その答えは恋文で

百川凛

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1通目:平岡くんと私

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 二年生に進級したばかりの、五月半ばのことだった。

 元々人付き合いをあまり得意としない私は、クラス内で着々と作られていく女子のグループには加わらず、休み時間は自分の席で読書をする事を好んでいた。

 これは中学の時からずっと続けていることだ。極力、面倒事には関わりたくないから。

 だって、不特定多数の人間と広く浅く関わるよりも、少人数でも狭く深い関係を築いた方がよっぽど有益だと私は思う。

 表面だけ覆われた薄っぺらいサランラップのような友情ごっこなんてまっぴらごめんだ。

 誤解がないように言っておくけど、私は別に友達がいないわけではない。

 私にも一応友達と呼べる存在は少ないながらもちゃんといる。つまり何が言いたいかというと、私は私の事を少しでも理解してくれる人間が一人でもいてくれれば、それで十分だという事だ。

 ……話を戻そう。

 そんな若干浮き気味の私がクラスメイト達と必要最低限の会話しかしないのは、最早説明しなくても分かるだろう。

 もちろん挨拶されれば返すし、話し掛けられればちゃんと返事もするけれど、自分からそういった行動を起こす事は滅多にない。

 それは例え席が隣でも同様だ。

 席が隣になったからって特に用事もないし、わざわざ関わる必要性なんてどこにもないから。

 ちなみに私の席は教室のど真ん中一番後ろである。残念な事に、右にも左にもクラスメイトがしっかりと座っている。せめてどっちかが壁だったら良かったのに。自分のくじ運のなさを少しばかり恨んだ。

 だが、不幸中の幸いか両隣が男子生徒だったので、特にこれと言って話をする機会は訪れず、私の平穏な日々は保たれていた。


 ──そう、あの日の放課後までは。


 その日私は、昼休みに図書室から借りて読み始めたミステリー小説の続きがどうしても気になって、誰もいない教室で熱心に本と向かい合っていた。 家に帰る時間すら勿体ない! 今すぐに続きを読んでしまいたい! と思うもどかしくもわくわくするこの気持ちは、おそらく読書好きの人間にしか分からないのだろう。 私は時間が経つのも忘れて、その小説を夢中で読んでいた。



 *



 ガラリという教室のドアが開いた音で顔を上げると、辺りはだいぶ薄暗くなっていた。

 壁掛け時計に目を向けると、針はもう五時半を指している。

 HRが終わって約二時間。正直、そんなに時間が経っているとは思わなかった。
 部活に所属していない私にしては随分と遅い帰宅時間になりそうだ。

 時計から視線を逸らすと、ドアの前に立っていた人影が目に入る。

 百八十センチ近くある高い身長に前髪長めの黒髪、左目の下に小さく存在する泣きぼくろが印象的なその人物には見覚えがあった。

 ──平岡ひらおかあきら。私の右隣の人物である。

 平岡くんは前髪の隙間から見える綺麗な瞳に、ハッキリと私の姿を映していた。

 数秒の間、お互い無言で視線を通わせる。彼の顔を真正面からきちんと捉えるのはおそらくこれが初めてだろう。わずか数秒のその時間が、何故だか酷く長い時間に感じられた。

 ふ、と私から視線を外した平岡くんは、汚れのない上靴をキュッと鳴らすと、ゆっくりこちらに近付いて来た。正確に言えば私の隣の席に、だが。

 それにしても、彼はこの時間まで一体何をしていたのだろう。制服のままだし、少なくとも運動部には入っていないみたいだけど。まぁ、私には関係ないことか。

 平岡くんが鞄に教科書やら何やらを詰め込んでいる姿を視界の端に捉えながら、私は残り数ページとなった小説に視線を戻した。

 ここまで遅くなったならもう何時に帰ったって同じだろう。それならば、このまま最後まで読みきってしまった方が良いと考えたのだ。

 気合いを入れるように文庫本を持ち直した、その時。

 紙切れの様な何かが、風に乗ってひらりと落ちてきたのが見えた。丁度よく私の足下に滑り込んできたそれは、淡いピンク色をした一枚の封筒だった。

 私はそれをじっと見つめる。

 これはもしや……いや、どこからどう見ても間違いない。好意を寄せている異性に告白するため自分の思いの丈を綴った恋文、所謂ラブレターというやつだ。

 封筒の色から察するに差出人は女の子だろう。飛んで来た方向から十中八九、これは平岡くんの机の中に入っていたものだ。教科書か何かの間に挟まっていたそれが、鞄に入れる時にするりと抜け落ちてしまったに違いない。

 横目で様子を伺ってみるが、平岡くんはこの手紙の存在に気付いていないようだった。

 ……はて。どうしたものか。

 正直、余計な事に首を突っ込んで面倒事に巻き込まれるのは厄介だ。だからと言ってこのまま無視してしまうのもなんとなく良心が痛む。

 葛藤の末、とりあえず手を伸ばして手紙をそっと拾いあげた。私だって一応女だ。同性として、乙女の純情とやらをこのまま放っておくわけにはいかないし。

 私は読みかけの小説を閉じると、椅子を引いて立ち上がった。

 鞄に荷物を入れ終えた平岡くんは席に座ってスマホを弄っている。
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