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2通目:帰り道と寄り道
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「これはこれは! 全女子生徒の憧れ、平岡彰くんの彼女さんではありませんか!!」
私のオアシス、図書室。
この学校唯一の安息の地に、場違いなほどの大声が響いた。私は無言でその聞き慣れた声の主に冷たい視線を送る。
「ぶふっ! ぎゃっははははは! ごめんごめん!」
面白くてしょうがないと言わんばかりに吹き出した彼女、渡辺由香は私が居る図書カウンターの中に堂々と足を踏み入れた。ちなみに彼女は私と違って図書委員ではない。本来ならばこの場所に入ってはいけない人間だ。
「……何しに来たの」
「うっわ! 予想以上に機嫌悪いね」
私の顔を見ると、先程のからかうような笑いから一気に苦笑いへと変わった。
図書室は基本的に飲食禁止・私語厳禁なのだが、試験の前以外はほとんど人が来ないので、そのルールは有って無いようなものだった。
つまり、結構好き放題やれる。特に放課後の図書室なんか、来るのは司書の先生と私ぐらいだ。これをオアシスと呼ばずになんと呼ぼう。
*
「本当の彼女じゃなくていい。付き合ってる振りでいいから、俺の彼女になってほしい。もちろん成瀬さんが嫌がる事はしないし、学校の外では無理に彼女の振りはしなくてもいい。それと、何かあったらすぐ俺に言うこと。隠し事はなしで。期間はそうだな……一年間。とりあえず来年の五月までって事で。あとは追々考えよう」
あの後、体育館裏で交わした約束は至極簡単なものだった。
ちょっと期間が長すぎる気がするけど、まぁ別に問題なさそうだ。
「他になんかある?」
平岡くんがそう聞いてきたので、私は遠慮なく問いかける。
「……理由は?」
「え?」
「こんな事する理由は何?」
私には聞く権利があるはずだと、静かに平岡くんの返答を待った。……もしその理由がただの暇つぶしとか私をからかうためとかラブレター対策だとか女子避けだ、なんていう下らない理由だったら、その綺麗な顔を一発ぶん殴ってやろうなんて考えながら。
だが、返ってきた答えは予想外のものだった。
「……ごめん。悪いけどそれは答えられないや。本当にごめんな」
困ったような顔で何度も謝られては文句も言えない。さすがの私でもこれ以上追及する事は出来なかった。
*
「しっかしアンタがあの彰サマをゲットするなんてねぇ。一体どんな手使ったのよ?」
ニヤニヤとした笑みを浮かべた由香は完全に面白がっていた。私は返却本を整理していた手を休め、盛大な溜め息をついて口を開く。
「付き合ってないよ」
「……は?」
「だから、付き合ってないよ。平岡くんと私」
由香は鳩が豆鉄砲を食ったような顔で私を見つめる。
「は? え? だって平岡、教室で堂々と交際宣言したんでしょ?」
「〝本当の彼女じゃなくていい。付き合ってる振りでいいから、俺の彼女になってほしい〟」
「……なにそれ」
「平岡くんと私の密約。だから私達は付き合ってないし、お互い別に好きなわけでもない。私はただの飾り。ニセモノなの」
私はだいたいの経緯を説明した。由香は大人しく私の話に耳を傾けている。
「……なるほどねぇ。大体わかったわ」
話を聞き終えた由香は納得したように何度も頷いていた。
「うんうん。おかしいとは思ってたのよ。面倒くさがりのアンタがあんなキラキラ輝く全校生徒の人気者、アンタにとってまさに面倒の塊みたいなスクールカースト頂点の人間と関わる、好きになる、ましてや付き合うなんてこと、天地がひっくり返ったって有り得ないもの」
我が友ながら随分な言い様である。しかし、それらは全て事実なので反論の余地はない。
「しっかしアンタよくそんな事引き受けたわね。理由も教えてくれなかったんでしょ?」
「最初はちゃんと断ったよ。でも仕方無いじゃん。逃げられない状況に追い込まれたんだから」
「はいそれ建前ー。本音は?」
「……全校生徒にいちいち誤解を解いて回るのが面倒くさかった」
「うん。アンタらしい理由で安心した」
私らしい理由ってなんだ。文句を言おうと口を開くと、カウンターの上に放置していたスマホが震えた。お知らせランプが青く点滅していることから、どうやらメールを受信したようだ。珍しいこともあるものだ。
私のオアシス、図書室。
この学校唯一の安息の地に、場違いなほどの大声が響いた。私は無言でその聞き慣れた声の主に冷たい視線を送る。
「ぶふっ! ぎゃっははははは! ごめんごめん!」
面白くてしょうがないと言わんばかりに吹き出した彼女、渡辺由香は私が居る図書カウンターの中に堂々と足を踏み入れた。ちなみに彼女は私と違って図書委員ではない。本来ならばこの場所に入ってはいけない人間だ。
「……何しに来たの」
「うっわ! 予想以上に機嫌悪いね」
私の顔を見ると、先程のからかうような笑いから一気に苦笑いへと変わった。
図書室は基本的に飲食禁止・私語厳禁なのだが、試験の前以外はほとんど人が来ないので、そのルールは有って無いようなものだった。
つまり、結構好き放題やれる。特に放課後の図書室なんか、来るのは司書の先生と私ぐらいだ。これをオアシスと呼ばずになんと呼ぼう。
*
「本当の彼女じゃなくていい。付き合ってる振りでいいから、俺の彼女になってほしい。もちろん成瀬さんが嫌がる事はしないし、学校の外では無理に彼女の振りはしなくてもいい。それと、何かあったらすぐ俺に言うこと。隠し事はなしで。期間はそうだな……一年間。とりあえず来年の五月までって事で。あとは追々考えよう」
あの後、体育館裏で交わした約束は至極簡単なものだった。
ちょっと期間が長すぎる気がするけど、まぁ別に問題なさそうだ。
「他になんかある?」
平岡くんがそう聞いてきたので、私は遠慮なく問いかける。
「……理由は?」
「え?」
「こんな事する理由は何?」
私には聞く権利があるはずだと、静かに平岡くんの返答を待った。……もしその理由がただの暇つぶしとか私をからかうためとかラブレター対策だとか女子避けだ、なんていう下らない理由だったら、その綺麗な顔を一発ぶん殴ってやろうなんて考えながら。
だが、返ってきた答えは予想外のものだった。
「……ごめん。悪いけどそれは答えられないや。本当にごめんな」
困ったような顔で何度も謝られては文句も言えない。さすがの私でもこれ以上追及する事は出来なかった。
*
「しっかしアンタがあの彰サマをゲットするなんてねぇ。一体どんな手使ったのよ?」
ニヤニヤとした笑みを浮かべた由香は完全に面白がっていた。私は返却本を整理していた手を休め、盛大な溜め息をついて口を開く。
「付き合ってないよ」
「……は?」
「だから、付き合ってないよ。平岡くんと私」
由香は鳩が豆鉄砲を食ったような顔で私を見つめる。
「は? え? だって平岡、教室で堂々と交際宣言したんでしょ?」
「〝本当の彼女じゃなくていい。付き合ってる振りでいいから、俺の彼女になってほしい〟」
「……なにそれ」
「平岡くんと私の密約。だから私達は付き合ってないし、お互い別に好きなわけでもない。私はただの飾り。ニセモノなの」
私はだいたいの経緯を説明した。由香は大人しく私の話に耳を傾けている。
「……なるほどねぇ。大体わかったわ」
話を聞き終えた由香は納得したように何度も頷いていた。
「うんうん。おかしいとは思ってたのよ。面倒くさがりのアンタがあんなキラキラ輝く全校生徒の人気者、アンタにとってまさに面倒の塊みたいなスクールカースト頂点の人間と関わる、好きになる、ましてや付き合うなんてこと、天地がひっくり返ったって有り得ないもの」
我が友ながら随分な言い様である。しかし、それらは全て事実なので反論の余地はない。
「しっかしアンタよくそんな事引き受けたわね。理由も教えてくれなかったんでしょ?」
「最初はちゃんと断ったよ。でも仕方無いじゃん。逃げられない状況に追い込まれたんだから」
「はいそれ建前ー。本音は?」
「……全校生徒にいちいち誤解を解いて回るのが面倒くさかった」
「うん。アンタらしい理由で安心した」
私らしい理由ってなんだ。文句を言おうと口を開くと、カウンターの上に放置していたスマホが震えた。お知らせランプが青く点滅していることから、どうやらメールを受信したようだ。珍しいこともあるものだ。
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