46 / 47
4.月夜の咎人
11
しおりを挟む「おやめなさいっ!!」
大きな叫び声が聞こえると、宝石のような光の群れがまっすぐこちらに降ってきた。まるでカーペットを敷いたような光の道の真ん中を、立派な牛車がするすると走ってくる。唐破風の屋根に大きな車輪、黒塗りの箱には様々な装飾が施されていて、身分の高さが一目で分かった。
二人の目の前で牛車が止まると、赤い簾が捲られる。付き添いの者が素早く用意した桟を降りてくるのは、鮮やかな十二単を着た美しい女性だった。見覚えのあるその姿はどこか懐かしさを感じる。
「……か、かぐや様!?」
黒兎は彼女の姿に気付くと慌ててその場にひれ伏した。
「……かぐや?」
「お兄様!!」
名前を呼ばれると、彼女はたいそう嬉しそうに笑って月野に手を伸ばす。あの日以来一度も会っていなかった妹のかぐやは、もうすっかり立派な女性に成長していた。美しさにも磨きがかかっている。
「お久しぶりですお兄様!! ずっとずっとお会いしたかったわ!! ああ! 元気そうで何よりです!!」
「かぐやもすっかり綺麗になって。驚いたよ。それよりどうしてここに?」
「羽代とお父様に協力してもらってコイツの後をつけて来たの。お母様の動きが変だったから密かに調べてたんだけど、やっぱり見張ってて正解だったわ」
かぐやは冷ややかな目で黒兎を見下ろすと、その姿にはそぐわぬ低い声で言った。
「黒兎」
「は、はい!」
「顔を上げなさい」
「は、はい!」
かぐやの呼びかけに黒兎はひれ伏していた頭を上げる。顔色は悪く、額には冷や汗が見えた。
「月の国第一皇女月野かぐや。これより因幡黒兎に帝からの勅命を言い渡す。〝黒兎は今すぐ地上から国に帰還せよ。何人も傷付けてはならぬ。これを破れば処罰の対象とする。〟以上」
「し、しかしかぐや様! 私は皇妃様の命を受けて、」
「母にはわたくしから話しておきます。おそらくこの件については父からも話がいくはずです。ああ、母からあなたに罰が下されることはないから安心なさい」
「しかし、」
「これは帝からの勅命です。逆らうことは謀叛とみなします」
黒兎はぐっと押し黙ると、小さな声で「はい」と返事をした。かぐやは十五に向き直ると笑顔に戻る。
「大丈夫よお兄様。お母様にはわたくしとお父様からきちんと話しておくから。すぐには無理かもしれないけど……でも、もうこんなことさせないようにするわ。わたくしもお父様も国に帰って来てほしいのはやまやまだけど、お兄様には幸せになってほしいから……何も言わないわ。だって、あんなところじゃお兄様は幸せになれないでしょう?」
「……かぐや」
「……わたくしは、お兄様には自分の好きなことを好きなようにやっていてほしいの。それはお父様も同じよ」
うっすら浮かんだ涙を隠すように顔をそらしたかぐやは、奥の方で固まっている二人を見付け驚いた。そして、怒ったように黒兎に命令を下す。
「黒兎、二人の石化を解きなさい。今すぐに」
「……はい」
黒兎は小さく息を吸って横笛を演奏する。先ほどとは違うメロディーが流れると、二人はぱっと動き出した。
「あ、あれ? オレたち……」
「……私たち動きを封じられていたのね。因幡の笛の事は知っていたのに……情けないわ」
「なんか所々記憶があやふやなんスけど……って月さん!? 月さんは!?」
「羽留!」
弾むような声に振り向くと、宇佐美は顔を輝かせる。
「かぐや様!?」
「久しぶりね! 元気だった?」
「はい、おかげさまで。かぐや様もお元気そうで」
「ええ、わたくしは元気よ。それと、羽代があなたのことをとても気にかけていたわ。戻ったら元気だったって伝えておくわね」
「ありがとうございます」
かぐやはにっこりと笑う。
「それと安心して。お兄様はこれからもここで郵便局を続けていくから」
「マジッスか!! や、やった!!」
「あら、あなたは?」
不思議そうに小首を傾げながら、かぐやは七尾に向かって聞いた。
「あ、初めまして! オレは月さんと宇佐美さんと一緒に郵便局をやってる七尾ッス!」
「まぁ、あなたがそうなの? わたくしは月野十五の妹で月野かぐやと申します。お兄様がいつもお世話になって」
「いえいえこちらこそッス! いやぁ、それにしても月さんの妹さんってめちゃめちゃ美人ッスね!! お近付きの印にみんなで食事でも──いひゃい!! なんれほっぺらつねるんれすかうひゃみひゃん!」
「黙りなさいセクハラ野郎。申し訳ございませんかぐや様。彼の言うことはどうかお気になさらず」
宇佐美は七尾の頬を力一杯つねりながら頭を下げる。かぐやはクスクスと楽しそうに笑っていた。
「羽留、七尾さん。これからもお兄様のこと、よろしくお願いしますね」
「はい」
「もちろん! 任せて下さいッス!!」
「ふふっ。あなた達と一緒ならわたくしも安心だわ。……あら、もうこんな時間。もっとお話していたいけど、あんまりゆっくりしていられないの。お母様のこともあるし……残念だわ」
「あ、じゃあ今度! また今度来てくださいよ! オレたちいつでも待ってるんで!」
七尾の言葉に驚いたように目を丸くしたかぐやは、ふふっ、と嬉しそうに笑って「ありがとう」と呟いた。そのままくるりと振り向くと、黒兎に向かって大きな声で叫ぶ。
「さぁ帰るわよ黒兎!! さっさとなさい! 帰ったらたっぷり反省してもらいますからね!」
「……はい」
黒兎は渋々と立ち上がり、黄金に輝く光の道へ雲を動かす。
「それじゃあお兄様、少しでもお会いできて嬉しかったわ」
「うん。僕もだよ」
「これからも元気でお過ごし下さいね」
「かぐやもね」
「ええ。わたくしもお父様も、月の都からお兄様のことを見守っていますわ」
「ありがとう」
かぐやはふぅ、と息を吐く。
「お父様には口止めされてたけど……やっぱり伝えるわ」
「……え?」
「あのね、お父様は宮中でお兄様を守れなかったこと、とても後悔していたの。わたくしの恋のことも、追放を止められなかったこともね。だから、お兄様が地上でやりたい事を見つけたって聞いた時、お父様は自分のことのように喜んでいたのよ。だって──」
〝かぐや、十五。私はお前たち二人のことを心から愛しているよ。だから何も恐れず、自分の好きなように生きなさい。それが私の幸せだ〟
「お父様はお兄様の幸せを心から望んでいます。その気持ちは、忘れないで」
「……うん。ありがとう。伝えてくれて本当にありがとう、かぐや」
「ふふっ。じゃあそろそろ行くわ。お兄様……また会う日まで」
かぐやは目に涙を浮かべながらも、にこりと精一杯の笑顔を作る。薄桃色の羽衣をひらりと翻し、颯爽と牛車へ乗り込んだ。かぐやを乗せた牛車は月へ向かってゆっくりと昇って行く。
眩いほどの輝きは消え去り、夜空には大きなまん丸い月がひとつ、ぽっかりと浮かんでいた。
1
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
セレナの居場所 ~下賜された側妃~
緑谷めい
恋愛
後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
拝啓、許婚様。私は貴方のことが大嫌いでした
結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
【ある日僕の元に許婚から恋文ではなく、婚約破棄の手紙が届けられた】
僕には子供の頃から決められている許婚がいた。けれどお互い特に相手のことが好きと言うわけでもなく、月に2度の『デート』と言う名目の顔合わせをするだけの間柄だった。そんなある日僕の元に許婚から手紙が届いた。そこに記されていた内容は婚約破棄を告げる内容だった。あまりにも理不尽な内容に不服を抱いた僕は、逆に彼女を遣り込める計画を立てて許婚の元へ向かった――。
※他サイトでも投稿中
貧乏冒険者で底辺配信者の生きる希望もないおっさんバズる~庭のFランク(実際はSSSランク)ダンジョンで活動すること15年、最強になりました~
喰寝丸太
ファンタジー
おっさんは経済的に、そして冒険者としても底辺だった。
庭にダンジョンができたが最初のザコがスライムということでFランクダンジョン認定された。
そして18年。
おっさんの実力が白日の下に。
FランクダンジョンはSSSランクだった。
最初のザコ敵はアイアンスライム。
特徴は大量の経験値を持っていて硬い、そして逃げる。
追い詰められると不壊と言われるダンジョンの壁すら溶かす酸を出す。
そんなダンジョンでの15年の月日はおっさんを最強にさせた。
世間から隠されていた最強の化け物がいま世に出る。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる