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10通目:王子様と呪われた姫
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人通りの激しい廊下を全力疾走し、この異様な光景に驚いたたくさんの視線という視線を全部振り切って私達が辿り着いた先は、誰もいない屋上だった。
「…………消えたい」
屋上に着くなりそう言ってしゃがみこんでしまった彰くんの両耳は真っ赤に染まっていた。どうやら置き去りにしてきた羞恥心がようやく胸に戻ってきたようだ。そりゃあそうだろう。私だってかなり恥ずかしかったのだ。本人はかなりのダメージを受けているはずだ。おまけにこの王子衣装。
「な、なんで突然あんな事……」
「いや…………渡辺さんが俺のとこに来て栞里が変な男に絡まれてるって教えてくれたんだ。だから俺がすぐ助けに行こうとしたんだけど木村に呼び止められて。〝一般客と揉め事になったら大変よ! ここは穏便に、せっかく王子様の衣装着てるんだからそれを生かして舞台風にうまく丸め込むのが一番いいわ! うちの店の宣伝にもなるしね!〟って言われて即席でセリフ作ってくれて。あとはアドリブでなんとか乗り切ってくれ、とにかく王子様らしく助けて来ればいいからって送り出されたんだ」
き、木村さん!? これはまさかの木村さんの発案か。 そういえば彼女は演劇部だった気がする。ということは悪ノリしてきた子達は演劇部員だろうか。なんという衝撃の事実。
「それにしても……すごい展開だったね」
「……うん。俺今、正直めちゃくちゃ恥ずかしい」
いまだに立ち上がろうとしない彰くんにそっと近付く。あんな形だったとは言え助けてもらったのは事実だ。私は素直にお礼を述べる。
「彰くん。助けてくれてありがとう」
そっと顔を上げた彰くんがようやく普通に笑った。耳にはまだ赤みが残っている。
一度に色々な事が起こりすぎて、なんだか面白くなってきた。自然と笑いが込み上げてくる。
「ふっ、あはははっ! なんかすごいね。こんな体験ありえない!」
突然笑い出した私を、彰くんが驚いたように見ていた。
「ふふっ、ごめん。だって王子様と猫耳女が校内を全力疾走だよ? きっとこんな体験二度と出来ないよね。非日常すぎて笑えてきちゃった」
「ははっ。確かに」
「しかも彰くんその衣装すごい似合ってるし。助けに来てくれた時は本物の王子様かと思った。やっぱモテる男は一味違うんだね」
「……勘弁してよ。俺もう王子様の役はこりごりなんだから」
「そう? その割には結構ノリノリだったんじゃない? 〝呪いを解くのは昔から王子様の役目だと相場が決まっているでしょう?〟とか言ってたじゃん」
「それは……相手が栞里だったから」
「……え?」
彰くんは私の姿をじっと見つめる。
「その猫耳、栞里によく似合ってる。気まぐれで警戒心が強くて気品の高い黒猫は、ツンデレな栞里にピッタリだ」
「……なに言ってんの」
急に気恥ずかしくなった私は、付けっ放しだったカチューシャを外そうと手を伸ばす。
「待って」
パシリと、上にあげたその手は彰くんによって止められた。掴まれたところがじんじんと熱を帯びていく。
「……なに?」
一刻も早く外したいのにどうして邪魔するの、という意図を持って彼を見上げる。
「ん? どうせなら俺がそのカチューシャ外してあげようと思って。ほら、呪いを解くのは王子の役目って決まってるみたいだし?」
そう言って彰くんの目が意地悪く細められた。うわ、これ絶対さっきの仕返しだ。私の眉間にぐっと力が入るのを見て、彰くんは笑みを深める。
「では、私があなた様にかけられた呪いを解いて差し上げましょう」
さっきの続きのつもりなのか、王子様口調になった彰くんは掴んでいた腕をそっと離した。彼の無駄に整っている顔が思いのほか近くにあって、私の胸はドキリと高鳴る。なんだか急に恥ずかしくなって視線をそらした。
彰くんの手が、私の頭にそっと置かれた瞬間──ぐっと腕を引かれ、私は温かい何かに包まれた。そして、背中に回る二本の腕。彰くんに抱きしめられたのだと気付くのに、そう時間はかからなかった。
「あ、彰く……!?」
「……ごめん。今だけ、今だけだから。……もう少しだけこうさせて」
ドキドキと煩い心臓の音は私のものなのか彰くんのものなのか判断がつかない。ただ、その音はひどく心地よかった。……もっと近くで、この心地よい音を聞いていたい。
私は、返事の変わりに彼の背中にそっと手を回した。
……ああもう、ほんとに。なんてことをしてくれたんだ平岡彰。こんなことされたらもう誤魔化せない。
こんなことされたら……私。
彰くんのこと、好きだって認めるしかないじゃないか。
人通りの激しい廊下を全力疾走し、この異様な光景に驚いたたくさんの視線という視線を全部振り切って私達が辿り着いた先は、誰もいない屋上だった。
「…………消えたい」
屋上に着くなりそう言ってしゃがみこんでしまった彰くんの両耳は真っ赤に染まっていた。どうやら置き去りにしてきた羞恥心がようやく胸に戻ってきたようだ。そりゃあそうだろう。私だってかなり恥ずかしかったのだ。本人はかなりのダメージを受けているはずだ。おまけにこの王子衣装。
「な、なんで突然あんな事……」
「いや…………渡辺さんが俺のとこに来て栞里が変な男に絡まれてるって教えてくれたんだ。だから俺がすぐ助けに行こうとしたんだけど木村に呼び止められて。〝一般客と揉め事になったら大変よ! ここは穏便に、せっかく王子様の衣装着てるんだからそれを生かして舞台風にうまく丸め込むのが一番いいわ! うちの店の宣伝にもなるしね!〟って言われて即席でセリフ作ってくれて。あとはアドリブでなんとか乗り切ってくれ、とにかく王子様らしく助けて来ればいいからって送り出されたんだ」
き、木村さん!? これはまさかの木村さんの発案か。 そういえば彼女は演劇部だった気がする。ということは悪ノリしてきた子達は演劇部員だろうか。なんという衝撃の事実。
「それにしても……すごい展開だったね」
「……うん。俺今、正直めちゃくちゃ恥ずかしい」
いまだに立ち上がろうとしない彰くんにそっと近付く。あんな形だったとは言え助けてもらったのは事実だ。私は素直にお礼を述べる。
「彰くん。助けてくれてありがとう」
そっと顔を上げた彰くんがようやく普通に笑った。耳にはまだ赤みが残っている。
一度に色々な事が起こりすぎて、なんだか面白くなってきた。自然と笑いが込み上げてくる。
「ふっ、あはははっ! なんかすごいね。こんな体験ありえない!」
突然笑い出した私を、彰くんが驚いたように見ていた。
「ふふっ、ごめん。だって王子様と猫耳女が校内を全力疾走だよ? きっとこんな体験二度と出来ないよね。非日常すぎて笑えてきちゃった」
「ははっ。確かに」
「しかも彰くんその衣装すごい似合ってるし。助けに来てくれた時は本物の王子様かと思った。やっぱモテる男は一味違うんだね」
「……勘弁してよ。俺もう王子様の役はこりごりなんだから」
「そう? その割には結構ノリノリだったんじゃない? 〝呪いを解くのは昔から王子様の役目だと相場が決まっているでしょう?〟とか言ってたじゃん」
「それは……相手が栞里だったから」
「……え?」
彰くんは私の姿をじっと見つめる。
「その猫耳、栞里によく似合ってる。気まぐれで警戒心が強くて気品の高い黒猫は、ツンデレな栞里にピッタリだ」
「……なに言ってんの」
急に気恥ずかしくなった私は、付けっ放しだったカチューシャを外そうと手を伸ばす。
「待って」
パシリと、上にあげたその手は彰くんによって止められた。掴まれたところがじんじんと熱を帯びていく。
「……なに?」
一刻も早く外したいのにどうして邪魔するの、という意図を持って彼を見上げる。
「ん? どうせなら俺がそのカチューシャ外してあげようと思って。ほら、呪いを解くのは王子の役目って決まってるみたいだし?」
そう言って彰くんの目が意地悪く細められた。うわ、これ絶対さっきの仕返しだ。私の眉間にぐっと力が入るのを見て、彰くんは笑みを深める。
「では、私があなた様にかけられた呪いを解いて差し上げましょう」
さっきの続きのつもりなのか、王子様口調になった彰くんは掴んでいた腕をそっと離した。彼の無駄に整っている顔が思いのほか近くにあって、私の胸はドキリと高鳴る。なんだか急に恥ずかしくなって視線をそらした。
彰くんの手が、私の頭にそっと置かれた瞬間──ぐっと腕を引かれ、私は温かい何かに包まれた。そして、背中に回る二本の腕。彰くんに抱きしめられたのだと気付くのに、そう時間はかからなかった。
「あ、彰く……!?」
「……ごめん。今だけ、今だけだから。……もう少しだけこうさせて」
ドキドキと煩い心臓の音は私のものなのか彰くんのものなのか判断がつかない。ただ、その音はひどく心地よかった。……もっと近くで、この心地よい音を聞いていたい。
私は、返事の変わりに彼の背中にそっと手を回した。
……ああもう、ほんとに。なんてことをしてくれたんだ平岡彰。こんなことされたらもう誤魔化せない。
こんなことされたら……私。
彰くんのこと、好きだって認めるしかないじゃないか。
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