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12通目:ウソとホント
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放課後の昇降口で一人、彰くんを待つ。
人のいない学校はいつになく静かで、沈みかけた夕陽がやけに綺麗に映る。
「ごめん、待たせた」
その声に顔を上げると、優しい垂れ目が前髪の隙間から覗いていた。いつも通りの笑顔で立っていた彰くんは、肩に掛けていたスクールバックを掛け直す。
「帰ろっか」
そう言って彰くんは微笑む。その顔を見ながら、私は小さく口を開いた。
「……さっき」
「ん?」
「五限の授業、いなかったね。サボリ?」
〝神田さんと一緒だったの?〟という言葉は飲み込んだ。私はこんな卑怯な聞き方しか出来ない。
「ああ、うん。ちょっと呼び出されたっていうか、話をしてて」
「そうなんだ」
〝何を話してたの?〟
〝相手が神田さんってことは言ってくれないんだね〟
聞きたいことはたくさんあるのに、私にはそれを聞く権利も資格もない。だって、私はニセモノだから。
「あれっ、彰?」
背後からソプラノ声がして振り返る。私ははっと息を呑んだ。
顎のあたりで切り揃えられたショートボブ、白くて華奢な手足。それはあの日見た、まどか先輩の姿だった。
「こんなとこで何やってんの? 誰か待って……」
まどか先輩と私の目が合う。と、彼女は「あー!」と叫んで嬉しそうに私の元へと駆け寄ってきた。キラキラの笑顔が目の前にやってくる。
「もしかしてあなたが噂の彼女ちゃん? うわぁ、噂通り美人だねぇ!! 彰にはもったいない!」
まどか先輩にまじまじと見つめられ困惑していると、彰くんは眉間にシワを寄せながら言った。
「……余計なお世話なんだけど」
彰くんにしては珍しい反応である。例えが悪いけど、塚本くんを相手にしている時とちょっとだけ似ているような気がした。
「彼女ちゃん、孤高の文学美少女って呼ばれてるんだっけ? 私も入学当初に……なんだっけなぁ、フルートの女神がどーのとかっていうわっけわかんないあだ名付けられてさぁ! あれって一体誰が付けてるんだろうね? 謎じゃない?」
「はぁ」
「おいまどか。あんまり変なこと言うなよ」
「なぁに、彰ってば彼女の前だからってカッコつけてんの?」
「そんなんじゃないって」
「あ、照れてる? もしかして照れてる?」
「……うるさいなぁ」
彰くんの耳が赤い。名前で呼び合う二人を見ていると、なんだか仲の良さを見せつけられているようで私はどんどん惨めな気持ちになっていく。
「つーか彼氏は? 待たせてるんじゃないの?」
「あ、そうだった」
「それならさっさと行けば?」
「何そのかわいくない言い方~。彼女ちゃんに彰の悪口いっぱい吹き込むよ?」
「やめろ。いいから早く行け」
「あーハイハイ。言われなくても行きますよ! じゃあ、今度ゆっくりお話しようね、彼女ちゃん!」
彰くんは小さくなっていく背中をじっと見つめていた。その横顔を見て、私の胸はジクジクと痛む。
「……なんかごめん」
「ううん、別に。まどか先輩だっけ? 意外と喋るんだね。ちょっとびっくりした」
「ああ、アイツ見た目だけは大人しそうに見えるからなぁ」
「仲良いんだね」
「あー……悪くはない、と言っておく。一応」
彰くんはふんわりと笑った。まどか先輩の話をする彰くんは楽しそうだ。そうか。まどか先輩に彼氏がいるから、だから彰くんは自分の気持ちを告げられないのか。
私はぎゅっと手のひらを握る。
「……彰くん」
「ん? どうした?」
「彰くんが推薦断ってわざわざこの学校に来た理由。好きな女の子を追いかけて来たっていうのは本当?」
彰くんの顔色がサッと変わった。
「…………なんで、」
続きの言葉は出てこなかった。
彰くんは驚きと焦りに満ちた、強張った顔で私を見ていた。
ああ、やっぱり。
こんな反応をされたら肯定したも同然だ。私は追いうちをかけるように問いかける。
「私にニセ彼女を頼んだのもその子が関係してるんでしょう?」
彰くんは何も答えない。でも、その方がこちらとしても都合がいい。
……ごめんだなんて、そんな全てを認める言葉。彰くんの口から聞きたくないもの。
「ねぇ、彰くん」
私は彰くんを真っ直ぐに見つめる。彰くんは明らかに困惑した表情をしていた。
私、バス停でまどか先輩といる彰くんを見て、今の二人の会話を聞いて思ったの。やっぱり好きな人といる時の笑顔が一番輝いてるなって。私じゃ、あの笑顔にはさせられないんだなって。
〝彼女〟の期限はまだ数ヶ月残っている。でも、これ以上彰くんの時間を無駄にさせるわけにはいかないのだ。
不思議と心は穏やかだった。これが諦めというやつなのだろうか。
私は小さく息を吸って笑顔を作る。そして、ゆっくりと薄い唇を開いた。
「別れよっか」
これが最良の選択なのだと言い聞かせ、自分の気持ちから逃げる私は。みんなの言う通り、やっぱりずるいやつなのだろうか。
人のいない学校はいつになく静かで、沈みかけた夕陽がやけに綺麗に映る。
「ごめん、待たせた」
その声に顔を上げると、優しい垂れ目が前髪の隙間から覗いていた。いつも通りの笑顔で立っていた彰くんは、肩に掛けていたスクールバックを掛け直す。
「帰ろっか」
そう言って彰くんは微笑む。その顔を見ながら、私は小さく口を開いた。
「……さっき」
「ん?」
「五限の授業、いなかったね。サボリ?」
〝神田さんと一緒だったの?〟という言葉は飲み込んだ。私はこんな卑怯な聞き方しか出来ない。
「ああ、うん。ちょっと呼び出されたっていうか、話をしてて」
「そうなんだ」
〝何を話してたの?〟
〝相手が神田さんってことは言ってくれないんだね〟
聞きたいことはたくさんあるのに、私にはそれを聞く権利も資格もない。だって、私はニセモノだから。
「あれっ、彰?」
背後からソプラノ声がして振り返る。私ははっと息を呑んだ。
顎のあたりで切り揃えられたショートボブ、白くて華奢な手足。それはあの日見た、まどか先輩の姿だった。
「こんなとこで何やってんの? 誰か待って……」
まどか先輩と私の目が合う。と、彼女は「あー!」と叫んで嬉しそうに私の元へと駆け寄ってきた。キラキラの笑顔が目の前にやってくる。
「もしかしてあなたが噂の彼女ちゃん? うわぁ、噂通り美人だねぇ!! 彰にはもったいない!」
まどか先輩にまじまじと見つめられ困惑していると、彰くんは眉間にシワを寄せながら言った。
「……余計なお世話なんだけど」
彰くんにしては珍しい反応である。例えが悪いけど、塚本くんを相手にしている時とちょっとだけ似ているような気がした。
「彼女ちゃん、孤高の文学美少女って呼ばれてるんだっけ? 私も入学当初に……なんだっけなぁ、フルートの女神がどーのとかっていうわっけわかんないあだ名付けられてさぁ! あれって一体誰が付けてるんだろうね? 謎じゃない?」
「はぁ」
「おいまどか。あんまり変なこと言うなよ」
「なぁに、彰ってば彼女の前だからってカッコつけてんの?」
「そんなんじゃないって」
「あ、照れてる? もしかして照れてる?」
「……うるさいなぁ」
彰くんの耳が赤い。名前で呼び合う二人を見ていると、なんだか仲の良さを見せつけられているようで私はどんどん惨めな気持ちになっていく。
「つーか彼氏は? 待たせてるんじゃないの?」
「あ、そうだった」
「それならさっさと行けば?」
「何そのかわいくない言い方~。彼女ちゃんに彰の悪口いっぱい吹き込むよ?」
「やめろ。いいから早く行け」
「あーハイハイ。言われなくても行きますよ! じゃあ、今度ゆっくりお話しようね、彼女ちゃん!」
彰くんは小さくなっていく背中をじっと見つめていた。その横顔を見て、私の胸はジクジクと痛む。
「……なんかごめん」
「ううん、別に。まどか先輩だっけ? 意外と喋るんだね。ちょっとびっくりした」
「ああ、アイツ見た目だけは大人しそうに見えるからなぁ」
「仲良いんだね」
「あー……悪くはない、と言っておく。一応」
彰くんはふんわりと笑った。まどか先輩の話をする彰くんは楽しそうだ。そうか。まどか先輩に彼氏がいるから、だから彰くんは自分の気持ちを告げられないのか。
私はぎゅっと手のひらを握る。
「……彰くん」
「ん? どうした?」
「彰くんが推薦断ってわざわざこの学校に来た理由。好きな女の子を追いかけて来たっていうのは本当?」
彰くんの顔色がサッと変わった。
「…………なんで、」
続きの言葉は出てこなかった。
彰くんは驚きと焦りに満ちた、強張った顔で私を見ていた。
ああ、やっぱり。
こんな反応をされたら肯定したも同然だ。私は追いうちをかけるように問いかける。
「私にニセ彼女を頼んだのもその子が関係してるんでしょう?」
彰くんは何も答えない。でも、その方がこちらとしても都合がいい。
……ごめんだなんて、そんな全てを認める言葉。彰くんの口から聞きたくないもの。
「ねぇ、彰くん」
私は彰くんを真っ直ぐに見つめる。彰くんは明らかに困惑した表情をしていた。
私、バス停でまどか先輩といる彰くんを見て、今の二人の会話を聞いて思ったの。やっぱり好きな人といる時の笑顔が一番輝いてるなって。私じゃ、あの笑顔にはさせられないんだなって。
〝彼女〟の期限はまだ数ヶ月残っている。でも、これ以上彰くんの時間を無駄にさせるわけにはいかないのだ。
不思議と心は穏やかだった。これが諦めというやつなのだろうか。
私は小さく息を吸って笑顔を作る。そして、ゆっくりと薄い唇を開いた。
「別れよっか」
これが最良の選択なのだと言い聞かせ、自分の気持ちから逃げる私は。みんなの言う通り、やっぱりずるいやつなのだろうか。
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