その答えは恋文で

百川凛

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1通目:平岡くんと私

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「俺が欲しいのは好きな子からの手紙だけ。他の子からそんな手紙貰ったって嬉しくもないし困るだけだ。どうせ傷付けることしか出来ないんだからね」

 さっきまでの苦笑ではなく割と真剣な顔でそんな事を言うものだから、驚いて一瞬動きが止まってしまった。私は少し考えてから小さく息を吸う。

「……でもさ。これ、やっぱり平岡くんが持ってた方がいいと思うよ」
「だから、」
「一生懸命書いた手紙を読んでもくれないなんて、告白して振るより傷付けてると思うけど?」
「それは……」
「この手紙を好きにしていいって言ったのは平岡くんだよ。だからほら、早く受け取ってよ」

 私は三度みたびピンクの封筒を平岡くんの前に差し出した。

「…………成瀬さんの意地悪」

 彼は不満げに唇を尖らせ、文句を言いながら渋々と私の手から手紙を受け取った。そしてがっくりと机に項垂れる。

「あー……どうしようかなぁ」

 ラブレターを貰った人は皆こんな風に憂鬱そうに顔を歪めるのだろうか。いやいや、普通は喜んだりするんじゃないの? この反応は酷くない?

「平岡くんって結構冷たい人なんだね」
「……心外だなぁ」

 平岡くんはゆっくりと体を起こすと、溜め息混じりに口を開いた。

「勿論気持ちはありがたいよ? でもさ、断る時大変なんだよ。色々と」
「まぁ、泣かれたり責められたりしたら面倒くさそうだけど」
「だろ? 今だって女の子泣かせてきちゃったから罪悪感残ってるし。もうああいうの勘弁してほしいよね、ホント」

 なるほど。平岡くんがこの時間まで残っていたのは女の子からの告白を受けてたからだったのか。どうやら彼は随分とモテるみたいだ。知らなかった。

 何はともあれ任務は完了だ。私は鞄に荷物を詰め込んでテキパキと帰り支度を進める。隣でぶつぶつと不満を並べる平岡くんのことは適当に流してさっさと帰ろう。

「あーあ。彼女とかいれば告白されなくなるんだろうなぁ」
「そうですね」
「告白されても罪悪感は軽減されるだろうし、何より正当な理由じゃん?」
「そうですね」
「ねぇ、俺の話ちゃんと聞いてる?」
「そうですね」
「成瀬さん、俺の彼女になってみない?」
「そうです………………は?」

 いくら何でも今の台詞は聞き流せない。思わず顔を上げた。

 いつの間に近付いていたのか、彼は机の横に立って私を見下ろしていた。身長差のせいで必然的に見上げる形になる。形の良い唇が動き出し、先程と同じ台詞を紡いだ。

「成瀬さん、俺の彼女になってみない?」

 目の前の平岡くんは酷く優しい笑みを浮かべて私を見ていた。その本心は読み取れない。私の眉間のシワは深くなる一方だ。

「全力でお断りさせて頂きます」
「ははっ。そう言うと思った」

 平岡くんは楽しそうに声を出して笑った。さっきから何なんだろうこの人。人の事からかって楽しいの?

 この数分間で平岡くんの印象が百八十度変わった気がする。元々そんなに知っているわけではないけれど、こんなに軽い感じの人だとは思わなかった。詐欺に遭った気分だ。

「……本当の」
「え?」

 注意しなければ聞き逃してしまいそうな程の小さな声で、彼はぽつりと呟く。

「本当の彼女じゃなくてもいいんだ」
「……どういう事?」
「彼女のフリをしてくれるだけでいい。嘘でも、偽物でも、付き合ってるっていう形だけ作ってくれればそれでいいんだけど。どうかな?」

 私の中の平岡くんに対する好感度は順調に下降していった。なんなのこの人。人の気持ちをなんだと思ってんの? 力を入れ過ぎて眉間の辺りがじんじんと痛くなってきた。シワが取れなくなったらどうしてくれるんだこの野郎。私は嫌悪感丸出しの口調でハッキリと言った。

「例え嘘でも断る。頼むなら他の子に頼めば? なりたい子ならいっぱいいるでしょ。その手紙の主とかさ」
「俺は成瀬さんがいいんだけど」
「私、面倒事って大嫌いなの。ついでに人の気持ちも考えない自分本位の男も大嫌い」
「そう……それは残念だな」

 私は鞄を掴んで足早に彼の前を通り過ぎた。もちろん気分はすこぶる悪い。

 だが、これだけは言っておかないと私の気が済まないと、教室を出る直前に歩みを止めて振り返る。

「やっぱりさ、好きな子からの手紙じゃなくてもせめて読むくらいはした方がいいと思う。平岡くんには迷惑でも、その子にとっては一大決心だったはずだよ。彼女たちの勇気を無駄にしないでやってほしい。余計なお世話だとは思うけど、聞いてて気分悪かったから」

 それだけ言って、私は返事も聞かずに歩き出した。

 正直、平岡くんとは今後一切関わりたくないと思った。とりあえず早急に席替えをお願いしたい。って言っても、関わる機会なんてそう滅多にないけどね。
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