その答えは恋文で

百川凛

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9通目:文化祭と準備

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 数分後、ガラガラと扉の開閉音がして足音はゆっくりと遠ざかっていく。

 足音が完全に聞こえなくなると、緊張の糸がぷっつりと切れた私と神田さんはお互い大きく息を吐き出した。体全体に入っていた無駄な力も自然と抜けていく。い、息苦しかった。身体的にも、精神的にも。

 文化祭や修学旅行の時期は告白ラッシュだと聞いた事があるけれど、まさかその現場に遭遇するとは思ってもみなかった。ドキドキと動く心臓はまだ落ち着かない。

 扉の磨りガラスに写らないようにと、並んで体育座りをしていた私達の距離は思いのほか近かった。神田さんは膝をぎゅっと引き寄せて抱えると、らしくないほどの弱々しい声でぽつりと呟く。

「…………平岡、告白されてたね」
「うん」

 はぁ、と小さく息を漏らすと、神田さんは続けた。

「あたしね、中学の頃からずっと平岡のことが好きなの」

 狭くて静かなこの空間では小さな声でもよく聞こえる。

「あたし、誰かれ構わず言いたいことハッキリ言っちゃう性格だから、昔から男子にも女子にも嫌われてたの。話しかけてくる物好きは塚本くらいだったわ。だから、正しいこと言っても意見とか無視されること多くて。でもね、平岡は違ったの。クラスで唯一あたしの味方になってくれた。あたしの話もちゃんと聞いてくれたし、悪いところも注意してくれた。もっとオブラートに包んで物を言えとか人の気持ち考えろとか。あたし、そんな人初めてだったから嬉しくて。平岡のアドバイスのお陰で少しは友達出来るようになったし。最初はただの憧れだったんだけど、気付いたら好きになってた。平岡が皆に優しい事くらい分かってる。あれがただの善意だったって事も、いつまで経ってもただの友達にしか思われてないって事も全部。でもね、やっぱりあたしにとってあれは特別な出来事だったの。だから……」

 神田さんが私にこんな話をするなんて予想外だった。

「あの子はスゴいね」

 それはおそらく、彰くんに告白した女の子のことだろう。

「平岡は超頭良いからさ、県外の進学校に推薦で決まってたの。あたしなんかがどんなに頑張ったって入れないような所でさ、会えなくなるならもうこの気持ちは潔く諦めようって思ってた。ずっと好きだったけどどうしても告白は出来なくて、仕方ないから心の中にひっそりしまっておこうってそう決めたの」

 はぁ、と息をついて力を込めていた手を緩める。

「でもね、入学式の代表挨拶で喋ってる平岡見た時は驚いた。ほんと、ものすっごい吃驚しちゃって心臓止まったかと思ったもん。まぁそりゃ驚くよね。もう会えないと思って諦めた人が目の前で喋ってるんだもん。それで、その背中見て、やっぱり好きだなぁって。この人のこと諦めたくないなって思って。中学の時みたく後悔なんてしたくなかったから、自分なりにお洒落して努力して、話し掛けたり遊びに誘ったりアピールしてたのに。横から突然どっかの誰かにかっさらわれちゃってさぁ。マジありえないっつーの」

 顔を上げた神田さんにジトリと恨みのこもった目で睨まれる。

「…………ごめん」

 こういう時、なんて声をかければいいのか分からなかった私の口から出たのは謝罪の言葉だった。

「謝んないでよ。ムカつくから」

 しかし、それは眉根を寄せた神田さんに大きな舌打ちで返される。……私、この人にどれだけ嫌われてるのだろう。

 神田さんはゆっくり立ち上がると、スカートに付いた埃を手で軽く叩いた。

「あの子、平岡にフラれるってわかってたのに告ったんだよね。……ホント、すごいなぁ」

 人の気持ちは難しい。

 どんなに好きでいたって、どんなに頑張ったって、自分の好きな人が振り向いてくれるという保証はないのだ。それはあの子だってわかっていたはずだ。分かっていても、それでも、やっぱり。


「好きなら好きって……ちゃんと伝えるべきなんだよね」


 ぽろりと口から出た言葉は自分の首を絞めるような言葉だった。途端にぐっと胸が苦しくなる。

「……それ、アンタにだけは言われたくないんだけど」

 私の言葉は彼女の事も苦しめてしまったらしい。神田さんは冷たい目で私を見下ろすと、声を震わせながら言った。

「……アンタに、アンタに何が分かるのよ。好きって言っても傷付くことなんてないくせに!! 好きって言ってもごめんねなんて謝られることないくせに!! 平岡に好かれてるアンタに、あたしの気持ちなんてわかるわけないじゃない!!」

 そう言って、神田さんは勢いよく扉を開けると逃げるように走り去る。

 神田さんの長い髪を結んでいる薄い水色のシュシュが、私の脳内に強く印象を残した。

 一人きりになった狭い部屋で、私はぽつりと独り言を漏らす。

「……そっちだって何も知らないくせに。……形だけ付き合ってたって、気持ちがなくちゃ意味ないじゃない」

 私の小さな呟きは静寂の中に消えた。


 ……はずだった。
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