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12通目:ウソとホント
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自然と溢れた溜息は昼休みを迎えた教室の喧騒にかき消された。
本の内容もさっぱり頭に入ってこなくて、さっきから同じページを繰り返し読む始末だ。こんな風に悩むなんてめんどくさがりの私らしくない。
〝理由は?〟
〝え?〟
〝こんな事する理由は何?〟
〝あー……ごめん。悪いけど答えられないや。本当にごめんな〟
偽彼女の提案をされたあの日、苦しそうにそう言った彰くんの顔がぽつぽつと浮かんでは消えていく。あの時は何か事情があるのかな、ぐらいにしか思わなかったのに。まさかこんなに苦しめられる事になるとは。
お昼ご飯を食べる気が起きなくて、それでも何か口に入れておかなければと思った私は自販機に向かった。
なるべく人気のない、ここから一番遠い自販機まで行こう。そう思ってとぼとぼと歩みを進める。
すると、真っ直ぐ伸びた廊下の奥に、二つ並んだ後ろ姿を見つけた。それは間違いなく彰くんと神田さんのものだった。その途端、私の足は石になってしまったかのようにその場から動かなくなった。
神田さんは彰くんを見上げて何かを一生懸命語りかけている。その横顔は恋する乙女そのもので、素直に感情を出せる彼女が少し羨ましくなった。……そうだ。彰くんのことを好きな女の子は沢山いるんだった。神田さんも、その一人。
彰くんは神田さんに向かってこくりと頷くと、そのまま一緒に歩き出した。二人とも私には気付いていなかったようで、ほっと息を吐き出す。
人のいない校舎で二人きり。一体何を話していたのだろう。私はくるりと踵を返し、湧き上がる黒い感情を振り払うように早足で歩き出した。
昼休みが終わって五限目の授業が始まっても、彰くんは戻ってこなかった。
ぽっかりと空いた主のいない隣の席が寂しげだ。まるで私の心をそのまま反映しているように見えて、思わず眉間に力が入った。
今……彰くんは神田さんと一緒なのだろうか。さっきの様子からするとそうなんだろうなぁ。胸の中に黒い靄がぐるぐると渦巻く。本物の彼女でもないくせに嫉妬だけは一丁前だなんて。まったく自分が嫌になる。
……こんな気持ちを抱くくらいなら、ただのクラスメイトだった頃に戻りたい。彰くんの優しさも、ちょっと照れ屋な所も、意外と意地悪な所も、子どもみたいに笑う所も。全部全部知らない、ただのクラスメイトだった頃に。そうすれば、こんなに苦しくなるほどの〝恋〟という感情を、私は知らずに済んだのに。
このまま約束の日まで偽の彼女を続けるか、終わりにして自分の気持ちを告白するか。
こないだ、由香はその二択を私に提示した。私はその答えをいまだに出せずにいる。私は、さっきの神田さんの赤く染まった横顔と、バス停で見た彰くんとまどか先輩の姿を思い浮かべていた。あの時見た、彰くんの笑った顔。あの顔は、さっきの神田さんの表情とよく似ていた。やっぱり、彰くんは……。
いつの間にか授業は終わっていた。
真っ白なノートを鞄に仕舞うと、底でチカチカとスマホのランプが光っていた。彰くんからのメッセージだった。
〝今日、一緒に帰ろう〟
私は躊躇いがちに画面を触る。
〝わかった〟
それだけ打つと、私はスマホを鞄に放り投げた。目を瞑って小さく深呼吸をする。
……さぁ、準備は整った。
自然と溢れた溜息は昼休みを迎えた教室の喧騒にかき消された。
本の内容もさっぱり頭に入ってこなくて、さっきから同じページを繰り返し読む始末だ。こんな風に悩むなんてめんどくさがりの私らしくない。
〝理由は?〟
〝え?〟
〝こんな事する理由は何?〟
〝あー……ごめん。悪いけど答えられないや。本当にごめんな〟
偽彼女の提案をされたあの日、苦しそうにそう言った彰くんの顔がぽつぽつと浮かんでは消えていく。あの時は何か事情があるのかな、ぐらいにしか思わなかったのに。まさかこんなに苦しめられる事になるとは。
お昼ご飯を食べる気が起きなくて、それでも何か口に入れておかなければと思った私は自販機に向かった。
なるべく人気のない、ここから一番遠い自販機まで行こう。そう思ってとぼとぼと歩みを進める。
すると、真っ直ぐ伸びた廊下の奥に、二つ並んだ後ろ姿を見つけた。それは間違いなく彰くんと神田さんのものだった。その途端、私の足は石になってしまったかのようにその場から動かなくなった。
神田さんは彰くんを見上げて何かを一生懸命語りかけている。その横顔は恋する乙女そのもので、素直に感情を出せる彼女が少し羨ましくなった。……そうだ。彰くんのことを好きな女の子は沢山いるんだった。神田さんも、その一人。
彰くんは神田さんに向かってこくりと頷くと、そのまま一緒に歩き出した。二人とも私には気付いていなかったようで、ほっと息を吐き出す。
人のいない校舎で二人きり。一体何を話していたのだろう。私はくるりと踵を返し、湧き上がる黒い感情を振り払うように早足で歩き出した。
昼休みが終わって五限目の授業が始まっても、彰くんは戻ってこなかった。
ぽっかりと空いた主のいない隣の席が寂しげだ。まるで私の心をそのまま反映しているように見えて、思わず眉間に力が入った。
今……彰くんは神田さんと一緒なのだろうか。さっきの様子からするとそうなんだろうなぁ。胸の中に黒い靄がぐるぐると渦巻く。本物の彼女でもないくせに嫉妬だけは一丁前だなんて。まったく自分が嫌になる。
……こんな気持ちを抱くくらいなら、ただのクラスメイトだった頃に戻りたい。彰くんの優しさも、ちょっと照れ屋な所も、意外と意地悪な所も、子どもみたいに笑う所も。全部全部知らない、ただのクラスメイトだった頃に。そうすれば、こんなに苦しくなるほどの〝恋〟という感情を、私は知らずに済んだのに。
このまま約束の日まで偽の彼女を続けるか、終わりにして自分の気持ちを告白するか。
こないだ、由香はその二択を私に提示した。私はその答えをいまだに出せずにいる。私は、さっきの神田さんの赤く染まった横顔と、バス停で見た彰くんとまどか先輩の姿を思い浮かべていた。あの時見た、彰くんの笑った顔。あの顔は、さっきの神田さんの表情とよく似ていた。やっぱり、彰くんは……。
いつの間にか授業は終わっていた。
真っ白なノートを鞄に仕舞うと、底でチカチカとスマホのランプが光っていた。彰くんからのメッセージだった。
〝今日、一緒に帰ろう〟
私は躊躇いがちに画面を触る。
〝わかった〟
それだけ打つと、私はスマホを鞄に放り投げた。目を瞑って小さく深呼吸をする。
……さぁ、準備は整った。
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