか。彼には他に好きな人がいるんだから。私からこんなこと言われたって、迷惑としか思わないのだろう。
「冗談じゃないわよバッカじゃないの。そんなの結局逃げてるだけじゃない。アンタは傷付くのが怖くて逃げただけよ。ていうかねぇ、フラれるならキッパリフラれた方が次行きやすいし未練残んなくていいのに!! なんで言わなかったのよこの意気地なし!!」
珍しく由香が声を荒げる。
「大体ね、平岡が誰を追いかけてこの高校に来たか、本人の口から聞いたわけじゃないんでしょ!? なのになんで最初から諦めてるわけ!? くだらない噂話に踊らされてんじゃないわよ!!」
ダン!! 由香がカウンターから勢いよく飛び降りた。
「ああもう、アンタら本当にムカつくわ!!」
捨て台詞のようなものを残して、彼女はドカドカと図書室を出て行った。
残された塚本くんは、私を見て苦笑いを浮かべる。
「由香ちゃんはああ言ってるけどさ。本当は栞里ちゃんのことすごく心配してるんだよ」
「……うん」
それはわかってる。由香は言葉はキツイけど根は優しい良い子なのだ。中学の時から、ずっと変わらない。
「塚本くんもごめんね。私のこと気にかけてくれてありがとう」
「いいのいいの。女の子は傷心中の方が口説きやすいしね。ほら、泣きたかったらオレの胸貸すよ?」
「……結構です」
「わー、ごめんごめん! 今の冗談だから!! だからそんな軽蔑の眼差しでオレを見るのやめて!!」
いつも通りの塚本くんの態度が、今はとてもありがたい。
「しかしあれだねぇ。噂が出回るのは早いねぇ」
「そうだね。でも、人の噂も七十五日って言うでしょ。そのうちみんな飽きて話さなくなると思うし」
確か、平岡くんと付き合い始めた時にも似たようなことを考えていた気がする。
「まぁねぇ。でも、今は時代が変わってるからさ。七十五日なんて待たなくてももっと早くに消えると思うよ。……次の話題が見つかれば、だけどね」
「それって……次の話題が見つからなければずっと続くって言いたいの?」
「あれれ~? そう聞こえた?」
塚本くんは意地悪そうにニヤリと笑うと、眉尻を下げて私の名前を呼んだ。
「栞里ちゃん」
「……なに?」
「ほとんど由香ちゃんが言っちゃったから、オレから言わせてもらうのは一つだけにすんね」
彼にしては珍しく、真剣な表情で私と向き合う。
「栞里ちゃん。オレ、栞里ちゃんには自分が後悔しないようにしてほしいんだ」
「……え?」
「九回裏ツーアウトからの逆転サヨナラホームラン、弱小チームのジャイアントキリング、試合終了の合図と共にゴールを決めるブザービート、後半アディショナルタイムでの大どんでん返し。勝負は何が起きるかわからないんだからさぁ。戦う前から逃げるのはもったいなくない?」
「……でも」
「諦めたらそこで試合終了だって某漫画の先生も言ってることだしさ。栞里ちゃんももうちょっとだけ頑張ってみたら?」
……まったく。みんな人の気も知らないで好き勝手言ってくれちゃって。
私は塚本くんに背を向け、静かに図書室を後にした。
「聞いた? あの二人別れたらしいよ」
「えー!! 嘘でしょ!?」
「ほんとだって。ほら、隣の席なのに目も合わせないし」
「え、アイツら別れたの? よっしゃラッキー!」
そんな噂話に聞こえないフリをして、私はいつものように自席で本を読んでいた。それにしても、付き合ったという噂話の時より回るスピードが明らかに早いのは、みんな人の不幸が好きだからだろうか。
〝そっか。わかった。今までありがとう成瀬さん〟
私が別れを告げたあとの彰くん、いや、平岡くんからの返事は実に淡々としたものだった。
まるでそう言われる事を分かっていたように、彼はあっさりと私の言葉を受け入れた。別に引き止めて欲しかったわけではないけれど、何の感情も読み取れない冷たい口調で言われるのは少し寂しいものがあった。この半年間は一体なんだったのだろうかと問いただしたくなる。……まぁ、聞いた所で返ってくる答えは分かりきっているけれど。
それに、もう終わったことだ。今さら気にしたってしょうがない。
ただ、戻るだけ。平岡くんのいなかった、ちょっと前までの日常に戻るだけなのだ。だから、大丈夫。
面白がるような視線、気の毒そうな視線、ザマァ見ろと喜んだような視線。様々な視線から逃げ出すように、私は図書室へと向かった。
……のたが。向かった先に居たのは、地獄の底で判決を下す直前の閻魔大王のような顔をした由香の姿だった。そしてその隣には見慣れた金髪。私の姿をとらえると、待っていたかのようにすぐさま口を開いた。
「で? アンタは本当にこれでいいの? 自分の気持ちも伝えないまま、相手の本音も聞かないまま別れて。あとはその〝平岡の本当に好きな人〟って女との行く末を黙って見守るつもり?」
由香は見るからにイライラしていた。私はただただ口をつぐむ。……だって、今さら何を言えばいいのだ。本当にあなたのことを好きになってしまいました? 私と付き合ってください?
でも、そんなこと言ったって無意味じゃないか。彼には他に好きな人がいるんだから。私からこんなこと言われたって、迷惑としか思わないのだろう。
「冗談じゃないわよバッカじゃないの。そんなの結局逃げてるだけじゃない。アンタは傷付くのが怖くて逃げただけよ。ていうかねぇ、フラれるならキッパリフラれた方が次行きやすいし未練残んなくていいのに!! なんで言わなかったのよこの意気地なし!!」
珍しく由香が声を荒げる。
「大体ね、平岡が誰を追いかけてこの高校に来たか、本人の口から聞いたわけじゃないんでしょ!? なのになんで最初から諦めてるわけ!? くだらない噂話に踊らされてんじゃないわよ!!」
ダン!! 由香がカウンターから勢いよく飛び降りた。
「ああもう、アンタら本当にムカつくわ!!」
捨て台詞のようなものを残して、彼女はドカドカと図書室を出て行った。
残された塚本くんは、私を見て苦笑いを浮かべる。
「由香ちゃんはああ言ってるけどさ。本当は栞里ちゃんのことすごく心配してるんだよ」
「……うん」
それはわかってる。由香は言葉はキツイけど根は優しい良い子なのだ。中学の時から、ずっと変わらない。
「塚本くんもごめんね。私のこと気にかけてくれてありがとう」
「いいのいいの。女の子は傷心中の方が口説きやすいしね。ほら、泣きたかったらオレの胸貸すよ?」
「……結構です」
「わー、ごめんごめん! 今の冗談だから!! だからそんな軽蔑の眼差しでオレを見るのやめて!!」
いつも通りの塚本くんの態度が、今はとてもありがたい。
「しかしあれだねぇ。噂が出回るのは早いねぇ」
「そうだね。でも、人の噂も七十五日って言うでしょ。そのうちみんな飽きて話さなくなると思うし」
確か、平岡くんと付き合い始めた時にも似たようなことを考えていた気がする。
「まぁねぇ。でも、今は時代が変わってるからさ。七十五日なんて待たなくてももっと早くに消えると思うよ。……次の話題が見つかれば、だけどね」
「それって……次の話題が見つからなければずっと続くって言いたいの?」
「あれれ~? そう聞こえた?」
塚本くんは意地悪そうにニヤリと笑うと、眉尻を下げて私の名前を呼んだ。
「栞里ちゃん」
「……なに?」
「ほとんど由香ちゃんが言っちゃったから、オレから言わせてもらうのは一つだけにすんね」
彼にしては珍しく、真剣な表情で私と向き合う。
「栞里ちゃん。オレ、栞里ちゃんには自分が後悔しないようにしてほしいんだ」
「……え?」
「九回裏ツーアウトからの逆転サヨナラホームラン、弱小チームのジャイアントキリング、試合終了の合図と共にゴールを決めるブザービート、後半アディショナルタイムでの大どんでん返し。勝負は何が起きるかわからないんだからさぁ。戦う前から逃げるのはもったいなくない?」
「……でも」
「諦めたらそこで試合終了だって某漫画の先生も言ってることだしさ。栞里ちゃんももうちょっとだけ頑張ってみたら?」
……まったく。みんな人の気も知らないで好き勝手言ってくれちゃって。
私は塚本くんに背を向け、静かに図書室を後にした。
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