その答えは恋文で

百川凛

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2通目:帰り道と寄り道

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「…………げっ」

 画面を開くと、そこには先日アドレス帳に登録したばかりの〝平岡彰〟の文字が並んでいた。

 ちなみに私は流行りのメッセージアプリは使っていない。だって、アプリの必要性を感じないから。

「何? もしかして彰サマ?」

 すかさず由香が画面を覗き込む。


差出人:平岡 彰
件名:

もしかしてまだ校内に残ってる?


 メールには簡潔にそれだけが書かれていた。由香は画面を見つつ持参してきたポテチの袋をビリリと開ける。念のため言っておくが、いくら好き放題出来るからと言って基本的に図書室は飲食禁止である。

 ……なんて返そう。ていうか私が校内に居ようが居まいが平岡くんには関係ないじゃないか。私は本当の事を言うか、それとも帰ったと嘘をつくか散々悩んだ挙げ句、


残ってる


 という、点も丸も絵文字もオマケに女子力の欠片もないたった四文字を電波に乗せて送った。すると、手の中のスマホがすぐに震える。この返信の早さ……女子か。メールを開いて、私は固まった。


差出人:平岡 彰
件名:

残ってるなら帰り送ってく。
今どこ?


 ……どうしよう。これは一大事だ。

 送ってく、という事は家までの道程を一緒に歩くという事だ。いやいや私一人で帰れるし。むしろ一人がいいし。

 それに今日は途中で本屋に寄るのだ。予約していた新刊の発売日だったので、朝からずっと楽しみにしていた。そんな至福の時を他人に邪魔されたくはない。

 返事はすぐに決まった。ノーだ。

 ……でも、なんて言って断ろう。親が迎えに来るので無理です、とかなら差し障りないだろうか。

 ウンウン悩んでいると、一緒に画面を覗いていた由香がしびれを切らしたように「貸して」とスマホを勢いよく奪い取った。ちょ、あんた今ポテチ食べてなかった? ちゃんと手、洗った? 洗ってないよね? それ画面油でべっとべとになるよね? 確実になるよね? あれって拭いてもなかなか取れないんだよ? 知ってる?

 由香は油まみれの指をささっと動かして素早く操作すると、あろうことかそのままスマホをぽいっと投げてきた。私はそれを外野に飛んだヒットすれすれの打球をダイビングキャッチする野球選手のように必死にキャッチする。我ながら超ファインプレーだ。

 ていうか今の危ないんだけど! 落としたらマジでどうすんだ! 支払いまだ残ってるのに! 私の怒りなんてどこ吹く風、由香がしれっと口を開く。

「彰サマに返信しといてあげたから」
「はあっ!?」

 とんでもない発言を受け、私は慌てて送信メールを確認した。


宛先:平岡 彰
件名:

図書室


 送信済フォルダの一番上に、これまた点も丸も絵文字もないたった三文字のメールが残っていた。聞かれた事だけを的確に答えた、実に無駄のないメールである。でもちょっと待ってよ。これじゃあ一緒に帰る事を了承したみたいじゃないの!!

 またしても手の中の機械が震える。平岡くんの返信の早さはやっぱり女子並だ。


差出人:平岡 彰
件名:

了解。
すぐ行くから待ってて


 なんという事だろう。味方の裏切りによって退路はすっかり断たれてしまった。呆然としている私に向かって、由香は真っ黒な笑みを浮かべる。

「こんなに面白い裏事情、あたしに早く話さなかった罰よ」

 ……あれ、友情ってなんだっけ。走る前に教えてメロス。

「帰る」
「まぁまぁ」
「帰るってば」
「まぁまぁまぁまぁ」
「あ、居た」

 平岡くんが来る前に帰ってしまおうという私の目論見は見事に崩れ去った。

 黒い笑顔を浮かべたままの由香にお前の考えなんて全てお見通しだ、と言わんばかりに行く手を阻まれ、なんやかんやしている間に図書室の扉が開いたのだ。

 そこから探るように平岡くんが顔を出して、冒頭の台詞である。

「どーもどーも平岡くん! お噂は予々かねがね!」
「こんにちは渡辺さん」

 由香は先程とは打って変わってにこやかに挨拶をすると、私に小声で「早く行け」と低く言って背中を押した。力に逆らえなかった体は一歩前へ動き出す。生け贄に選ばれた村娘の気分だ。

「あれ? 委員会の仕事はいいの?」
「いいのいいの! 丁度終わったところだからすぐ帰れるよ。ね? 栞里?」

 有無を言わさぬこの圧力に抗える者がいたら是非とも此処に連れてきて欲しい。私には到底無理なので力なく首を縦に振ることしか出来ない。ああ、ノーと言えない日本人。

 しかも、去り際に見た由香の目が「明日絶対に報告しろよ」と言っていた。あれはネタにする気満々の顔だった。最悪である。

「バイバーイ!」

 ……どうしよう。この笑顔、ブン殴りたい。
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