その答えは恋文で

百川凛

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9通目:文化祭と準備

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 週が明けると、文化祭の準備はいよいよ本格化してきた。今はまだ昼休みや放課後、LHRの時間を使った準備になっているが、来週に入ると午後の時間が丸々文化祭準備に当てられる。

 二日間に渡って行われる我が校の文化祭は、一日目と二日目の午前中までが一般公開され、午後からは生徒のみで後夜祭が行われる。一般公開のメインである体育館では、演劇やらミスコンやらの舞台発表が行われたり、バンドのライブ演奏があったりと、短いながらも中身が濃い。

 まだまだ時間はあるように思えるが、やる事は山積みだ。

 クラス準備に加えてミスコンや有志のライブなど、学校全体のイベント準備も同時進行でやらなければいけないのだから、それはもう大忙しだ。

 撮影班は写真部の子に機材を借りたり上手く撮るコツを学びに校内を駆け回り、衣装班の子はむつむつと手を動かしてそれぞれのコスプレ服や小物の製作に励んでいる。美術班に至ってはだいぶ苦労しているようで、各童話の世界感を出すための内装や背景作りを急ピッチで進めている。

 そんな中、ただの受付係りである私は特に何もする事がなく、ただでさえ浮いてるクラスで更に浮いた存在になっていた。

 慌ただしく動き回るクラスメイトをぼうっと見ているのはさすがに気が引けるので、文化祭実行委員の子に何か手伝える事はないかと聞いてみることにした。

「……あの」
「わぁっ!」

 手の空いている時を狙って後ろから話しかけると、相手が驚きの声を上げる。

「何……って……えっ!? 成瀬さん!?」

 話しかけてきたのが私だと分かると、彼女は更に驚いてみせた。そういえば彼女とは一度も話したことがなかった気がする。

「その……何か手伝える事ない? 私、やる事なくて」
「あ……えっと、そうだなぁ」

 いまだに驚いている様子の彼女は周りをキョロキョロと見渡すと、話し合いをしていた女子の輪の中に入っていった。

「ねぇちょっと。なんか仕事ない?」
「仕事ならいっぱいあるわよ! 今からアリスの衣装作んなきゃなんないんだからね!」
「なら良かった。成瀬さんが手伝ってくれるってよ」
「マジで!? 助かる……って……えっ!? 成瀬さん!?」

 なんというデジャヴュ。先程とまったく同じ反応をされ、皆が一斉に私に顔を向ける。その表情はやはり驚きに満ちていた。私が話しかけたのがそんなに珍しいのだろうか。……だとしたら私、今までどれだけクラスに関わってなかったんだろう。

「あー……じゃあえっと、被服室からメジャーと裁縫箱借りてきてくれる? 採寸しておきたいし」
「うん、被服室ね」
「メジャーは借りられるだけ借りてきてくれると助かるかも。……よろしく」
「わかった」

 戸惑い気味のクラスメイトに軽く返事をして、私はそのまま教室を後にした。被服室はB棟の三階にあるため、ここからだと結構距離がある。急いで取りに行かないと。

 作法室や視聴覚室などの特別教室が集まるB棟は、準備に追われ慌ただしい雰囲気の校舎内から切り離されたように静寂に包まれていた。人気のない廊下に私の足音がよく響く。

「……あれ?」

 あそこは美術室のあたりだろうか。両手に段ボール箱を抱えたポニーテールを見付けた。彼女も文化祭準備のために何か荷物を取りに来たのだろう。だが、何やら様子がおかしい。

 神妙な面持ちで、後ろのドアから中の様子をじっと覗いている。

「……神田さん?」

 私の小さな声に反応してはっとこちらを向いた彼女は、瞬時に右手の人差し指を口元に持っていき、必死な形相で「静かにしろ!」と無言で訴えてきた。

 ただならぬ様子を不審に思って、私も室内をそっと覗き込む。中には制服姿の男子生徒と女子生徒が向かい合うようにして立っていた。ここからでは横顔しか見えないが、それでもわかってしまった。


 あの横顔は、彰くんだ。


 すらりと伸びた高い身長にすっとした鼻、長めの前髪に隠れるようにある泣き黒子。いつも隣で見ていたのだ。見間違うはずがない。心臓が、嫌な音を立てて軋んだ。

 チラリと神田さんの様子を伺うと、彼女は私の事なんて目もくれず、固唾を呑んで二人の動向を見つめていた。

「私……平岡くんの事が好きなのっ」

 彰くんの前に立つ女の子の声が、静かな教室に反響して私達の耳にも届いた。

「……平岡くんに彼女がいるのは知ってる。でも、それでも好き。平岡くんが好きなの」

 彼女の告白に、私と神田さんは同時にはっと息を呑んだ。言い様のない緊張感が走り、お互い固まったまま動かない。いや、動けない。


「…………ごめん」


 少し間を置いて、彰くんの申し訳なさそうな声が聞こえてきた。

「気持ちはすごく嬉しいよ。でも、俺は知っての通り彼女がいるから。だから君とは付き合えない」
「……うん」
「本当にごめんな」
「……ううん。結果は分かってたから大丈夫。ただね、気持ちだけはどうしても伝えておきたくて」
「……そっか。君の気持ちはちゃんと伝わったよ。本当にありがとう」

 私の頭に思い浮かんだのは、ああ、一応としての私は告白の断りとして役目は果たしてるんだなぁ、というどうでもいいことだった。それ以外のことは、あまり考えられなかった。机にぶつかったのか、ガタリという大きな音で我に返る。気付けば女の子が教室を出ていく所だった。私と神田さんは慌てて美術室の隣の小さな部屋に身を潜めた。だって、告白の現場を盗み見ていたのがバレたら相当気まずい。きっと神田さんも同じ思いなんだろう。

 走り去るような足音はさっきの女の子のものだろう。晃くんはまだ中にいるらしい。私達は物音をたてないように気を付けながら、ただひたすら彰くんが出ていくのを待った。

 私、メジャーを取りに来ただけなのにどうしてこんなことになったんだろう……。
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