その答えは恋文で

百川凛

文字の大きさ
上 下
13 / 65
3通目:ポニーテールと金髪

しおりを挟む
 さてこの状況、どうしたものか。

 ……あ、そうだ。

 平岡くんに、こういう呼び出しが度々あって耐えられないからあの約束は無効にしてくれって頼んでみようかな。実際はこんなのどうってことないけど、精神的苦痛というのは別れるための正当な理由になるだろう。それに、今この子の前で別れを宣言すれば、明日には私と平岡くんが別れたという話は広まっているはずだ。そうすれば私もこの子も報われる。一石二鳥の大名案じゃないか。

「わかった。別れる」
「……はぁっ!?」

 私の答えが不満だったのか彼女が声を荒げる。鋭くつり上がった目が、私をギリギリと睨み付けてきた。……あれ、私何か間違った事言ったっけ?

「……アンタ何言ってんの?」

 貴方の要求をのんだだけですよ、とはとても言えない雰囲気だった。相手の怒りがこちらにもひしひしと伝わってくる。どうやら私は触れてはいけない彼女の逆鱗に触れてしまったらしい。

「なんでっ……なんで平岡はこんな女とっ」

 そう言って彼女はグッと唇を噛んだ。

「調子乗ってんじゃないわよ! 余裕ぶっちゃってムカつくッ! 彼女ならもっと歯向かって来なさいよ! 意味わかんない!」

 意味が分からないのはこっちである。彼女は私と平岡くんの別れを望んでいるはずなのに、私がそれを承諾すると怒り出すなんて矛盾もいいところだ。ああ、こういうのは本当に面倒くさいし、疲れる。理不尽な逆ギレは続く。

「なんでこれくらいですぐ別れるとか言うのよ!! 信じらんない! 平岡の彼女になりたくてもなれない子がいっぱいいるのに! アンタそれわかってんの!?」
「……別に私はなりたくてなってるわけじゃないし」

 あ、ヤバイ。気付いた時にはもう手遅れだった。ぽろりと出てしまった本音が相手の怒りを増幅させてしまったらしい。目が血走っている。ああ、これはあれだ、本格的にちょっとヤバイ。

「ふっ、ふざけるのもいい加減にして! なんなのよアンタ!! あたしはねっ! あたしは、中学の頃から平岡のことがっ!」

 彼女の右手が空中に大きく広げられた。あ、殴られる。

 ぎゅっと目を瞑って衝撃に備えるが、いくら待っても一向に覚悟した痛みは訪れない。

 その変わりに、近くから緊張感の欠片もないようなやけに間延びした声が降ってきた。

「はいはいスト~ップ! そこまでね~!」

 そろりと目を開くと視界は白で覆われていた。これは……制服のワイシャツ? どうやらこれは誰かの背中のようだった。顔を上げるとキラキラと輝く眩しい金髪が目に入る。


 …………誰? 見るからにチャラそうなこの男。


 生憎私の知り合いにこんな金髪は存在しない。だが、どうやら私を庇ってくれた事は確からしい。突然現れた金髪の彼は、殴りかかる寸前だった彼女の右手首をしっかりと掴んでいた。

「威勢が良いのも魅力のひとつだけどさぁ、女の子が女の子殴っちゃダメでしょーが。どっちも怪我しちゃったらどうすんの? 危ないっショ?」

 金髪の彼が諭すように話し出す。

「うるさい! アンタには関係ないでしょ! 放してよ!!」
「関係ない? それは聞き捨てならないなぁ。だって可愛い女の子が怪我するかもしれないんだよ? そんなのほっとけるわけないじゃんか」
「キモイ! チャラ男! 金髪! 女たらし!」
「ハイハイ何とでも言いなさい。でも俺は女たらしじゃないよ? 女の子限定の博愛主義者」
「そんな事どうでもいいから! 放してよ!!」

 目の前で繰り広げられる言い合いを、私はぽかんとした表情で見つめる他なかった。現状に付いていけず、すっかりおいてけぼりを食らっている。とりあえず、彼と彼女は知り合いなんだろうということだけは分かった。

 彼女の手首を握ったまま、金髪がサラサラと揺れ動いた。私と目が合うと、人懐こい笑みを浮かべる。

「君、大丈夫?」
「……はぁ」

 金髪の彼は私と目が合うと、何かに気付いたのかはっと息を呑んで目を見開いた。

「ああっ! もしかして君が噂の成瀬栞里ちゃん!? うわぁ、やっぱ本物はすごく可愛いねぇ! ってか美人! さっすが孤高の文学美少女!」

 ……なんだろう、このノリ。コミュニケーション能力というか、チャラ男スキルが高すぎて物凄くうざったい。そして前に平岡くんに聞いたその不本意なあだ名的なものが本当に浸透していた事に軽いショックを受けた。

「どう? 平岡なんて止めて俺にしとかない?」
「っ! 塚本つかもとっ!!」

 前方から聞こえた噛み付くような声に、金髪の彼は肩を竦める。

「おー怖っ! ごめんね栞里ちゃん。この子には俺からよぉーっく言っておくから、今回の事は許してやってくんない?」
「ちょっと! 勝手に話進めないでよ! ってかいい加減放せ!!」
「……別にいいですけど」

 私が適当に返事をすると、彼は「ありがと!」と言って笑った。

「じゃあこの子は責任持ってボクがお家まで送り届けまーす! ほんとにゴメンね栞里ちゃん。また明日ねー!」
「ちょっ! まだ話は終わってないわよ! ちょっと! 止まりなさいよ! ちょっと!」

 まるで嵐が去ったようだ。引きずられるようにして歩く二人の姿が小さくなっていくのを確認して、溜め息を吐く。なんだかどっと疲れが襲ってきた。

 何はともあれ、私は金髪の彼のおかげで痛い思いをしなくて済んだようだ。その点は感謝しなくちゃいけないな。

 時間を確認するために取り出したスマホには、平岡くんから「明日一緒に帰れる?」というメールが届いていた。

 元はと言えばコイツのせいだというのに、呑気なもんだ。なんだか無性に腹が立ったので、私はそのメールをおもいっきりシカトする事にした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

夫の書斎から渡されなかった恋文を見つけた話

束原ミヤコ
恋愛
フリージアはある日、夫であるエルバ公爵クライヴの書斎の机から、渡されなかった恋文を見つけた。 クライヴには想い人がいるという噂があった。 それは、隣国に嫁いだ姫サフィアである。 晩餐会で親し気に話す二人の様子を見たフリージアは、妻でいることが耐えられなくなり離縁してもらうことを決めるが――。

昔義妹だった女の子が通い妻になって矯正してくる件

マサタカ
青春
 俺には昔、義妹がいた。仲が良くて、目に入れても痛くないくらいのかわいい女の子だった。 あれから数年経って大学生になった俺は友人・先輩と楽しく過ごし、それなりに充実した日々を送ってる。   そんなある日、偶然元義妹と再会してしまう。 「久しぶりですね、兄さん」 義妹は見た目や性格、何より俺への態度。全てが変わってしまっていた。そして、俺の生活が爛れてるって言って押しかけて来るようになってしまい・・・・・・。  ただでさえ再会したことと変わってしまったこと、そして過去にあったことで接し方に困っているのに成長した元義妹にドギマギさせられてるのに。 「矯正します」 「それがなにか関係あります? 今のあなたと」  冷たい視線は俺の過去を思い出させて、罪悪感を募らせていく。それでも、義妹とまた会えて嬉しくて。    今の俺たちの関係って義兄弟? それとも元家族? 赤の他人? ノベルアッププラスでも公開。

僕を拾ってくれたのはイケメン社長さんでした

なの
BL
社長になって1年、父の葬儀でその少年に出会った。 「あんたのせいよ。あんたさえいなかったら、あの人は死なずに済んだのに…」 高校にも通わせてもらえず、実母の恋人にいいように身体を弄ばれていたことを知った。 そんな理不尽なことがあっていいのか、人は誰でも幸せになる権利があるのに… その少年は昔、誰よりも可愛がってた犬に似ていた。 ついその犬を思い出してしまい、その少年を幸せにしたいと思うようになった。 かわいそうな人生を送ってきた少年とイケメン社長が出会い、恋に落ちるまで… ハッピーエンドです。 R18の場面には※をつけます。

天乃ジャック先生は放課後あやかしポリス

純鈍
児童書・童話
誰かの過去、または未来を見ることが出来る主人公、新海はクラスメイトにいじめられ、家には誰もいない独りぼっちの中学生。ある日、彼は登校中に誰かの未来を見る。その映像は、金髪碧眼の新しい教師が自分のクラスにやってくる、というものだった。実際に学校に行ってみると、本当にその教師がクラスにやってきて、彼は他人の心が見えるとクラス皆の前で言う。その教師の名は天乃ジャック、どうやら、この先生には教師以外の顔があるようで……? 

かかしのラーンくんと あっ なにか ながれてきた

山口かずなり
児童書・童話
その かわのうえから ながれてくるものは ヘンテコ だ かかしのラーンくんが かわ と にらめっこをしていると‥ 「あっ なにか ながれてきた」

ブレイブ&マジック 〜中学生勇者ともふもふ獅子魔王の騒動記〜

神所いぶき
児童書・童話
 オレ、暁クオンは数年前に両親を亡くし、施設で暮らしていた。  オレの生活が一変したのは、中学一年生の春休みの最終日。後に『変転の日』と呼ばれるその日に、オレはライオン頭の魔王と出会った。そして、魔王はオレに向かってこう言ったのだ。 「我は魔族を統べる魔王だ! 勇者よ! 我は貴様を倒し、この世界を支配する!」  このままこのライオン頭の自称魔王に食べられるのか!? とオレは思ったけど、そうはならなかった。何を思ったのか、魔王はすぐにこう言ったんだ。 「我が貴様を鍛えてやる。今日から一緒に暮らすぞ。勇者よ」  断ったら食べられるかも。そう思ったオレは魔王の申し出を了承し、ワケが分からない内に魔王との共同生活が始まってしまったんだ。    これは、魔族という種族と、魔法という不思議な力が当たり前に存在するようになった世界で、勇者と呼ばれるようになった人間のオレが波乱万丈な生活を送る物語だ。

共感性能力(短編集)

藤森馨髏 (ふじもりけいろ)
児童書・童話
色弱の人の為に信号に⭕❌🔺マークをつけてね

ねこのギンシロ~転校なんてしたくない! 小5ミキの冒険~

藤島紫
児童書・童話
古い団地に住んでいる、小学校5年生のミキは、憧れの駅前のマンションへのお引越しが決まってご機嫌。 ところが、そのためには転校しなくてはいけないと分かり、両親に反発してしまいます。 その翌日。 幼馴染のコータが何やら怪しい動きをしているのを発見しました。コッソリ空き家に忍び込んでいます。 様子を伺うとそこには、真っ白なねこがいました。 小学校高学年向けを想定しています。 子供っぽいと馬鹿にしていた幼馴染のコータへの気持ちが少しずつ変わっていく……初恋が芽生える前の女の子のお話です。 ※完結していたのに完結にするのを忘れていました。滝汗  本当の完結日時は「2018.01.14 21:54」でした。  修正:2018.11.10 22:45 ※表紙素材は、「無料写真素材 写真AC」でお借りしました。

処理中です...