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3通目:ポニーテールと金髪
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さてこの状況、どうしたものか。
……あ、そうだ。
平岡くんに、こういう呼び出しが度々あって耐えられないからあの約束は無効にしてくれって頼んでみようかな。実際はこんなのどうってことないけど、精神的苦痛というのは別れるための正当な理由になるだろう。それに、今この子の前で別れを宣言すれば、明日には私と平岡くんが別れたという話は広まっているはずだ。そうすれば私もこの子も報われる。一石二鳥の大名案じゃないか。
「わかった。別れる」
「……はぁっ!?」
私の答えが不満だったのか彼女が声を荒げる。鋭くつり上がった目が、私をギリギリと睨み付けてきた。……あれ、私何か間違った事言ったっけ?
「……アンタ何言ってんの?」
貴方の要求をのんだだけですよ、とはとても言えない雰囲気だった。相手の怒りがこちらにもひしひしと伝わってくる。どうやら私は触れてはいけない彼女の逆鱗に触れてしまったらしい。
「なんでっ……なんで平岡はこんな女とっ」
そう言って彼女はグッと唇を噛んだ。
「調子乗ってんじゃないわよ! 余裕ぶっちゃってムカつくッ! 彼女ならもっと歯向かって来なさいよ! 意味わかんない!」
意味が分からないのはこっちである。彼女は私と平岡くんの別れを望んでいるはずなのに、私がそれを承諾すると怒り出すなんて矛盾もいいところだ。ああ、こういうのは本当に面倒くさいし、疲れる。理不尽な逆ギレは続く。
「なんでこれくらいですぐ別れるとか言うのよ!! 信じらんない! 平岡の彼女になりたくてもなれない子がいっぱいいるのに! アンタそれわかってんの!?」
「……別に私はなりたくてなってるわけじゃないし」
あ、ヤバイ。気付いた時にはもう手遅れだった。ぽろりと出てしまった本音が相手の怒りを増幅させてしまったらしい。目が血走っている。ああ、これはあれだ、本格的にちょっとヤバイ。
「ふっ、ふざけるのもいい加減にして! なんなのよアンタ!! あたしはねっ! あたしは、中学の頃から平岡のことがっ!」
彼女の右手が空中に大きく広げられた。あ、殴られる。
ぎゅっと目を瞑って衝撃に備えるが、いくら待っても一向に覚悟した痛みは訪れない。
その変わりに、近くから緊張感の欠片もないようなやけに間延びした声が降ってきた。
「はいはいスト~ップ! そこまでね~!」
そろりと目を開くと視界は白で覆われていた。これは……制服のワイシャツ? どうやらこれは誰かの背中のようだった。顔を上げるとキラキラと輝く眩しい金髪が目に入る。
…………誰? 見るからにチャラそうなこの男。
生憎私の知り合いにこんな金髪は存在しない。だが、どうやら私を庇ってくれた事は確からしい。突然現れた金髪の彼は、殴りかかる寸前だった彼女の右手首をしっかりと掴んでいた。
「威勢が良いのも魅力のひとつだけどさぁ、女の子が女の子殴っちゃダメでしょーが。どっちも怪我しちゃったらどうすんの? 危ないっショ?」
金髪の彼が諭すように話し出す。
「うるさい! アンタには関係ないでしょ! 放してよ!!」
「関係ない? それは聞き捨てならないなぁ。だって可愛い女の子が怪我するかもしれないんだよ? そんなのほっとけるわけないじゃんか」
「キモイ! チャラ男! 金髪! 女たらし!」
「ハイハイ何とでも言いなさい。でも俺は女たらしじゃないよ? 女の子限定の博愛主義者」
「そんな事どうでもいいから! 放してよ!!」
目の前で繰り広げられる言い合いを、私はぽかんとした表情で見つめる他なかった。現状に付いていけず、すっかりおいてけぼりを食らっている。とりあえず、彼と彼女は知り合いなんだろうということだけは分かった。
彼女の手首を握ったまま、金髪がサラサラと揺れ動いた。私と目が合うと、人懐こい笑みを浮かべる。
「君、大丈夫?」
「……はぁ」
金髪の彼は私と目が合うと、何かに気付いたのかはっと息を呑んで目を見開いた。
「ああっ! もしかして君が噂の成瀬栞里ちゃん!? うわぁ、やっぱ本物はすごく可愛いねぇ! ってか美人! さっすが孤高の文学美少女!」
……なんだろう、このノリ。コミュニケーション能力というか、チャラ男スキルが高すぎて物凄くうざったい。そして前に平岡くんに聞いたその不本意なあだ名的なものが本当に浸透していた事に軽いショックを受けた。
「どう? 平岡なんて止めて俺にしとかない?」
「っ! 塚本っ!!」
前方から聞こえた噛み付くような声に、金髪の彼は肩を竦める。
「おー怖っ! ごめんね栞里ちゃん。この子には俺からよぉーっく言っておくから、今回の事は許してやってくんない?」
「ちょっと! 勝手に話進めないでよ! ってかいい加減放せ!!」
「……別にいいですけど」
私が適当に返事をすると、彼は「ありがと!」と言って笑った。
「じゃあこの子は責任持ってボクがお家まで送り届けまーす! ほんとにゴメンね栞里ちゃん。また明日ねー!」
「ちょっ! まだ話は終わってないわよ! ちょっと! 止まりなさいよ! ちょっと!」
まるで嵐が去ったようだ。引きずられるようにして歩く二人の姿が小さくなっていくのを確認して、溜め息を吐く。なんだかどっと疲れが襲ってきた。
何はともあれ、私は金髪の彼のおかげで痛い思いをしなくて済んだようだ。その点は感謝しなくちゃいけないな。
時間を確認するために取り出したスマホには、平岡くんから「明日一緒に帰れる?」というメールが届いていた。
元はと言えばコイツのせいだというのに、呑気なもんだ。なんだか無性に腹が立ったので、私はそのメールをおもいっきりシカトする事にした。
……あ、そうだ。
平岡くんに、こういう呼び出しが度々あって耐えられないからあの約束は無効にしてくれって頼んでみようかな。実際はこんなのどうってことないけど、精神的苦痛というのは別れるための正当な理由になるだろう。それに、今この子の前で別れを宣言すれば、明日には私と平岡くんが別れたという話は広まっているはずだ。そうすれば私もこの子も報われる。一石二鳥の大名案じゃないか。
「わかった。別れる」
「……はぁっ!?」
私の答えが不満だったのか彼女が声を荒げる。鋭くつり上がった目が、私をギリギリと睨み付けてきた。……あれ、私何か間違った事言ったっけ?
「……アンタ何言ってんの?」
貴方の要求をのんだだけですよ、とはとても言えない雰囲気だった。相手の怒りがこちらにもひしひしと伝わってくる。どうやら私は触れてはいけない彼女の逆鱗に触れてしまったらしい。
「なんでっ……なんで平岡はこんな女とっ」
そう言って彼女はグッと唇を噛んだ。
「調子乗ってんじゃないわよ! 余裕ぶっちゃってムカつくッ! 彼女ならもっと歯向かって来なさいよ! 意味わかんない!」
意味が分からないのはこっちである。彼女は私と平岡くんの別れを望んでいるはずなのに、私がそれを承諾すると怒り出すなんて矛盾もいいところだ。ああ、こういうのは本当に面倒くさいし、疲れる。理不尽な逆ギレは続く。
「なんでこれくらいですぐ別れるとか言うのよ!! 信じらんない! 平岡の彼女になりたくてもなれない子がいっぱいいるのに! アンタそれわかってんの!?」
「……別に私はなりたくてなってるわけじゃないし」
あ、ヤバイ。気付いた時にはもう手遅れだった。ぽろりと出てしまった本音が相手の怒りを増幅させてしまったらしい。目が血走っている。ああ、これはあれだ、本格的にちょっとヤバイ。
「ふっ、ふざけるのもいい加減にして! なんなのよアンタ!! あたしはねっ! あたしは、中学の頃から平岡のことがっ!」
彼女の右手が空中に大きく広げられた。あ、殴られる。
ぎゅっと目を瞑って衝撃に備えるが、いくら待っても一向に覚悟した痛みは訪れない。
その変わりに、近くから緊張感の欠片もないようなやけに間延びした声が降ってきた。
「はいはいスト~ップ! そこまでね~!」
そろりと目を開くと視界は白で覆われていた。これは……制服のワイシャツ? どうやらこれは誰かの背中のようだった。顔を上げるとキラキラと輝く眩しい金髪が目に入る。
…………誰? 見るからにチャラそうなこの男。
生憎私の知り合いにこんな金髪は存在しない。だが、どうやら私を庇ってくれた事は確からしい。突然現れた金髪の彼は、殴りかかる寸前だった彼女の右手首をしっかりと掴んでいた。
「威勢が良いのも魅力のひとつだけどさぁ、女の子が女の子殴っちゃダメでしょーが。どっちも怪我しちゃったらどうすんの? 危ないっショ?」
金髪の彼が諭すように話し出す。
「うるさい! アンタには関係ないでしょ! 放してよ!!」
「関係ない? それは聞き捨てならないなぁ。だって可愛い女の子が怪我するかもしれないんだよ? そんなのほっとけるわけないじゃんか」
「キモイ! チャラ男! 金髪! 女たらし!」
「ハイハイ何とでも言いなさい。でも俺は女たらしじゃないよ? 女の子限定の博愛主義者」
「そんな事どうでもいいから! 放してよ!!」
目の前で繰り広げられる言い合いを、私はぽかんとした表情で見つめる他なかった。現状に付いていけず、すっかりおいてけぼりを食らっている。とりあえず、彼と彼女は知り合いなんだろうということだけは分かった。
彼女の手首を握ったまま、金髪がサラサラと揺れ動いた。私と目が合うと、人懐こい笑みを浮かべる。
「君、大丈夫?」
「……はぁ」
金髪の彼は私と目が合うと、何かに気付いたのかはっと息を呑んで目を見開いた。
「ああっ! もしかして君が噂の成瀬栞里ちゃん!? うわぁ、やっぱ本物はすごく可愛いねぇ! ってか美人! さっすが孤高の文学美少女!」
……なんだろう、このノリ。コミュニケーション能力というか、チャラ男スキルが高すぎて物凄くうざったい。そして前に平岡くんに聞いたその不本意なあだ名的なものが本当に浸透していた事に軽いショックを受けた。
「どう? 平岡なんて止めて俺にしとかない?」
「っ! 塚本っ!!」
前方から聞こえた噛み付くような声に、金髪の彼は肩を竦める。
「おー怖っ! ごめんね栞里ちゃん。この子には俺からよぉーっく言っておくから、今回の事は許してやってくんない?」
「ちょっと! 勝手に話進めないでよ! ってかいい加減放せ!!」
「……別にいいですけど」
私が適当に返事をすると、彼は「ありがと!」と言って笑った。
「じゃあこの子は責任持ってボクがお家まで送り届けまーす! ほんとにゴメンね栞里ちゃん。また明日ねー!」
「ちょっ! まだ話は終わってないわよ! ちょっと! 止まりなさいよ! ちょっと!」
まるで嵐が去ったようだ。引きずられるようにして歩く二人の姿が小さくなっていくのを確認して、溜め息を吐く。なんだかどっと疲れが襲ってきた。
何はともあれ、私は金髪の彼のおかげで痛い思いをしなくて済んだようだ。その点は感謝しなくちゃいけないな。
時間を確認するために取り出したスマホには、平岡くんから「明日一緒に帰れる?」というメールが届いていた。
元はと言えばコイツのせいだというのに、呑気なもんだ。なんだか無性に腹が立ったので、私はそのメールをおもいっきりシカトする事にした。
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