その答えは恋文で

百川凛

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10通目:王子様と呪われた姫

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「ねぇねぇ、受付の猫耳お姉さんとは写真撮れないの?」

 ほんの少し前にも似たような台詞を聞いたが、今度はまったく知らない声だった。不思議に思って顔を上げると、私服姿の男二人が机の前に並んで私を囲むように壁を作っていた。

「写真は中に居る案内係が担当しております。それ以外の撮影は禁止です」
「そうなの? でも俺らは君と撮りたいんだよなぁ~? どう? だめ?」
「そうそう! ずっと可愛いなぁって思ってたんだよね~」

 ニタニタと笑う姿が気持ち悪い。でもここは我慢しなければ。一般人と下手に問題を起こしては後が面倒だ。

「その猫耳も超似合ってるよ!」
「ツンツンしてる感じもネコっぽくていいよねぇ~」

 ああもう、しつこい! 無視しているにも関わらず、男二人はガンガン話しかけてくる。

 ……そうだ。確か木村さんに渡されたマニュアルの中にこういう声掛けをされた時の対処法が書いてあったはずだ。

 使わないかもなんて言ってたけど渡しててくれてありがとう。私はパラパラと捲って該当ページを探し出す。


 〝もしも迷惑な客に声をかけられたら〟


 あった! これだ! 木村さんナイス!

 私はそこに書いてある文章をそのまま声に出して読み上げる。

「ええと……〝実は私は写真に写ると眠ったまま一生目が覚めなくなるという呪いをかけられているのです。従って残念ですが貴方と写真を撮る事は出来ません〟」

 読み上げた言葉に、自分自身の動きが止まった。

 …………ちょっと待って。なにこの文章。

 こ、こんなのただの電波女じゃないか。何呪いって。何一生眠ったままって。これ一体どんな設定なの? これじゃあ私、痛い子のレッテルを貼られてこれからの人生終わりじゃないか。何が対処マニュアルだ!! 全然対処しきれてないんだけど!? こんなのただの羞恥プレイじゃん!!

「呪い? へぇ~それは面白い設定だね。じゃあさ、俺が君にかけられた呪いを解いてあげる。だから一緒に写真撮ろ?」

 ま、ま、まさかの電波返し。引くどころか逆にこの話に乗っかってくるとは……相手もかなりの強者である。もうこれ以上私にどうしろって言うのよ。まさかこのマニュアルの続きを読んでこれ以上の恥を晒せと? ただでさえ猫耳カチューシャでダメージを食らい、今の台詞でも精神的ダメージを負ったばかりだというのに……そんなの嫌だ。



「勝手に呪いを解かれては困りますねぇ」



 背後にある教室のドアから、夏休み以降暫く聞いていなかった声がした。

 ぱっと振り返った先に居たのは、キラキラと輝く王子様の衣装を身に付けた彰くんだった。突然現れたイケメンリアル王子に、並んでいた女性客がきゃあきゃあと騒ぎ出す。

「な、なんだお前」

 王子衣装に驚いたのか、王子衣装を着こなす彰くんに驚いたのかは定かではないが、二人の男は目を丸くして彰くんを見つめた。

 当の本人は恥ずかし気もなく颯爽と歩いて来て私の横にスッと立つ。私と目を合わせると爽やかに微笑んだ。周りが更に黄色い悲鳴をあげる。

「申し訳ないが、この方は私の婚約者であります。今はしき魔女に呪いをかけられ半猫はんねこの姿で門番をさせられていますが、彼女の本来の姿はとても美しいこの国の王女様であり、私の婚約者なのです!」

 彼が高らかに告げた瞬間、周囲はしん、と水を打ったような静寂に包まれる。

 これは……これはとんでもないものが始まってしまったのではないだろうか。素人が作ったB級映画でもこんな展開見たことない。

「お嬢様! ご無事ですかお嬢様!」
「オーホッホッホ! わたくしのかけた呪いはそう簡単に解けるものじゃなくってよ?」
「くっ……! 暗黒の魔女め!!」

 更にどういうわけか魔女の衣装と執事の衣装を着たクラスメイトまで悪ノリしてくるものだから止めたくても止められない。

 正直、私も声を掛けてきたお兄さん達も困惑気味である。だって、私が王女で婚約者って……さっきも言ったけど一体どんな設定なの? この国ってどこ? 門番ってなに? 確かに変な猫耳は付けてるけど、私制服着て座ってただけなんですけど。それに皆アドリブにしてはやけに上手いし。どうなってるの? 至急説明を求む。

 騒ぎを聞き付けたのか、ギャラリーもどんどん増えていく。その中で堂々と立ち振る舞う彰くんは、今日一日で羞恥心をどこかに置いてきてしまったのだろうか。

「これでも貴方に姫君の呪いが解けると言うのですか?」
「え、いや、その……」

 さっきまで威勢良く乗っかってきたお兄さんもさすがにたじたじだ。そりゃあそうだろう。これだけ目立ってしまったのだ。早く帰りたいはずだ。私も帰りたい。

「残念ですが貴方に姫の呪いは解けませんよ。絶対にね」
「え?」
「だって、呪いを解くのは昔から王子様の役目だと相場が決まっているでしょう?」

 とびっきりの王子スマイルで言い放つと、彼は突然私の手を掴んで走り出した。座っていた私は無理矢理立ち上がる形になり、足をもつれさせながら必死に付いていくしかない。

 彰くんの体温が伝わってくる。まるで虹祭りの時みたいだ。あの時のように、心臓がドクドクと激しく動き出していた。
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