23 / 65
6通目:夏休みと約束
2
しおりを挟む
「よし。じゃあ帰ろうか」
妙に機嫌の良い彰くんの後ろをついて行く。昇降口で靴を履き替えていると、「平岡ー!!」という大きな声と共に、高い位置で結ばれたポニーテールを揺らしながら走ってくる一人の女子生徒。……神田さんだ。
「あ」
「あ」
神田さんは私の姿を確認するとおもいっきり嫌そうな顔をした。うん、前にも思ったけれど彼女は自分の感情に随分と素直な人だ。ある意味羨ましい。神田さんは私を無視して平岡くんに向かって話し出す。
「ねぇ平岡、夏休み中に暇な時ってある? 吹部に来てサックス教えてよ!」
「俺が? なんで?」
「だって平岡上手いじゃん。それにまどか先輩もいるしさ!」
「まどかがいるならアイツに教えてもらえばいいだろ?」
「まどか先輩はフルートじゃん! それにあたしは平岡に教えてもらいたいのー!」
……私は今、神田さんが普通の話し方をしているのを初めて聞いた気がする。私や塚本くんに対してはいつも怒ったような声色だったので少しばかり驚いた。
「ていうか平岡も吹奏楽部に入れば良かったのに」
「俺は趣味レベルで充分なの」
「中学ではやってたじゃん」
「うん。だからもういいんだよ」
「えー。せっかく上手いのにもったいない」
二人は親しげに会話を続けた。
…………あれ? なんだろう。この言い様のない不快感。胃の中で消化不良を起こしているようなモヤモヤした感じというか、最後まで楽しみに取っておいたショートケーキのイチゴを誰かに横取りされた時のような、イライラするこの感じ。晴れない霧のようなこの気持ちをなんて言えばいいのか、私には分からなかった。
それより私、もう帰っていいだろうか。せっかく早くに帰れるんだから、一刻も早く本が読みたいんだけど。彰くんとは一緒に帰ろうって約束しているわけじゃないし、もう帰ってもいいよね? 勝手にそう結論づけると、私は控えめに口を開いた。
「あの……私そろそろ帰るから。じゃあまた新学期に」
そう言ってさっさと歩き出す。
「あっ、待って栞里。俺も帰る!」
「えっ?」
言葉と同時にぐいっと腕を引かれる。その行動に驚いて振り向くと、彰くんは神田さんに手を振っているところだった。
「じゃあな神田! 吹部、行けそうな時は連絡するから!」
「…………うん。待ってる」
神田さんはそう言うと、悲しそうに笑って手を振り返した。この状況に罪悪感を感じるのは、私が神田さんの気持ちを知っているからだろうか。
隣を並んで歩く彰くんを見ないようにしながら、私はぽつりと言った。
「神田さん……よかったの?」
「神田? なんで?」
彰くんは私が何を言いたいのか分からないらしい。
「話の途中だったのに私と帰ってよかったの?」
私がそう聞けば、彰くんはきょとん顔で「なんで?」と繰り返した。
「別に大した話じゃないし神田も気にしてないと思うし。大丈夫じゃない?」
いや、私が言ってるのはそういう問題じゃなくて……まぁいいや。彰くんが気付いてないのなら仕方ない。モテるくせに、こういう女心には鈍いらしい。
「明日から夏休みだね。栞里は何か予定ある?」
彰くんが話題を変えた。
「積読本を制覇する」
「マジ? どっか出掛けたりしないの?」
「うん。その予定はない」
「ふーん。じゃあさ、お祭り行かない?」
「……お祭り?」
「そう。虹祭り」
虹ヶ丘夏祭り。通称虹祭り。
二日間に渡って開催されるこの祭りは、うちの市内最大のイベントだと言っても過言ではないだろう。歩行者天国になった道路の両脇にはわたあめや金魚すくいと言った定番の出店がたくさん並び、昼間はパレードやバンド演奏、夜は揃いの衣装を着た踊り手さん達が祭り囃子に合わせて軽快に踊り回る。
最終夜には空一面を埋め尽くすような花火が市内を流れる川から次々と打ち上げられるのだ。
特に花火は有名で、県外からも観光客が訪れるほどの盛り上がりをみせる。
最近は面倒だから避けていたけれど、小さい頃は両親と一緒に見に行った記憶がある。
……そうか。夏休み中に虹祭りがあるんだっけ。興味がないからすっかり忘れていた。茹だるような暑さの中、あんな人混みを歩き回るなんて……考えただけで疲れてしまう。
妙に機嫌の良い彰くんの後ろをついて行く。昇降口で靴を履き替えていると、「平岡ー!!」という大きな声と共に、高い位置で結ばれたポニーテールを揺らしながら走ってくる一人の女子生徒。……神田さんだ。
「あ」
「あ」
神田さんは私の姿を確認するとおもいっきり嫌そうな顔をした。うん、前にも思ったけれど彼女は自分の感情に随分と素直な人だ。ある意味羨ましい。神田さんは私を無視して平岡くんに向かって話し出す。
「ねぇ平岡、夏休み中に暇な時ってある? 吹部に来てサックス教えてよ!」
「俺が? なんで?」
「だって平岡上手いじゃん。それにまどか先輩もいるしさ!」
「まどかがいるならアイツに教えてもらえばいいだろ?」
「まどか先輩はフルートじゃん! それにあたしは平岡に教えてもらいたいのー!」
……私は今、神田さんが普通の話し方をしているのを初めて聞いた気がする。私や塚本くんに対してはいつも怒ったような声色だったので少しばかり驚いた。
「ていうか平岡も吹奏楽部に入れば良かったのに」
「俺は趣味レベルで充分なの」
「中学ではやってたじゃん」
「うん。だからもういいんだよ」
「えー。せっかく上手いのにもったいない」
二人は親しげに会話を続けた。
…………あれ? なんだろう。この言い様のない不快感。胃の中で消化不良を起こしているようなモヤモヤした感じというか、最後まで楽しみに取っておいたショートケーキのイチゴを誰かに横取りされた時のような、イライラするこの感じ。晴れない霧のようなこの気持ちをなんて言えばいいのか、私には分からなかった。
それより私、もう帰っていいだろうか。せっかく早くに帰れるんだから、一刻も早く本が読みたいんだけど。彰くんとは一緒に帰ろうって約束しているわけじゃないし、もう帰ってもいいよね? 勝手にそう結論づけると、私は控えめに口を開いた。
「あの……私そろそろ帰るから。じゃあまた新学期に」
そう言ってさっさと歩き出す。
「あっ、待って栞里。俺も帰る!」
「えっ?」
言葉と同時にぐいっと腕を引かれる。その行動に驚いて振り向くと、彰くんは神田さんに手を振っているところだった。
「じゃあな神田! 吹部、行けそうな時は連絡するから!」
「…………うん。待ってる」
神田さんはそう言うと、悲しそうに笑って手を振り返した。この状況に罪悪感を感じるのは、私が神田さんの気持ちを知っているからだろうか。
隣を並んで歩く彰くんを見ないようにしながら、私はぽつりと言った。
「神田さん……よかったの?」
「神田? なんで?」
彰くんは私が何を言いたいのか分からないらしい。
「話の途中だったのに私と帰ってよかったの?」
私がそう聞けば、彰くんはきょとん顔で「なんで?」と繰り返した。
「別に大した話じゃないし神田も気にしてないと思うし。大丈夫じゃない?」
いや、私が言ってるのはそういう問題じゃなくて……まぁいいや。彰くんが気付いてないのなら仕方ない。モテるくせに、こういう女心には鈍いらしい。
「明日から夏休みだね。栞里は何か予定ある?」
彰くんが話題を変えた。
「積読本を制覇する」
「マジ? どっか出掛けたりしないの?」
「うん。その予定はない」
「ふーん。じゃあさ、お祭り行かない?」
「……お祭り?」
「そう。虹祭り」
虹ヶ丘夏祭り。通称虹祭り。
二日間に渡って開催されるこの祭りは、うちの市内最大のイベントだと言っても過言ではないだろう。歩行者天国になった道路の両脇にはわたあめや金魚すくいと言った定番の出店がたくさん並び、昼間はパレードやバンド演奏、夜は揃いの衣装を着た踊り手さん達が祭り囃子に合わせて軽快に踊り回る。
最終夜には空一面を埋め尽くすような花火が市内を流れる川から次々と打ち上げられるのだ。
特に花火は有名で、県外からも観光客が訪れるほどの盛り上がりをみせる。
最近は面倒だから避けていたけれど、小さい頃は両親と一緒に見に行った記憶がある。
……そうか。夏休み中に虹祭りがあるんだっけ。興味がないからすっかり忘れていた。茹だるような暑さの中、あんな人混みを歩き回るなんて……考えただけで疲れてしまう。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
笑いの授業
ひろみ透夏
児童書・童話
大好きだった先先が別人のように変わってしまった。
文化祭前夜に突如始まった『笑いの授業』――。
それは身の毛もよだつほどに怖ろしく凄惨な課外授業だった。
伏線となる【神楽坂の章】から急展開する【高城の章】。
追い詰められた《神楽坂先生》が起こした教師としてありえない行動と、その真意とは……。
守護霊のお仕事なんて出来ません!
柚月しずく
児童書・童話
事故に遭ってしまった未蘭が目が覚めると……そこは死後の世界だった。
死後の世界には「死亡予定者リスト」が存在するらしい。未蘭はリストに名前がなく「不法侵入者」と責められてしまう。
そんな未蘭を救ってくれたのは、白いスーツを着た少年。柊だった。
助けてもらいホッとしていた未蘭だったが、ある選択を迫られる。
・守護霊代行の仕事を手伝うか。
・死亡手続きを進められるか。
究極の選択を迫られた未蘭。
守護霊代行の仕事を引き受けることに。
人には視えない存在「守護霊代行」の任務を、なんとかこなしていたが……。
「視えないはずなのに、どうして私のことがわかるの?」
話しかけてくる男の子が現れて――⁉︎
ちょっと不思議で、信じられないような。だけど心温まるお話。
悪魔さまの言うとおり~わたし、執事になります⁉︎~
橘花やよい
児童書・童話
女子中学生・リリイが、入学することになったのは、お嬢さま学校。でもそこは「悪魔」の学校で、「執事として入学してちょうだい」……って、どういうことなの⁉待ち構えるのは、きれいでいじわるな悪魔たち!
友情と魔法と、胸キュンもありの学園ファンタジー。
第2回きずな児童書大賞参加作です。
月神山の不気味な洋館
ひろみ透夏
児童書・童話
初めての夜は不気味な洋館で?!
満月の夜、級友サトミの家の裏庭上空でおこる怪現象を見せられたケンヂは、正体を確かめようと登った木の上で奇妙な物体と遭遇。足を踏み外し落下してしまう……。
話は昼間にさかのぼる。
両親が泊まりがけの旅行へ出かけた日、ケンヂは友人から『旅行中の両親が深夜に帰ってきて、あの世に連れて行く』という怪談を聞かされる。
その日の放課後、ふだん男子と会話などしない、おとなしい性格の級友サトミから、とつぜん話があると呼び出されたケンヂ。その話とは『今夜、私のうちに泊りにきて』という、とんでもない要求だった。
てのひらは君のため
星名柚花(恋愛小説大賞参加中)
児童書・童話
あまりの暑さで熱中症になりかけていた深森真白に、美少年が声をかけてきた。
彼は同じ中学に通う一つ年下の男子、成瀬漣里。
無口、無表情、無愛想。
三拍子そろった彼は入学早々、上級生を殴った不良として有名だった。
てっきり怖い人かと思いきや、不良を殴ったのはイジメを止めるためだったらしい。
話してみると、本当の彼は照れ屋で可愛かった。
交流を深めていくうちに、真白はどんどん漣里に惹かれていく。
でも、周囲に不良と誤解されている彼との恋は前途多難な様子で…?
灰色のねこっち
ひさよし はじめ
児童書・童話
痩せっぽちでボロボロで使い古された雑巾のような毛色の猫の名前は「ねこっち」
気が弱くて弱虫で、いつも餌に困っていたねこっちはある人と出会う。
そして一匹と一人の共同生活が始まった。
そんなねこっちのノラ時代から飼い猫時代、そして天に召されるまでの驚きとハラハラと涙のお話。
最後まで懸命に生きた、一匹の猫の命の軌跡。
※実話を猫視点から書いた童話風なお話です。
【完結】またたく星空の下
mazecco
児童書・童話
【第15回絵本・児童書大賞 君とのきずな児童書賞 受賞作】
※こちらはweb版(改稿前)です※
※書籍版は『初恋×星空シンバル』と改題し、web版を大幅に改稿したものです※
◇◇◇冴えない中学一年生の女の子の、部活×恋愛の青春物語◇◇◇
主人公、海茅は、フルート志望で吹奏楽部に入部したのに、オーディションに落ちてパーカッションになってしまった。しかもコンクールでは地味なシンバルを担当することに。
クラスには馴染めないし、中学生活が全然楽しくない。
そんな中、海茅は一人の女性と一人の男の子と出会う。
シンバルと、絵が好きな男の子に恋に落ちる、小さなキュンとキュッが詰まった物語。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/children_book.png?id=95b13a1c459348cd18a1)
天剣道花伝
けろよん
児童書・童話
田舎で剣の修行をしていた少女、春日道花は師匠である祖父の勧めで剣を教える都会の名門校に通うことになった。
そこで伝説に語られる妖魔を討伐した剣、天剣がこの学校にあることを知る。それは本当にあるのだろうか。
入学試験で優秀な成績を収め、最強の少女とも噂されるようになった道花は決闘を挑まれたり、友達付き合いをしたりしながら学校生活を送っていくことになった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる