その答えは恋文で

百川凛

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4通目:名字と名前

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「……で?」

 ようやく一息ついたのに、平岡くんはまだ何か不満があるのか言葉を続けた。そんな風に漠然と言われても私には通じないんだけど。私の思考を読み取ったのか、平岡くんは丁寧に話し出した。

「成瀬さんが女子に呼び出されて危ない目に遭いそうなところを塚本が助けた、っていうのは分かった。じゃあさ、塚本が成瀬さんの事好きになったって話はどういう事?」

 ああ、その事か。というか、その話はむしろこっちが聞きたいくらいである。塚本くんの考えなんて私にわかるはずないじゃないか。今度は私の眉間に皺が寄った。

「それは私にもわからない。でも塚本くん、自分で博愛主義者とか言ってるくらいだしからかってるだけだと思う」
「塚本のことだからなぁ……」

 彼の言動は平岡くんでも予測不能らしい。

 というか、今更ながら女の子限定の博愛主義者って意味がわからない。女の子に限ってる時点で博愛ではないと思うのだけれど。どちらかと言えばフェミニストなんじゃない? 違う?

「あー……あのさ」
「え?」

 さっきまでの威勢はどこにいったのか、妙に歯切れ悪く平岡くんが切り出した。

「もし嫌じゃなければ……なんだけど」
「なに?」

 あーとかうーとかいう唸り声ばかりで、なかなか本題に入らない彼の言葉を私は大人しく待っていた。どうしたんだろう。平岡くんらしくない。様子を伺うようにチラリとこちらを見た平岡くんが、ようやく口を開いた。

「……俺も栞里って呼んでいい?」
「……え?」
「いや! だってさ! ……塚本は名前なのに俺は名字にさん付けって……アイツに負けたみたいでなんか悔しいじゃん。俺、仮にも彼氏なのにさ」

 そう拗ねたように言うと、照れているのか自分の口元を右手で覆った。私は堪えきれずに噴き出した。

「……笑うなよ」
「あはは! ごめんごめん」

 やっぱり平岡くんはよく分からない。偽の彼女になってほしいとかとんでもない事は堂々と言うくせに、名前を呼ぶのはこんなに照れるのか。

 平岡くんは私が笑っている間ずっと拗ねたような顔をしていた。こんな表情をするなんて普段の様子からはまったく想像出来ない。皆の知らない平岡くんを知った気がして、少しだけ優越感を抱いた。

「いいよ。栞里で」

 ようやく落ち着いた私がそう言えば、平岡くんは安心したように頬の筋肉を緩めた。

「ありがと。俺の事も彰でいいから」
「え?」
「嫌?」

 今度は私が口ごもってしまった。別に名前で呼ぶのは嫌じゃない。嫌じゃないけど、なんとなく抵抗がある。なんというか、気恥ずかしいし。

「嫌ではないけど……」
「じゃあそういう事で。よろしくね、栞里」

 にやりと笑った平岡くんに何故か心臓が高鳴った。

 ……別に深い意味はない。これはそう、あれだ。初めて名前で呼ばれたからちょっと反応しただけで……そうだ、そうに違いない。私の胸は決してときめいたわけではない。断じて違う。違うのだ。
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