その答えは恋文で

百川凛

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5通目:勉強と条件

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 我々学生が有意義な夏休みを迎えるにあたって、それはそれは大きな大きな障害がある。


 ──期末試験だ。


 その高くそびえ立つ壁を乗り越えなければ私達は楽しい夏休みを過ごせない。
 万が一、教師から赤点という名の死刑判決が下されれば、補習という名の監獄が待っているのだ。

 ……駄目だ。

 それだけはなんとしても避けねばならん。
 だって私には、夏休み期間中家に引きこもって積読つんどく本を制覇するという素敵な目標があるのだから!!

「なら勉強しなさいよ」

 カチカチと気だるげにシャープの芯を出しながら、由香がバッサリと言った。

「わかってる! わかってるけどわからないの!」

 ドンと机を力強く叩くと、上に乗っていた教科書やら参考書やらがバサバサと床に落ちた。私は溜息をつきながらそれらを拾い上げる。

 そう。完全なる文系の私は理数系の分野がどうも苦手らしい。数学なんて特にそうだ。現文の平均が九十五点前後なのに対し、数学は良くて四十点そこそこしか取れない。まさに月とスッポン、雲泥の差である。因数分解? 解の公式? え? 何それ美味しいの?

「彰サマに教えてもらえばいいじゃん」
「え? なんで?」
「だってアイツ学年トップだもん。こういう時に使わなくてどうすんのよ」
「が……学年トップ? 平岡くんが?」
「はぁ!? まさか……知らなかったの?」

 そのまさかである。由香は呆れたように溜め息を吐いた。

「アンタ廊下の順位表見てないわけ?」
「自分の順位以外興味ないもん」
「……それもそうね」

 そこで納得されるのも悲しいが仕方あるまい。他人にさして興味がないのだから。

「平岡彰っていえばうちの学校始まって以来の天才だって有名じゃない」
「……そうなの?」
「ほら、入学式の時に新入生代表の挨拶ってあるでしょ。あれ、式の何日か前に急遽代表生徒が変わったって騒ぎになったの覚えてない?」
「ああ、それはちょっと覚えてるかも」
「あれね、平岡彰が二次募集の試験で満点合格したからなんだって」
「…………マジ?」

 私は目を見開いた。満点って……答案用紙に丸しかないってことだよね? 一つのミスもないってことだよね? うわぁ、そんなのあり得ない。そりゃ代表も交代せざるを得ないよなぁ。壇上に立っていた姿はなんとなくだが記憶に残っている。でもまさかあれが平岡くんだったとは……。

 というか、彼がそんなにスゴい人だったなんて今までまったく知らなかった。てっきりイケメンだから騒がれてるとばかり思っていた。

「まぁ確かに顔が良いのも騒がれてる理由のひとつなんだけどね」

 なんだか心を読まれた気がする。エスパー由香。語呂は良い。

「でもさ、そんなに頭良いのに何でうちの高校に来たの? しかも二次募集ででしょ?」
「理由は知らない。でも本当は県外の超有名進学校に推薦で決まってたらしいんだけど、そっち蹴ってわざわざうちの学校選んだって話だよ」
「な……何その超勿体ない話」
「本当にそう。天才の考える事ってまったく理解出来ないわ」

 そう言って、由香はスラスラとルーズリーフに文字を書き込んでいく。

 私はその様子をぼんやりと眺めていた。それにしても、有名進学校の推薦を断ってこんな普通の公立高校に、しかも落ちたわけでもないのに二次募集で入ってくるなんて…………

「平岡くんって馬鹿なの?」
「話聞いてた? アンタなんか足元にも及ばないわよ」
「デスヨネー」

 気持ち良いほどの切れ味で私の意見は切り捨てられた。

「まっ。こういう時こそ有効に使いなさいよ。偽物とはいえ彰サマはアンタの彼氏なんだからさ」

 由香の言葉に、心の天秤がぐらぐらと揺れ動く。
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