その答えは恋文で

百川凛

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 塚本玲音は自称博愛主義者、他人から見ればただの女たらしの金髪チャラ男である。

 そんな彼のせいで、私の評判は更に下降の道を辿る事となった。

 おそらく女子の皆様のお気持ちは「彰サマという超ハイスペック彼氏がいるくせにレオにまで手ぇ出すなんてなんなの許せないあのクソ女! 箪笥たんすの角に小指ぶつけて痛みに悶えろクソ女!」といったあたりだろうか。

 おかげで私の機嫌はますます悪くなった。あの忌々しい金髪め。

「し~おっりっちゃん!」

 ……ほら、呼んでもないのにまた来やがった。

 塚本くんは休み時間のたびにA組を訪れては私の席で好き放題喋り、チャイムが鳴ったらまだ一緒にいたいだの次また会いに来るからそれまで我慢してねだのという戯れ言を大声で口にして自分のクラスへと帰って行く。今日は朝からこれの繰り返しだ。

 私はそのたびに周り(特に女子生徒の皆様)からレーザービームのような鋭い視線を向けられているのだからたまったもんじゃない。

「塚本くん、いい加減にしてくれない?」
「ひどいなー栞里ちゃん。俺が冗談でこんな事してると思ってんの?」

 前の席の主が不在なのを良いことに、塚本くんは椅子に逆向きに座って私と向かいあっている。ニコニコと楽しそうな笑顔を浮かべながら大きく息を吸うと、口を開いた。

「栞里ちゃんの事好きになっちゃったから覚悟しててねって、俺昨日言ったじゃん。忘れたの?」

 その瞬間、クラスがどよめいた。

 ……わざとだ。

 この人わざと皆に聞こえるように言ってるんだ。なんなのこの人。救いの手を差し伸べてくれたと思ったら、実は私を地獄に突き落とそうとしてたってこと? そうか、正体はチャラ男のふりした悪魔か。

「ね? だから今日一緒に帰ろ?」

 上目遣いで誘ってくるその仕草は確信犯だ。自称女の子限定の博愛主義者というだけあって、やはり女の子の扱いには慣れているらしい。残念ながら私には通用しないけれど。

「おい、塚本」

 いつの間に戻ってきたのだろう。さっきまで教室の隅で友達と話をしていた平岡くんが、気付けば私の隣に立っていた。席に座っていた私と塚本くんは同時に顔を上げる。

「そうやって俺の彼女口説くのやめてくれない? 成瀬さんも困ってるだろ」

 眉間に深い皺を刻んだ平岡くんが塚本くんを見下ろしながら言った。平岡くんの口から違和感なく放たれた彼女という言葉が妙にくすぐったい。意識してしまっているのは私だけなのだろうか。私だけだろうな。うん。

「えー、そう? 俺にはそうは見えないけど。ほら、嫌よ嫌よも好きのうちって言うじゃん?」

 塚本くんのこの前向きな思考はどこからやってくるのだろうか。余分ならば誰かに分けてやればいいのに。そうすれば少しはマシな思考になるのではないだろうか。

 そんな塚本くんの様子を、平岡くんはジトリと不愉快そうに見やる。

「悪いけど、成瀬さんは今日俺と帰る約束してるから。だからさっさと諦めて教室戻れよ。もうチャイム鳴るぞ?」

 そんな約束した覚えはないけれど、この場をやり過ごすには黙っていた方が得策だ。

「そうなの? なんだザンネーン。じゃあ栞里ちゃん、明日は俺と帰ろうね!」

 彼はどうしてこう意図も簡単にウィンクなんてものが出来るのだろうか。しかも腹立たしい事に様になっている。イケメンって狡い。

「それと、これは俺から彰サマに宣戦布告!」

 塚本くんは立ち上がると平岡くんと対峙した。同じくらいの身長なので、お互い真っ直ぐに目を見ている。

「俺、彰サマから栞里ちゃんのこと奪っちゃう予定だから! そこんとこヨロシクね!」

 塚本くんは言いたいことを言うだけ言って、満足したようにA組の教室を出て行った。

 ……ああ。これによって女子からの風当たりが強くなるのは火を見るより明らかだ。平岡ファンだけでなく塚本ファンまで敵に回してしまったのだから。

 ざわめいていた空気はチャイムの音と同時に徐々に薄れていった。その事に内心ほっとする。これ以上面倒事に巻き込まれるのは本当に勘弁してほしい。精神的にも肉体的にもキツすぎるから。


 …………ところで。


 隣からどす黒いオーラが漂ってきているのは私の気のせいだろうか。いや、気のせいだと思いたい。
チラリと横目で様子を伺うと、眉間に皺を寄せたままの平岡くんと視線がばっちりと重なった。やはり、心なしか不機嫌そうに見える。

「……成瀬さん」
「は、はい!」

 いつもと雰囲気の違う平岡くんにされて声が上ずる。うーん……これは機嫌が悪いっていうより、怒ってるような感じがする。でも、何故?

「今日一緒に帰るから」

 ……あ、それはもう決定事項なんですね。
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