その答えは恋文で

百川凛

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1通目:平岡くんと私

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 *


「……どういう事か説明してくれる?」

 昼休み。体育館裏。

 私は周りに気付かれないように注意しながらなんとか平岡くんを呼び出す事に成功した。不快感を露にした態度で接しても、彼は悪びれる素振りすら見せない。まったく、なんて男だ。

 ……彼が爆弾発言をした後の教室の様子は思い出したくもない。

 否定する暇もなくあっという間に私と平岡くんの周りには沢山の人が押し寄せ、皆芸能レポーターの如く矢継ぎ早に質問を投げ掛けてきた。私はほとんど無視していたが、平岡くんは持ち前のコミュニケーションスキルを駆使して差し障りのない質問だけをすらすらと答える。いや、答えなくていいから否定してよ。私達付き合ってないでしょう!? 私の声は届かない。

 他にも面白半分で騒ぎ出す男子が居たり、ショックで泣き出す女子が居たりと事態は収拾がつかなくなっていた。チャイムと同時に現れた教師によってなんとか事なきを得たが、教室はまさに阿鼻叫喚の地獄絵図。本当に大変な状態だったのだ。授業開始のチャイムにあんなに感謝した事は今までない。

 平岡くんの前に立っていたポニーテールのあの子も、いつの間にか姿を消していた。

「あれ? もしかして怒ってる?」

 ……当たり前だ。私の気分も機嫌もこれまでにないぐらいに相当悪い。

「私、昨日断ったよね? 面倒事に巻き込まれるのは嫌だからって」
「うん」
「じゃあどうしてこんな事になってるの?」

 責めるような口調で問うと、平岡くんは困ったように頬をポリポリと掻いた。

「昨日の帰り、昇降口で待ってた女の子に告白されたんだ。……あの手紙の女の子。どうやら呼び出しの手紙だったみたいでさ」

 あの後また告白されたのか。ていうかやっぱり読まなきゃダメじゃん。私が渡してなかったらその子は待ちぼうけをくらっていたかもしれないし。……って、そんな告白話はどうでもいいんだけど。何? 自慢? どうでもいいから早く話してよ。

 私は腕組みをした仁王立ちのまま続きを促す。

「まぁもちろん断ったんだけどさ。その時に彼女が居るって理由で断っちゃったんだよね」
「……まさかそこで」
「いやいや。確かに誰なのってしつこく聞かれたけど名前は言ってないよ? 成瀬さん嫌がってたし」

 頭の天辺に向かって上昇しかけた血液が一瞬にして全身に戻った。名前は言ってないのか、良かった。さすがの平岡くんもそこまで人でなしではないらしい。

 でも、それならどうして彼女が私になったのだろう。誰かに平岡くんとの会話を聞かれていたのだろうか。さっぱり分からない。

「…………ただ」

 ん? …………

 その嫌な接続詞にピクリと顔がひきつる。そんな私に、平岡くんは天使のような笑顔で言った。

「隣の席の女の子だよって言っただけ」


 …………平岡、テメェ!!


 私の体は怒りで震えた。そうだ、彼はきっと嘘つき村の出身に違いない。あるいは詐欺師村あたりだろうか。

 たとえその場で名前を出さなかったとしてもそんな事言ったら誰でも私って勘違いしちゃうでしょうが!! だって隣の席の女子は私しかいないんだから!! てかわざとだな!? わざと言ったんだな!? この腹黒似非紳士め!! せっかく戻った血液が一気に上昇した。腹の底から怒りがふつふつと湧いてくる。

「そんなに怒らないでよ。俺だってまさか一日でこんなに広まるなんて思ってなかったし。なんかその子の友達? か誰かがクラスのSNSグループんとこに書いちゃったみたいでさぁ。ほら、これ」

 慣れた手つきで画面を開くと、私の前に白いスマホが差し出された。


【速報】平岡くんの彼女発覚。相手はなんと二年A組成瀬栞里!!


「これ見た奴が色んな奴に教えて、それ聞いた人がまた書き込んで、ってな具合で他のクラスの子にも広まっていったみたい」

 私は今回SNS、ソーシャルネットワーキングサービスの恐ろしさというものを身をもって知ってしまった。ほらね、薄っぺらい友達付き合いなんかしてるからこんなことになるんだ。ネット社会マジ怖い。

 それにしてもこの書き方は随分と悪意のある書き方である。「なんと」とはなんだ失礼な。おまけに平岡くんはくん付けなのに私はフルネームの呼び捨てだ。この差はなんなんだ一体。

「まぁそういう訳だからさ。悪いけど成瀬さんも覚悟決めてくれない?」

 どういう訳だ、何の覚悟だ、私には関係ない!

 声を大にして訴えたくてももう無駄だ。ここまで広まってしまったのだ、誤解を解くのは難しいに決まっている。起きてしまった事はそう簡単に無かった事には出来ない。わかっている。全ては後の祭なのだ。

「諦めて俺の彼女になってよ」

 ね? 平岡くんに小首を傾げてお願いされる。……こいつわかっててやってるな。あざとい奴め。

 私は身体の中に溜まった黒いモヤモヤを吐き出すように、深く深く息を吐いた。そして身体全体を浄化させるように、新鮮な空気を目一杯取り込む。

「……わかった」
「本当? やったね! ありがとう」

 平岡くんが嬉しそうに笑って言った。こうなっては仕方ない……乗り掛かった船だ。沈むまで乗っかってやろうじゃないの。私は切腹間際の武士の如く、潔く腹を括った。

「これからよろしくね、成瀬さん」

 爽やかな笑顔の平岡くんが腹立たしくて仕方なくて、私は思わず頭を抱える。

 ……ああもう、面倒くさい事になった。
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