その答えは恋文で

百川凛

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11通目:受験と思い出

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「え、何その話。ていうかアンタの行動ヤバくない? 中二病拗らせた不審者じゃんこっわー」

 グサリ。先ほどに引き続き見えないナイフが突き刺さる。それは私が痛いほどよく分かっているので出来れば触れないで頂きたい件である。

「つーか受験の時そんな面白い事あったなんてあたし知らなかったんだけど」
「私も今まですっかり忘れてたんだけどさ、受験とお守りの話してたら急に思い出しちゃったんだよね」

 どさくさに紛れて再びポッキーに手を伸ばしてみるも、その手はまたしても由香に払われた。……警戒体制がセコム並である。

「で?」
「え?」
「え? じゃないわよ。受験の日に会ったっていうその男子生徒は? 受かったわけ?」

 私の頭は真っ白になった。いくら首を捻っても、その答えは出てくることはない。

「……知らない。その人の顔覚えてないし」
「はぁ? 何それ。バカじゃないの?」
「だ、だって会ったのはほんの二、三分だったし……それに試験でそれどころじゃなかったんだから仕方ないじゃん」
「だからってそんなインパクトのでっかいこと、よく今の今まできれいさっぱり忘れられるわよね。普通入学してすぐ思い出さない? ありえないわぁ」

 ……確かにそうだ。いくら試験でテンパっていたからとはいえ、あの印象的な出来事をどうして今まで忘れていたのだろう。入学式で会えるといいねとか言っておいて……なんて無責任な。そして、彼は無事うちの学校に合格出来たのだろうか。もし合格していれば私と同じ学年に居るはずなんだけど……と、クラスメイトの顔を一人一人照らし合わせてみても、思い当たる顔は見つからなかった。

 もし、彼が合格していたら。知らず知らずのうちに廊下ですれ違っているのかもしれない。今こうしている間も、どこかの教室で友達と話をしているのかもしれない。もしかしたら同じクラスになっているのかもしれないじゃないか。

 ……なんて。まるで少女漫画のような話だな、と自分で言ってて恥ずかしくなってきた。大体、そんなことはあり得ない。さっきも言った通り、私は彼の名前も知らないし顔もまったく覚えていない。それに、もう二年近く前の出来事だ。あっちも私の事なんて覚えていないだろう。

 はっと我にかえると、由香が私を見ながらニヤニヤと嫌な笑みを浮かべていた。

「アンタの考えてる事当ててあげよっか?」
「……結構です」
「あれでしょ? もしその男子が受かってたら少女漫画みたいだなぁとか知らない間に会ってるのかもしれないなぁとか、鳥肌が出そうなロマンチック思考でしょ? アンタって意外とそういうの好きよね。さすが孤高の文学美少女かっこわらい」

 エスパー由香、再び。しかもいらない悪口というオプション付き。何故だ。何故そんなにも私の思考が読めるのだ。軽く恥ずかしいんですけど 。

「ほーんと。みんなアンタの外見に騙されてるわよね。中身はただのめんどくさがりなコミュ障なのに」

 由香のマシンガンのような口撃で、私のHPはほぼゼロに近い。回復の薬を貰わなきゃ立ち直れないレベルである。

「でも良かった。その話を聞いてようやく謎が解けたわ。……ったく。揃いも揃ってホントにバカなんだから」
「え?」
「あ、やっぱりここにいた」

 由香の意味深な言い方に聞き返そうとすると、控えめに音をたてた扉から低い声が聞こえてきた。

「あ、彰王子じゃん」
「……頼むからその呼び方やめて」

 図書室の扉を開けたのは彰くんだった。文化祭以降すっかり定着してしまった「王子」呼びだが、本人はあまりよく思っていないらしい。おそらくあの黒歴史を思い出すのだろう。気持ちはよくわかる。

「どうしてここに?」
「あれ? もしかしてメッセージ見てない? 一緒に帰ろうと思って教室で待ってたんだけどなかなか来ないから。二者面談が長引いてるのかと思ったら次の人戻ってきたし。で、ちょっと探しに来てみたわけ」
「えっ、うそ!」

 慌ててスマホを見ると、確かにアプリのアイコンにはメッセージを知らせる「1」という数字が付いていた。

「ごめん気付かなかった」
「いいよ。俺が勝手に待ってただけだし」
「でも私がここにいるってよくわかったね」
「まぁね。ほら、孤高の文学美少女といえばやっぱり図書室かなって思ってさ」

 彰くんが悪戯っぽく笑って言えば、由香が隣でげらげら笑いだした。……くそう。

「ははっ。半分はウソだよ。栞里図書委員だろ? だから図書室にいる可能性が高いと思って。来てみたらやっぱ大正解」

 半分ウソと言うことは残りの半分は本気という事だろうか。ていうか由香に続いて彰くんまで孤高の文学美少女って呼ぶなんて……。腹が立つのでこれから私も彰王子と呼ばせてもらおうか。

「このあとなんか用事ある?」
「ううん。何もない」
「じゃあ一緒に帰らない?」
「いいけど……」

 このごろ、こうして二人で帰ることが当たり前になってきている。まるで本物の恋人同士みたいに。私はこの時間が嬉しいけれどちょっとだけ苦しい。だって、時が来ればこれらは全てなくなってしまうのだから。私に向けられる笑顔も、優しい言葉も、全部、全部。頭の中ではちゃんと分かっているけれど、気持ちはなかなか付いてきてくれない。

 ……私が彰くんの本物の彼女だったらこんな思いしなくて済むのに……。なんて、心の片隅で思うくらいは許してくれるだろうか。なんだか好きって気持ちを自覚してから、前より欲張りになってしまった気がする。

 ふぅ、とこぼれ落ちた溜息に気付いた彰くんが私の顔を覗きこむ。

「……もしかして嫌だった?」
「えっ? あ、違う違う! 全然嫌じゃないよ!」
「そう? それならいいけど」

 彰くんは安心したように笑った。いかんいかん。こうやって無駄なことばかり考えていては彰くんに迷惑をかけてしまう。邪心はなるべく振り払わねば。

「私の鞄まだ教室にあるから取ってくるね」
「俺も行くよ」
「ううん。すぐ来るから彰王子はここで待ってて」
「うわっ、その呼び方はマジやめて!」

 私がからかうように言うと、彰くんは恥ずかしそうに顔を隠した。

「はーい。ぶん殴られたくなかったら今すぐイチャつくのやめてくださーい見てて気分が悪いでーす」

 私を笑顔で睨む由香の視線が痛い。私はその視線から流れるように足早に図書室を出て行った。
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