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11通目:受験と思い出
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少しにやけたり眉間にシワを寄せたりを繰り返しながら、不審者のようにスマホを見ていると、ひょっこりと現れたクラスメイトに声を掛けられた。
「成瀬さん、次進路指導室だって」
「あ、うん。わかった」
学校行事もすっかり落ち着き、あとは冬休みを待つだけとなった今、襲い掛かってくるのは現実という名の悪夢だ。
どうやらそろそろ将来について本格的に向き合わなければならないらしい。やりたくはないが、今日は担任との二者面談である。あんなに狭くて息苦しい部屋でムサイ担任と進路について話合うなんて、考えただけで憂鬱だ。
先に二者面談を終えた彼女に返事をして、私も重たい足を引きずりながら進路指導室へ向かった。
「失礼しまーす」
「おう成瀬。入れ入れ」
なにを言われるのかとかすかな不安を抱きながら、私はむさ苦しい担任の前に座った。
「成瀬は進学希望だったよな?」
「……まぁ一応」
「志望する大学は?」
「とりあえず文学部のある大学だったらどこでもいいです」
「いやもっと具体的に」
ナイスツッコミである。
「お前な、今から進路についてある程度考えておかないと後々苦労するんだぞ?」
「はぁ」
「口うるさいと感じるかもしれないけどな、先生はお前たちがもっと早くに学校を決めておけばよかったとか、もっと勉強を頑張れば良かった、なんていう後悔はしてほしくないんだ」
……確かに担任の言いたいことはよく分かる。分かってはいるが、私はまだ十七歳だ。たかだか十七年しか生きていないというのに、この段階で人生の岐路に立たされるなんて納得がいかない。
良い大学に入れば幸せになれるのだろうか。大企業に入れば将来は安泰なのだろうか。その答えは否だ。何が起きるかわからないからこそ人生なのだ。私の幸せは私が決める。
……なーんて。とんでもなく中二病くさい事を考えながら、私は担任の言葉を右から左へと受け流していく。
「お前はやれば出来るやつだし、理数科目さえなんとかすればなー。もっと上目指してもいいと思うんだよなー」
「はぁ」
「ほら、こないだのテスト全体的に良かっただろ? あの調子を崩さなければ明成大あたりも夢じゃないぞ? どうだ? 考えてみないか?」
「はぁ」
熱く語りだした担任に気のない返事をする。適当にやり過ごして進路指導室を出ると、私は大きな溜息を吐き出した。
「おつかれー」
そのまま図書室に向かうと、カウンターの奥に座った由香が我が物顔でポッキーを食べていた。ポリポリという場違いな音が小さく響く。私が言うのも何だけど、彼女は図書室を私物化しすぎである。
「進路指導どうだった?」
「担任が暑苦しい」
「ああ、わかる」
私も由香の隣に座ってポッキーの袋に手を伸ばす。が、その手はパシリと勢い良く払われた。…………ケチ。
十七歳。セブンティーン。
その年齢はまさに今の私達そのもの。青春の代名詞とも呼べるこの数字は、やはりどこか特別な数字なのだろうか。これからの長い人生を左右するほどに? 考えられない。
「こんなに若いうちから将来について考えるなんて馬鹿げてると思うんだけど」
「アンタそれ中学の時も言ってなかった?」
「……そうだっけ」
「そうだよ。受験するちょっと前ぐらいから飽きるほど聞かされた」
という事は私の思考は中学生の頃から成長していないという事だろうか。それはそれで悲しい。
「そのわりに受験する時は気合い入れちゃってさぁ。なんてったっけ? わざわざ学業の神様が祀られてるっていう有名な神社にお参りしに行ってなかった?」
由香のようにさっさと推薦で入学を決めた輩には分かるまい。受験生特有のあのピリピリした空気。藁だろうがなんだろうがすがれるものにはすがりたくなるあの気持ち。
「……だって落ちるの嫌だったし」
「だからってわざわざ片道四時間かけて行くぅ? 神様なんて不確かなものに頼って遠出してる暇があるならその分勉強しろって話よね」
由香の正論がぐさぐさと胸に突き刺さる。
「オマケに受験によく効くって噂の高いお守り二、三個買ってさぁ。ぶっちゃけあれってぼったくりじゃないの? ホントに効果あったわけ?」
由香に追い打ちをかけられ私の気分はどんどん沈んでいく。実際私は受験に受かったわけだし、一応効果はあったと思うんだけど。それに……ふと脳裏を過った、真っ黒い背中。
「……あの高いお守りさ、意外と役にたったんだよね」
「合格したもんね。アンタ神様に感謝しなきゃこれから生きてけないわよ」
「いやそうじゃなくて」
「じゃあ何よ?」
──私の記憶は受験の日まで遡る。
「成瀬さん、次進路指導室だって」
「あ、うん。わかった」
学校行事もすっかり落ち着き、あとは冬休みを待つだけとなった今、襲い掛かってくるのは現実という名の悪夢だ。
どうやらそろそろ将来について本格的に向き合わなければならないらしい。やりたくはないが、今日は担任との二者面談である。あんなに狭くて息苦しい部屋でムサイ担任と進路について話合うなんて、考えただけで憂鬱だ。
先に二者面談を終えた彼女に返事をして、私も重たい足を引きずりながら進路指導室へ向かった。
「失礼しまーす」
「おう成瀬。入れ入れ」
なにを言われるのかとかすかな不安を抱きながら、私はむさ苦しい担任の前に座った。
「成瀬は進学希望だったよな?」
「……まぁ一応」
「志望する大学は?」
「とりあえず文学部のある大学だったらどこでもいいです」
「いやもっと具体的に」
ナイスツッコミである。
「お前な、今から進路についてある程度考えておかないと後々苦労するんだぞ?」
「はぁ」
「口うるさいと感じるかもしれないけどな、先生はお前たちがもっと早くに学校を決めておけばよかったとか、もっと勉強を頑張れば良かった、なんていう後悔はしてほしくないんだ」
……確かに担任の言いたいことはよく分かる。分かってはいるが、私はまだ十七歳だ。たかだか十七年しか生きていないというのに、この段階で人生の岐路に立たされるなんて納得がいかない。
良い大学に入れば幸せになれるのだろうか。大企業に入れば将来は安泰なのだろうか。その答えは否だ。何が起きるかわからないからこそ人生なのだ。私の幸せは私が決める。
……なーんて。とんでもなく中二病くさい事を考えながら、私は担任の言葉を右から左へと受け流していく。
「お前はやれば出来るやつだし、理数科目さえなんとかすればなー。もっと上目指してもいいと思うんだよなー」
「はぁ」
「ほら、こないだのテスト全体的に良かっただろ? あの調子を崩さなければ明成大あたりも夢じゃないぞ? どうだ? 考えてみないか?」
「はぁ」
熱く語りだした担任に気のない返事をする。適当にやり過ごして進路指導室を出ると、私は大きな溜息を吐き出した。
「おつかれー」
そのまま図書室に向かうと、カウンターの奥に座った由香が我が物顔でポッキーを食べていた。ポリポリという場違いな音が小さく響く。私が言うのも何だけど、彼女は図書室を私物化しすぎである。
「進路指導どうだった?」
「担任が暑苦しい」
「ああ、わかる」
私も由香の隣に座ってポッキーの袋に手を伸ばす。が、その手はパシリと勢い良く払われた。…………ケチ。
十七歳。セブンティーン。
その年齢はまさに今の私達そのもの。青春の代名詞とも呼べるこの数字は、やはりどこか特別な数字なのだろうか。これからの長い人生を左右するほどに? 考えられない。
「こんなに若いうちから将来について考えるなんて馬鹿げてると思うんだけど」
「アンタそれ中学の時も言ってなかった?」
「……そうだっけ」
「そうだよ。受験するちょっと前ぐらいから飽きるほど聞かされた」
という事は私の思考は中学生の頃から成長していないという事だろうか。それはそれで悲しい。
「そのわりに受験する時は気合い入れちゃってさぁ。なんてったっけ? わざわざ学業の神様が祀られてるっていう有名な神社にお参りしに行ってなかった?」
由香のようにさっさと推薦で入学を決めた輩には分かるまい。受験生特有のあのピリピリした空気。藁だろうがなんだろうがすがれるものにはすがりたくなるあの気持ち。
「……だって落ちるの嫌だったし」
「だからってわざわざ片道四時間かけて行くぅ? 神様なんて不確かなものに頼って遠出してる暇があるならその分勉強しろって話よね」
由香の正論がぐさぐさと胸に突き刺さる。
「オマケに受験によく効くって噂の高いお守り二、三個買ってさぁ。ぶっちゃけあれってぼったくりじゃないの? ホントに効果あったわけ?」
由香に追い打ちをかけられ私の気分はどんどん沈んでいく。実際私は受験に受かったわけだし、一応効果はあったと思うんだけど。それに……ふと脳裏を過った、真っ黒い背中。
「……あの高いお守りさ、意外と役にたったんだよね」
「合格したもんね。アンタ神様に感謝しなきゃこれから生きてけないわよ」
「いやそうじゃなくて」
「じゃあ何よ?」
──私の記憶は受験の日まで遡る。
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