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7通目:道化師と仮面
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過ごしやすく調節された温度の室内、緊張感漂う張りつめた空気、新しい紙と古い紙が混ざりあった独特の匂い。
ああ、なんて落ち着くんだろう。決めた。私、ここに住む。
今日は久しぶりに朝早く起きて、久しぶりに制服に袖を通した。図書委員の仕事で蔵書点検の手伝いをする事になっていたのだ。
蔵書点検では、貸し出したまま行方不明になっている本のチェックをしたり、壊れている本の補修作業等を行う。
私は今、図書室の端の棚から順番に書籍の所在チェックを行っている。プリントされた貯蔵書一覧表のリストと本を一冊ずつ照らし合わせて、その本がちゃんとその場所にあるか、借りられたまま行方不明になっていないかをチェックし、同時に破損などがないか本の状態も確認していく。
破損が確認された場合は一旦棚から抜き出して一ヶ所に集めておく。後からまとめて補修作業を行うのだ。
随分と骨の折れる作業ではあるが、私は結構好きだ。
今は私と司書の翠先生が作業中である。午前中までは他に二人の図書委員も作業をしていたのだが、午後からは部活があるらしくそっちに行ってしまった。休み中も皆それぞれ忙しいらしい。ご苦労なこった。
「さ……さ……っと。あった」
バインダーに挟んだ一覧表にレ点を書き込む。高いところは図書室に置いてある三段式の脚立を使わなければならないのでちょっとめんどくさい。ちょうど「さ」行の作者は棚の一番上にあるので私は落下に気を付けながら脚立に跨がり作業を続けた。
数日前、彰くんから連絡が来て虹祭りの待ち合わせ時間と場所を決めた。こないだバス停で見かけたことを話そうかと思ったのだが、なんとなく躊躇われたのでやめた。そんなに大したことじゃないし、プライベートをいちいち干渉されたくはないだろうから。
そういえば、私が偽物の彼女になってから彰くんへの告白件数はどうなったんだろう。役に立っていないのなら、この関係の意味はないと思うんだけどなぁ。
「おぉ~! 超いい眺め~!!」
最早振り返らなくても分かるようになってしまったこのイラッとする口調。だが今は夏休みだ。聞こえるはずがない……。だって、いるはずがないのだから。
「でも、女の子がスカートで高いところに上っちゃダメだよ~?」
と、言ったところで現実逃避は通じない。外からは野球部の掛け声やサッカー部のシュートの音、吹奏楽部の音色などが閉ざされた窓からかすかに聞こえてくる。私はわざと相手に聞こえるように溜め息をついて、彼を見下ろしながら振り向いた。
「……何してるの、塚本くん」
私の顔には恐らく「何故お前がここに居る」という怒気を含んだ言葉がはっきりと書かれている事だろう。視線の先には満面の笑みを浮かべた塚本くんが私を見上げていた。陽射しが強いせいかいつもより金髪が眩しく感じる。
「職員室に行ったら翠ちゃんに会ってさぁ。栞里ちゃんが図書室に居るって教えてくれたから会いに来ちゃった!」
翠先生、余計な事を!
職員室からなかなか戻って来ないと思っていたらとんでもない所で油を売っていたらしい。私が雇用主なら減給に値する。
「図書委員の仕事なんだって? 夏休みなのにエライねぇ! あ、ちなみに俺はさっきまで補習受けてましたっ!」
うん。おおよその見当はついていた。夏休みにわざわざ学校に来る人なんて大抵部活か補習のどちらかだ。塚本くんの場合、迷うことなく後者だろう。
「さて、と。今日はお姫様を守る口煩い騎士がいないから二人でゆっくり話せるね!」
私は話す気なんてない。それに姫とか騎士とか、鳥肌の立つような言い回しはやめてくれ。
私は脚立の一番上からゆっくり地上へと戻った。抜き出した本を指定された場所に置いて、再び作業に戻る。
塚本くんは金魚のふんのように私の後ろをうろうろとついてきて、何やら色々と話しかけてくる。
「ねぇねぇ最近どうなのー?」
「………………」
「彰サマとはうまくいってるー?」
「………………」
「このあと暇? 暇なら俺とデートしない?」
「………………」
「栞里ちゃーん? 聞こえてるのかなぁー?」
「……図書室は私語厳禁です」
「あっ、そっかごめんごめん!」
私が注意すると彼は両手でぱっと自分の口を塞いだ。この場に二人しかいないのだからそんな堅苦しい事は言わなくていいのだけれど、彼を黙らせるには丁度良い材料のようだ。
私は構わず蔵書のチェック作業を進める。
大人しくなった塚本くんの様子を横目で伺うと、彼は立ったまま窓の外を見ていた。熱く注がれた視線の先を辿ると、サックスを吹く一人の女子生徒。
塚本くんはまるで大切なものを閉まった宝箱を眺めるような、今まで見た事のない優しい微笑みを浮かべて彼女を見ていた。
へぇ……塚本くんでもこんな顔するんだ。普段もこういう顔してればいいのに。そうすればもっと……いや、余計なお世話か。
私は息を吸った。
ああ、なんて落ち着くんだろう。決めた。私、ここに住む。
今日は久しぶりに朝早く起きて、久しぶりに制服に袖を通した。図書委員の仕事で蔵書点検の手伝いをする事になっていたのだ。
蔵書点検では、貸し出したまま行方不明になっている本のチェックをしたり、壊れている本の補修作業等を行う。
私は今、図書室の端の棚から順番に書籍の所在チェックを行っている。プリントされた貯蔵書一覧表のリストと本を一冊ずつ照らし合わせて、その本がちゃんとその場所にあるか、借りられたまま行方不明になっていないかをチェックし、同時に破損などがないか本の状態も確認していく。
破損が確認された場合は一旦棚から抜き出して一ヶ所に集めておく。後からまとめて補修作業を行うのだ。
随分と骨の折れる作業ではあるが、私は結構好きだ。
今は私と司書の翠先生が作業中である。午前中までは他に二人の図書委員も作業をしていたのだが、午後からは部活があるらしくそっちに行ってしまった。休み中も皆それぞれ忙しいらしい。ご苦労なこった。
「さ……さ……っと。あった」
バインダーに挟んだ一覧表にレ点を書き込む。高いところは図書室に置いてある三段式の脚立を使わなければならないのでちょっとめんどくさい。ちょうど「さ」行の作者は棚の一番上にあるので私は落下に気を付けながら脚立に跨がり作業を続けた。
数日前、彰くんから連絡が来て虹祭りの待ち合わせ時間と場所を決めた。こないだバス停で見かけたことを話そうかと思ったのだが、なんとなく躊躇われたのでやめた。そんなに大したことじゃないし、プライベートをいちいち干渉されたくはないだろうから。
そういえば、私が偽物の彼女になってから彰くんへの告白件数はどうなったんだろう。役に立っていないのなら、この関係の意味はないと思うんだけどなぁ。
「おぉ~! 超いい眺め~!!」
最早振り返らなくても分かるようになってしまったこのイラッとする口調。だが今は夏休みだ。聞こえるはずがない……。だって、いるはずがないのだから。
「でも、女の子がスカートで高いところに上っちゃダメだよ~?」
と、言ったところで現実逃避は通じない。外からは野球部の掛け声やサッカー部のシュートの音、吹奏楽部の音色などが閉ざされた窓からかすかに聞こえてくる。私はわざと相手に聞こえるように溜め息をついて、彼を見下ろしながら振り向いた。
「……何してるの、塚本くん」
私の顔には恐らく「何故お前がここに居る」という怒気を含んだ言葉がはっきりと書かれている事だろう。視線の先には満面の笑みを浮かべた塚本くんが私を見上げていた。陽射しが強いせいかいつもより金髪が眩しく感じる。
「職員室に行ったら翠ちゃんに会ってさぁ。栞里ちゃんが図書室に居るって教えてくれたから会いに来ちゃった!」
翠先生、余計な事を!
職員室からなかなか戻って来ないと思っていたらとんでもない所で油を売っていたらしい。私が雇用主なら減給に値する。
「図書委員の仕事なんだって? 夏休みなのにエライねぇ! あ、ちなみに俺はさっきまで補習受けてましたっ!」
うん。おおよその見当はついていた。夏休みにわざわざ学校に来る人なんて大抵部活か補習のどちらかだ。塚本くんの場合、迷うことなく後者だろう。
「さて、と。今日はお姫様を守る口煩い騎士がいないから二人でゆっくり話せるね!」
私は話す気なんてない。それに姫とか騎士とか、鳥肌の立つような言い回しはやめてくれ。
私は脚立の一番上からゆっくり地上へと戻った。抜き出した本を指定された場所に置いて、再び作業に戻る。
塚本くんは金魚のふんのように私の後ろをうろうろとついてきて、何やら色々と話しかけてくる。
「ねぇねぇ最近どうなのー?」
「………………」
「彰サマとはうまくいってるー?」
「………………」
「このあと暇? 暇なら俺とデートしない?」
「………………」
「栞里ちゃーん? 聞こえてるのかなぁー?」
「……図書室は私語厳禁です」
「あっ、そっかごめんごめん!」
私が注意すると彼は両手でぱっと自分の口を塞いだ。この場に二人しかいないのだからそんな堅苦しい事は言わなくていいのだけれど、彼を黙らせるには丁度良い材料のようだ。
私は構わず蔵書のチェック作業を進める。
大人しくなった塚本くんの様子を横目で伺うと、彼は立ったまま窓の外を見ていた。熱く注がれた視線の先を辿ると、サックスを吹く一人の女子生徒。
塚本くんはまるで大切なものを閉まった宝箱を眺めるような、今まで見た事のない優しい微笑みを浮かべて彼女を見ていた。
へぇ……塚本くんでもこんな顔するんだ。普段もこういう顔してればいいのに。そうすればもっと……いや、余計なお世話か。
私は息を吸った。
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