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7通目:道化師と仮面
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「塚本くんってさ、本当は私の事好きじゃないでしょ」
窓から視線を外して、塚本くんはゆっくりとした動作で私に顔を向ける。その顔に驚きの色はない。いつも通り、本心を悟らせない偽りの笑顔を見せつけていた。
「ううん、好きだよ? だってボク博愛主義者だもん。女の子はみーんな大好き」
「嘘つかなくていいよ。塚本くんが本当に好きなのは神田さんでしょ?」
そう言うと、彼の笑顔が少しだけ崩れた。前々から思っていたのだ。彼女に対する塚本くんのほんのわずかな態度の違い、見つめる眼差し。
今だって、彼の目は向かいの空き教室でサックスの練習をしている彼女を映していたのだ。こんなの、気付かないわけないじゃない。
「塚本くんが私を好きだって宣言したのは、彰くんと私を別れさせるため。私たちが一緒にいる姿を見て、彰くんの事を好きな神田さんがこれ以上悲しまないように」
長い沈黙が続く。
「…………参ったなぁ」
やがて、観念したようにぽつりと呟いた。
「よくわかったね。俺、ポーカーフェイスは得意なんだけどなぁ」
「ポーカーフェイスっていうか胡散臭い笑顔貼り付けてるだけだよね。なんだか道化師みたい」
「道化師か……ははっ。うまい事言うねぇ」
塚本くんは自嘲気味に笑った。
「塚本くんが博愛主義者を気取ってるのも、本当は自分の事を好きだって言ってくれる女の子達を傷付けたくないから。だから特定の彼女も作らず程よい距離でみんなの相手をしている。違う?」
「そう思ってくれてるなら嬉しいなぁ。普通の人から見れば俺はただの女たらしみたいだから」
「心の中では神田さんを想いながら、彼女の気持ちを尊重して自分の気持ちを隠している。顔で笑って心で泣いて、わざわざ道化師を演じて……」
仮面を付けた塚本くんが少しずつ近付いてくる。
「ねぇ、その顔疲れない?」
「んー? もう慣れちゃった」
「否定しないんだね」
「だぁって。何言っても栞里ちゃんには見抜かれちゃいそうだしさぁ」
彼は小さく溜息をついた。
「……小学校ん時からの腐れ縁なんだよね、俺と麻衣子」
塚本くんが女の子の名前を呼び捨てにしているのを私は初めて聞いた。
「昔からああいう性格だからさ。直球で頑固っつーか、思った事はすぐ口に出すし……。とにかくトラブルが多くてさ。友達も少なかったわけ」
小さい頃の神田さんの様子は容易に想像がつく。今の彼女をそのまま小さくした感じなのだろう。間違いない。
「俺も最初は口うるさいし怖いし苦手なタイプの女の子だなーって思って敬遠してたんだけどさ、見ちゃったんだよね」
「……何を?」
「麻衣子がひとりぼっちで泣いてるところ」
塚本くんはへらりと笑った。
「小四の時、理由は忘れたけどクラスのリーダー格の男子と結構激しく対立してさ。女子もほとんど男子側に付いちゃって孤立無援の四面楚歌。結構酷いことも言われてたけど麻衣子も負けずに言い返してたし、ぶっちゃけ誰も気にしてなかったのね。いつもの事だし」
当時を思い出すように語る塚本くんを私は黙って見つめていた。
「その日の放課後俺忘れ物しちゃって教室に取りに行ったんだ。そしたら中に人が居てさ、それも苦手な麻衣子で最初は入るの躊躇ったくらいだったんだけど……なんか泣き声が聞こえてきて。俺すっごいビックリしちゃってさ。だってあの麻衣子だよ? 驚かない方がおかしいよね。でもほっとくわけにはいかないし、思いきってポケットに入れっぱなしだったしわっしわのハンカチ差し出したんだよね」
塚本くんはチャラチャラしている外見とは違って中身は意外としっかりしている。根は悪い人じゃない、むしろ良い人だと思う。
「人がいるとは思わなかったんだろうね。麻衣子もすっごいビックリしててさ。ははっ今思い出しても笑えるあの顔。なんか文句のひとつでも言われるかなって身構えてたんだけど意外と素直に受け取ってくれたんだ。ちゃんとお礼も言ったんだぜ? すっげーちっちゃい声だったけど。でさ、人のハンカチ使って散々泣いた挙げ句、泣き止んだ後なんて言ったと思う? 『この事誰かに言ったらあんたの事殴るから!』だよ? 信じられる?」
塚本くんがおかしそうに笑った。
窓から視線を外して、塚本くんはゆっくりとした動作で私に顔を向ける。その顔に驚きの色はない。いつも通り、本心を悟らせない偽りの笑顔を見せつけていた。
「ううん、好きだよ? だってボク博愛主義者だもん。女の子はみーんな大好き」
「嘘つかなくていいよ。塚本くんが本当に好きなのは神田さんでしょ?」
そう言うと、彼の笑顔が少しだけ崩れた。前々から思っていたのだ。彼女に対する塚本くんのほんのわずかな態度の違い、見つめる眼差し。
今だって、彼の目は向かいの空き教室でサックスの練習をしている彼女を映していたのだ。こんなの、気付かないわけないじゃない。
「塚本くんが私を好きだって宣言したのは、彰くんと私を別れさせるため。私たちが一緒にいる姿を見て、彰くんの事を好きな神田さんがこれ以上悲しまないように」
長い沈黙が続く。
「…………参ったなぁ」
やがて、観念したようにぽつりと呟いた。
「よくわかったね。俺、ポーカーフェイスは得意なんだけどなぁ」
「ポーカーフェイスっていうか胡散臭い笑顔貼り付けてるだけだよね。なんだか道化師みたい」
「道化師か……ははっ。うまい事言うねぇ」
塚本くんは自嘲気味に笑った。
「塚本くんが博愛主義者を気取ってるのも、本当は自分の事を好きだって言ってくれる女の子達を傷付けたくないから。だから特定の彼女も作らず程よい距離でみんなの相手をしている。違う?」
「そう思ってくれてるなら嬉しいなぁ。普通の人から見れば俺はただの女たらしみたいだから」
「心の中では神田さんを想いながら、彼女の気持ちを尊重して自分の気持ちを隠している。顔で笑って心で泣いて、わざわざ道化師を演じて……」
仮面を付けた塚本くんが少しずつ近付いてくる。
「ねぇ、その顔疲れない?」
「んー? もう慣れちゃった」
「否定しないんだね」
「だぁって。何言っても栞里ちゃんには見抜かれちゃいそうだしさぁ」
彼は小さく溜息をついた。
「……小学校ん時からの腐れ縁なんだよね、俺と麻衣子」
塚本くんが女の子の名前を呼び捨てにしているのを私は初めて聞いた。
「昔からああいう性格だからさ。直球で頑固っつーか、思った事はすぐ口に出すし……。とにかくトラブルが多くてさ。友達も少なかったわけ」
小さい頃の神田さんの様子は容易に想像がつく。今の彼女をそのまま小さくした感じなのだろう。間違いない。
「俺も最初は口うるさいし怖いし苦手なタイプの女の子だなーって思って敬遠してたんだけどさ、見ちゃったんだよね」
「……何を?」
「麻衣子がひとりぼっちで泣いてるところ」
塚本くんはへらりと笑った。
「小四の時、理由は忘れたけどクラスのリーダー格の男子と結構激しく対立してさ。女子もほとんど男子側に付いちゃって孤立無援の四面楚歌。結構酷いことも言われてたけど麻衣子も負けずに言い返してたし、ぶっちゃけ誰も気にしてなかったのね。いつもの事だし」
当時を思い出すように語る塚本くんを私は黙って見つめていた。
「その日の放課後俺忘れ物しちゃって教室に取りに行ったんだ。そしたら中に人が居てさ、それも苦手な麻衣子で最初は入るの躊躇ったくらいだったんだけど……なんか泣き声が聞こえてきて。俺すっごいビックリしちゃってさ。だってあの麻衣子だよ? 驚かない方がおかしいよね。でもほっとくわけにはいかないし、思いきってポケットに入れっぱなしだったしわっしわのハンカチ差し出したんだよね」
塚本くんはチャラチャラしている外見とは違って中身は意外としっかりしている。根は悪い人じゃない、むしろ良い人だと思う。
「人がいるとは思わなかったんだろうね。麻衣子もすっごいビックリしててさ。ははっ今思い出しても笑えるあの顔。なんか文句のひとつでも言われるかなって身構えてたんだけど意外と素直に受け取ってくれたんだ。ちゃんとお礼も言ったんだぜ? すっげーちっちゃい声だったけど。でさ、人のハンカチ使って散々泣いた挙げ句、泣き止んだ後なんて言ったと思う? 『この事誰かに言ったらあんたの事殴るから!』だよ? 信じられる?」
塚本くんがおかしそうに笑った。
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