その答えは恋文で

百川凛

文字の大きさ
上 下
57 / 65
12通目:ウソとホント

しおりを挟む
 放課後の昇降口で一人、彰くんを待つ。

 人のいない学校はいつになく静かで、沈みかけた夕陽がやけに綺麗に映る。

「ごめん、待たせた」

 その声に顔を上げると、優しい垂れ目が前髪の隙間から覗いていた。いつも通りの笑顔で立っていた彰くんは、肩に掛けていたスクールバックを掛け直す。

「帰ろっか」

 そう言って彰くんは微笑む。その顔を見ながら、私は小さく口を開いた。

「……さっき」
「ん?」
「五限の授業、いなかったね。サボリ?」

 〝神田さんと一緒だったの?〟という言葉は飲み込んだ。私はこんな卑怯な聞き方しか出来ない。

「ああ、うん。ちょっと呼び出されたっていうか、話をしてて」
「そうなんだ」

〝何を話してたの?〟
〝相手が神田さんってことは言ってくれないんだね〟

 聞きたいことはたくさんあるのに、私にはそれを聞く権利も資格もない。だって、私はニセモノだから。

「あれっ、彰?」

 背後からソプラノ声がして振り返る。私ははっと息を呑んだ。

 顎のあたりで切り揃えられたショートボブ、白くて華奢な手足。それはあの日見た、まどか先輩の姿だった。

「こんなとこで何やってんの? 誰か待って……」

 まどか先輩と私の目が合う。と、彼女は「あー!」と叫んで嬉しそうに私の元へと駆け寄ってきた。キラキラの笑顔が目の前にやってくる。

「もしかしてあなたが噂の彼女ちゃん? うわぁ、噂通り美人だねぇ!! 彰にはもったいない!」

 まどか先輩にまじまじと見つめられ困惑していると、彰くんは眉間にシワを寄せながら言った。

「……余計なお世話なんだけど」

 彰くんにしては珍しい反応である。例えが悪いけど、塚本くんを相手にしている時とちょっとだけ似ているような気がした。

「彼女ちゃん、孤高の文学美少女って呼ばれてるんだっけ? 私も入学当初に……なんだっけなぁ、フルートの女神がどーのとかっていうわっけわかんないあだ名付けられてさぁ! あれって一体誰が付けてるんだろうね? 謎じゃない?」
「はぁ」
「おいまどか。あんまり変なこと言うなよ」
「なぁに、彰ってば彼女の前だからってカッコつけてんの?」
「そんなんじゃないって」
「あ、照れてる? もしかして照れてる?」
「……うるさいなぁ」

 彰くんの耳が赤い。名前で呼び合う二人を見ていると、なんだか仲の良さを見せつけられているようで私はどんどん惨めな気持ちになっていく。

「つーか彼氏は? 待たせてるんじゃないの?」
「あ、そうだった」
「それならさっさと行けば?」
「何そのかわいくない言い方~。彼女ちゃんに彰の悪口いっぱい吹き込むよ?」
「やめろ。いいから早く行け」
「あーハイハイ。言われなくても行きますよ! じゃあ、今度ゆっくりお話しようね、彼女ちゃん!」

 彰くんは小さくなっていく背中をじっと見つめていた。その横顔を見て、私の胸はジクジクと痛む。

「……なんかごめん」
「ううん、別に。まどか先輩だっけ? 意外と喋るんだね。ちょっとびっくりした」
「ああ、アイツ見た目だけは大人しそうに見えるからなぁ」
「仲良いんだね」
「あー……悪くはない、と言っておく。一応」

 彰くんはふんわりと笑った。まどか先輩の話をする彰くんは楽しそうだ。そうか。まどか先輩に彼氏がいるから、だから彰くんは自分の気持ちを告げられないのか。

 私はぎゅっと手のひらを握る。

「……彰くん」
「ん? どうした?」
「彰くんが推薦断ってわざわざこの学校に来た理由。好きな女の子を追いかけて来たっていうのは本当?」

 彰くんの顔色がサッと変わった。

「…………なんで、」

 続きの言葉は出てこなかった。

 彰くんは驚きと焦りに満ちた、強張った顔で私を見ていた。

 ああ、やっぱり。

 こんな反応をされたら肯定したも同然だ。私は追いうちをかけるように問いかける。

「私にニセ彼女を頼んだのもその子が関係してるんでしょう?」

 彰くんは何も答えない。でも、その方がこちらとしても都合がいい。

 ……ごめんだなんて、そんな全てを認める言葉。彰くんの口から聞きたくないもの。

「ねぇ、彰くん」

 私は彰くんを真っ直ぐに見つめる。彰くんは明らかに困惑した表情をしていた。

 私、バス停でまどか先輩といる彰くんを見て、今の二人の会話を聞いて思ったの。やっぱり好きな人といる時の笑顔が一番輝いてるなって。私じゃ、あの笑顔にはさせられないんだなって。

〝彼女〟の期限はまだ数ヶ月残っている。でも、これ以上彰くんの時間を無駄にさせるわけにはいかないのだ。

 不思議と心は穏やかだった。これが諦めというやつなのだろうか。

 私は小さく息を吸って笑顔を作る。そして、ゆっくりと薄い唇を開いた。



「別れよっか」



 これが最良の選択なのだと言い聞かせ、自分の気持ちから逃げる私は。みんなの言う通り、やっぱりずるいやつなのだろうか。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

オオカミ少女と呼ばないで

柳律斗
児童書・童話
「大神くんの頭、オオカミみたいな耳、生えてる……?」 その一言が、私をオオカミ少女にした。 空気を読むことが少し苦手なさくら。人気者の男子、大神くんと接点を持つようになって以降、クラスの女子に目をつけられてしまう。そんな中、あるできごとをきっかけに「空気の色」が見えるように―― 表紙画像はノーコピーライトガール様よりお借りしました。ありがとうございます。

女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。

矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。 女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。 取って付けたようなバレンタインネタあり。 カクヨムでも同内容で公開しています。

妻がヌードモデルになる日

矢木羽研
大衆娯楽
男性画家のヌードモデルになりたい。妻にそう切り出された夫の動揺と受容を書いてみました。

従妹と親密な婚約者に、私は厳しく対処します。

みみぢあん
恋愛
ミレイユの婚約者、オルドリッジ子爵家の長男クレマンは、子供の頃から仲の良い妹のような従妹パトリシアを優先する。 婚約者のミレイユよりもクレマンが従妹を優先するため、学園内でクレマンと従妹の浮気疑惑がうわさになる。 ――だが、クレマンが従妹を優先するのは、人には言えない複雑な事情があるからだ。 それを知ったミレイユは婚約破棄するべきか?、婚約を継続するべきか?、悩み続けてミレイユが出した結論は……  ※ざまぁ系のお話ではありません。ご注意を😓 まぎらわしくてすみません。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

あの日、さようならと言って微笑んだ彼女を僕は一生忘れることはないだろう

まるまる⭐️
恋愛
僕に向かって微笑みながら「さようなら」と告げた彼女は、そのままゆっくりと自身の体重を後ろへと移動し、バルコニーから落ちていった‥ ***** 僕と彼女は幼い頃からの婚約者だった。 僕は彼女がずっと、僕を支えるために努力してくれていたのを知っていたのに‥

【完結】てのひらは君のため

星名柚花
児童書・童話
あまりの暑さで熱中症になりかけていた深森真白に、美少年が声をかけてきた。 彼は同じ中学に通う一つ年下の男子、成瀬漣里。 無口、無表情、無愛想。 三拍子そろった彼は入学早々、上級生を殴った不良として有名だった。 てっきり怖い人かと思いきや、不良を殴ったのはイジメを止めるためだったらしい。 話してみると、本当の彼は照れ屋で可愛かった。 交流を深めていくうちに、真白はどんどん漣里に惹かれていく。 でも、周囲に不良と誤解されている彼との恋は前途多難な様子で…?

処理中です...