その答えは恋文で

百川凛

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11通目:受験と思い出

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 しんしんと雪の降り積もった、風の冷たい寒い日だった。

 集合場所の校門の前には見慣れない学校の制服が集まっている。受験特有の緊張感が漂う中、単語帳を開いて最後の追い込みをかける人や、深呼吸をして緊張をほぐす人など、それぞれ試験に挑む最終確認を入念にしていた。

 どこの中学校かは分からないが、中には頭に鉢巻をした教師が何人かの生徒を引き連れて「いいかお前ら! お前らはやれば出来るんだ! 最後まで諦めるなよ!」と受験生の応援を始める学校まであった。気合いの入れようが元テニスプレイヤーの有名人並みに半端ない。どうしよう、突然目の前に来て今日からお前は富士山だとか言われたら。いやでもそれで合格できるなら私にも言ってほしい。

 私はなんとなく気持ちが落ち着かなくて、ひとり校舎の周りをうろうろと歩き回ることにした。うっすらと地面に積もった雪に私の足跡がぽつりぽつりと残っていく。

 ようやく一人になって、安堵の白い息を吐き出す。……やっぱり人混みは苦手だ。それに加えてピリピリとしたあの空気。あれに飲み込まれてしまっては受かるものも受からない。いくらめんどくさがりの私でも受験に失敗するのはさすがに嫌だ。少し歩いて気を落ち着かせてから試験会場に向かおうか。

 そう思って雪の中をザクザクと進んで行くと、数メートル先にぼんやりと校舎を見上げている男子生徒がいた。制服は着ているがこの高校のものではない。……とすると、あの子も受験生だろうか。まぁ、今日ここに来てるんだからそうなんだろうな。

 周りに人の気配はまったくない。私も彼と同じように校舎を見上げてみる。ビュオオオウと音を立てて吹いてきた風が冷たくて、私は思わずマフラーに顔を埋めた。

 その刹那──。


「…………あ」


 ぼとり。


 小さな声と共に、私の目の前で赤いお守りが彼の手から見事にのである。

 私たちは二人とも、雪の上に落ちたお守りを見つめたまま動きが止まってしまった。

 ……おいおいおいおいちょっと待て。目の前でお守りが落ちるなんて、いくらなんでも縁起が悪過ぎるんじゃないの? 数分後には机に座って試験問題と向き合っているというのに。まるで、金メダルをかけた短距離走の決勝で、スタート直前に転んで棄権を余儀なくされた選手のような気分になった。

 呆然としていた彼も、慌てたようにお守りを拾い上げ、両手で一生懸命汚れを払っていた。これは落としてしまった彼も可哀想だし、見てしまった私も気分が悪い。……どうしよう。胸にぐるぐると不安が渦巻く。

 いや、弱気になってはいけない。……こんな時こそ神頼みだと、私は鞄から彼の持っていた色と同じ、赤い色のお守りを取り出した。学業の神様を祀ってあると言われ、毎年全国各地から数多くの受験生がお参りに来るという有名な神社で買った有難いお守りである。私はそれをぎゅっと握りしめた。受験は何があるか分からない、念には念を入れて万全の準備をしておくようにというおばあちゃんの言葉に従って、このお参りも赤と青、予備として二つ買っておいたのだが……。

 もしかして、このお守りが役に立つかもしれない。

「…………ねぇ」

 気付くと、私は男子生徒の背中に声をかけていた。しゃがんだままの男子生徒が振り返る。

「……それ」

 彼の手の中にある赤いお守りを指差してから、私は自分の手のひらをすっと差し出した。私が持っている赤いお守りにはご利益のありそうな金色の糸で合格祈願という文字がしっかりと縫い付けてある。うん、これならきっと効果はあるだろう。

「私のこれと交換しよう」
「……は?」

 男子生徒は怪訝そうな声を出した。私はお構いなしにずんずんと近寄り、彼の手から赤いお守りを奪って、代わりに私が持っていた赤い色のお守りを半ば無理やり握らせた。ひんやりとした冷たい指先が触れる。

「えっ、あの、」
「…………大丈夫だよ」

 戸惑った彼の声を遮って話を続けた。

「私のと交換したから大丈夫だよ。君は受験に落ちたりしない」

 彼が驚いたのが雰囲気で分かった。突然見知らぬ女にこんなことをされれば驚くのも無理はない。というか、普段の私なら絶対にこんなことはしないだろう。なのに、深夜テンションならぬ受験テンションとでも言えばいいのだろうか。同じ受験生のピンチを目の当たりにして、何かせずにはいられなかったのだ。

「それね。学業の神様が祀られてる有名な神社で買ったやつだからご利益あると思うよ」
「いや、俺は……」
「私のことなら気にしないで。もう一つお守り持ってるから大丈夫」
「そうじゃなくて……」
「試験、お互い頑張ろうね」

 私は彼の赤いお守りを、予備で買っていた自分の青いお守りと一緒に鞄にしまった。学業の神様の強力なお守りと一緒にしていれば、悪い運気はきれいさっぱり浄化されるはずだ。大丈夫、だいじょうぶ。私も彼も神様にちゃんと守ってもらえる。間違いない。

 私はすっきりとした気持ちで立ち上がった。顔の表情も自然と緩む。

「それじゃあ。入学式で会えるといいね」

 私は彼の顔も見ずに、ただそれだけ言って試験会場へと歩き出す。

「あ、あの!」

 背後からの声に足を止めて振り返ると、彼は右手にしっかりと握った赤いお守りを高く掲げた。

「これ! ありがとう!」

 私は少し微笑むと、今度こそ試験会場へと向かって歩き出した。
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