月野郵便、今宵も配達中

百川凛

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4.月夜の咎人

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「おやめなさいっ!!」


 大きな叫び声が聞こえると、宝石のような光の群れがまっすぐこちらにってきた。まるでカーペットを敷いたような光の道の真ん中を、立派な牛車がするすると走ってくる。唐破風からはふの屋根に大きな車輪、黒塗りの箱には様々な装飾が施されていて、身分の高さが一目で分かった。
 二人の目の前で牛車が止まると、赤いすだれが捲られる。付き添いの者が素早く用意したはしたてを降りてくるのは、鮮やかな十二単を着た美しい女性だった。見覚えのあるその姿はどこか懐かしさを感じる。

「……か、かぐや様!?」

 黒兎は彼女の姿に気付くと慌ててその場にひれ伏した。

「……かぐや?」
「お兄様!!」

 名前を呼ばれると、彼女はたいそう嬉しそうに笑って月野に手を伸ばす。あの日以来一度も会っていなかった妹のかぐやは、もうすっかり立派な女性に成長していた。美しさにも磨きがかかっている。

「お久しぶりですお兄様!! ずっとずっとお会いしたかったわ!! ああ! 元気そうで何よりです!!」
「かぐやもすっかり綺麗になって。驚いたよ。それよりどうしてここに?」
「羽代とお父様に協力してもらってコイツの後をつけて来たの。お母様の動きが変だったから密かに調べてたんだけど、やっぱり見張ってて正解だったわ」

 かぐやは冷ややかな目で黒兎を見下ろすと、その姿にはそぐわぬ低い声で言った。

「黒兎」
「は、はい!」
「顔を上げなさい」
「は、はい!」

 かぐやの呼びかけに黒兎はひれ伏していた頭を上げる。顔色は悪く、額には冷や汗が見えた。

「月の国第一皇女月野かぐや。これより因幡黒兎に帝からの勅命を言い渡す。〝黒兎は今すぐ地上から国に帰還せよ。何人なんぴとも傷付けてはならぬ。これを破れば処罰の対象とする。〟以上」
「し、しかしかぐや様! 私は皇妃様の命を受けて、」
「母にはわたくしから話しておきます。おそらくこの件については父からも話がいくはずです。ああ、母からあなたに罰が下されることはないから安心なさい」
「しかし、」
「これは帝からの勅命です。逆らうことは謀叛むほんとみなします」

 黒兎はぐっと押し黙ると、小さな声で「はい」と返事をした。かぐやは十五に向き直ると笑顔に戻る。

「大丈夫よお兄様。お母様にはわたくしとお父様からきちんと話しておくから。すぐには無理かもしれないけど……でも、もうこんなことさせないようにするわ。わたくしもお父様も国に帰って来てほしいのはやまやまだけど、お兄様には幸せになってほしいから……何も言わないわ。だって、あんなところじゃお兄様は幸せになれないでしょう?」
「……かぐや」
「……わたくしは、お兄様には自分の好きなことを好きなようにやっていてほしいの。それはお父様も同じよ」

 うっすら浮かんだ涙を隠すように顔をそらしたかぐやは、奥の方で固まっている二人を見付け驚いた。そして、怒ったように黒兎に命令を下す。

「黒兎、二人の石化を解きなさい。今すぐに」
「……はい」

 黒兎は小さく息を吸って横笛を演奏する。先ほどとは違うメロディーが流れると、二人はぱっと動き出した。

「あ、あれ? オレたち……」
「……私たち動きを封じられていたのね。因幡の笛の事は知っていたのに……情けないわ」
「なんか所々記憶があやふやなんスけど……って月さん!? 月さんは!?」
「羽留!」

 弾むような声に振り向くと、宇佐美は顔を輝かせる。

「かぐや様!?」
「久しぶりね! 元気だった?」
「はい、おかげさまで。かぐや様もお元気そうで」
「ええ、わたくしは元気よ。それと、羽代があなたのことをとても気にかけていたわ。戻ったら元気だったって伝えておくわね」
「ありがとうございます」

 かぐやはにっこりと笑う。

「それと安心して。お兄様はこれからもここで郵便局を続けていくから」
「マジッスか!! や、やった!!」
「あら、あなたは?」

 不思議そうに小首を傾げながら、かぐやは七尾に向かって聞いた。

「あ、初めまして! オレは月さんと宇佐美さんと一緒に郵便局をやってる七尾ッス!」
「まぁ、あなたがそうなの? わたくしは月野十五の妹で月野かぐやと申します。お兄様がいつもお世話になって」
「いえいえこちらこそッス! いやぁ、それにしても月さんの妹さんってめちゃめちゃ美人ッスね!! お近付きの印にみんなで食事でも──いひゃい!! なんれほっぺらつねるんれすかうひゃみひゃん!」
「黙りなさいセクハラ野郎。申し訳ございませんかぐや様。彼の言うことはどうかお気になさらず」

 宇佐美は七尾の頬を力一杯つねりながら頭を下げる。かぐやはクスクスと楽しそうに笑っていた。

「羽留、七尾さん。これからもお兄様のこと、よろしくお願いしますね」
「はい」
「もちろん! 任せて下さいッス!!」
「ふふっ。あなた達と一緒ならわたくしも安心だわ。……あら、もうこんな時間。もっとお話していたいけど、あんまりゆっくりしていられないの。お母様のこともあるし……残念だわ」
「あ、じゃあ今度! また今度来てくださいよ! オレたちいつでも待ってるんで!」

 七尾の言葉に驚いたように目を丸くしたかぐやは、ふふっ、と嬉しそうに笑って「ありがとう」と呟いた。そのままくるりと振り向くと、黒兎に向かって大きな声で叫ぶ。

「さぁ帰るわよ黒兎!! さっさとなさい! 帰ったらたっぷり反省してもらいますからね!」
「……はい」

 黒兎は渋々と立ち上がり、黄金に輝く光の道へ雲を動かす。

「それじゃあお兄様、少しでもお会いできて嬉しかったわ」
「うん。僕もだよ」
「これからも元気でお過ごし下さいね」
「かぐやもね」
「ええ。わたくしもお父様も、月の都からお兄様のことを見守っていますわ」
「ありがとう」

 かぐやはふぅ、と息を吐く。

「お父様には口止めされてたけど……やっぱり伝えるわ」
「……え?」
「あのね、お父様は宮中でお兄様を守れなかったこと、とても後悔していたの。わたくしの恋のことも、追放を止められなかったこともね。だから、お兄様が地上でやりたい事を見つけたって聞いた時、お父様は自分のことのように喜んでいたのよ。だって──」

〝かぐや、十五。私はお前たち二人のことを心から愛しているよ。だから何も恐れず、自分の好きなように生きなさい。それが私の幸せだ〟

「お父様はお兄様の幸せを心から望んでいます。その気持ちは、忘れないで」
「……うん。ありがとう。伝えてくれて本当にありがとう、かぐや」
「ふふっ。じゃあそろそろ行くわ。お兄様……また会う日まで」

 かぐやは目に涙を浮かべながらも、にこりと精一杯の笑顔を作る。薄桃色の羽衣をひらりと翻し、颯爽と牛車へ乗り込んだ。かぐやを乗せた牛車は月へ向かってゆっくりと昇って行く。

 眩いほどの輝きは消え去り、夜空には大きなまん丸い月がひとつ、ぽっかりと浮かんでいた。
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