その答えは恋文で

百川凛

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1通目:平岡くんと私

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「平岡くん。これ落としたよ」

 ピンク色の封筒を持った右手を差し出しながら、私は平岡くんに声をかけた。我ながら随分と事務的で冷たい声である。

 きょとん、とした表情で私を見つめる平岡くんは、何が起こったのかよくわかっていない様子だった。

 それもそうだろう。私が自ら誰かに話しかける事なんて滅多にないのだから。

 そういえば平岡くんと話をするのも今回が初めてだな、と彼の前髪に隠れた垂れ目を見ながら思った。

 平岡くんは手元の封筒と私の顔を交互に二回ずつ見比べると、感心したようにぽつりと呟く。

「……へぇ。成瀬なるせさん、俺の名前知ってたんだ」

 そりゃあ、いくら私だって一ヶ月以上狭い空間で同じ時間を過ごしてきたクラスメイトの顔と名前くらいは把握している。ましてや彼は隣の席なんだから尚更だ。それより私が驚いたのは──

「……平岡くんこそ。私の名前知ってたんだね」

 平岡くんがまったくクラスに溶け込んでいない私の名前を知っていた事の方である。驚いている私を余所に、彼は当たり前のように言葉を続けた。

「もちろん。ちゃんと知ってるよ。成瀬なるせ栞里しおりちゃんでしょ?」

 面と向かって自分のフルネームを言われるのがなんとなく気恥ずかしくて、私は躊躇いがちに首を縦に振った。

「そりゃ、同じクラスで隣の席だし、それに」

 彼はそこで言葉を区切ると、チェシャ猫のように不敵に笑う。

「成瀬さん、結構有名人だしね」
「……は?」
「あれ? もしかして知らないの? 成瀬さん、〝孤高ここうの文学美少女〟って呼ばれて男子から人気あるんだよ?」

 ……は? 孤高の……文学美少女……? 一体何の冗談だそれは。

 この学校に通って二年目になるが、そんな変な呼ばれ方をしているなんて聞いた事がない。新手の虐めか何かだろうか。無意識で眉間に力が入った。ていうか……

「……何そのネーミングセンス。考えたの誰? 超絶的にダサいんだけど」
「ぶはっ! 突っ込むとこそこなんだ!?」

 何が可笑しいのか私にはよく分からないけど、どうやら今の発言が平岡くんのツボに入ったらしい。彼はクツクツと肩を揺らす。

 なんなのこの人、面倒くさ。もう小説どころじゃない。さっさと渡してさっさと帰ってしまおう。

「これ」

 私はもう一度、彼の前にピンク色の封筒を突き付けるように差し出した。

「あー……それね。うーん……」

 眉尻を下げてあからさまに困った顔をした彼は、両手を胸の前でしっかりと組んでなかなか手紙を受け取ろうとしてくれない。ねぇ、ともう一度催促するように声をかけると、彼は苦笑いを浮かべて口を開いた。

「んーとさ。それ、良かったら成瀬さん貰ってくれないかな?」
「…………は?」

 私は自分の耳を疑った。……私がこれを貰う? 冗談じゃない。何が悲しくて人様宛のラブレターを貰わなくちゃならないんだ。頭おかしいのかなこの人。

「ごめんごめん言い方が悪かったね。その手紙貰っていいっていうか、成瀬さんの好きにしていいよってこと」

 ますます意味がわからなくて、私はググッと眉間に力を加えた。

「煮るなり焼くなり捨てるなり放置するなり、成瀬さんの好きなように扱ってよ」
「……なんで?」
「んー。そういう手紙ってさぁ、正直だいぶ困るんだよねぇ」

 そんなちょっとした爆弾発言を上目遣いで言ってくる。が、私に言われたってどうしようもない。ていうか関係ないし。
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