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1.恋心は天邪鬼
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*
天邪鬼事件から数日。待ち合わせ場所のカフェで私を見つけた春奈が待ってましたとばかりに口を開いた。
「井上さんね、ついに山口に告ったらしいよ!」
おはようより先に言われた言葉は、井上さんたちの嬉しい報告だった。
「そうなんだ! で、返事は?」
「もちろんオッケーに決まってんじゃん! 何年両片想い拗らせてると思ってんのよ!」
「ははっ、そうだよね」
「これで周りも安心だわ~。正直やっとかぁって感じだけど」
「二人とも本当に良かったね」
そう言って私が笑うと、春菜も頷いて嬉しそうに笑った。
やはりみんな、井上さんが天邪鬼に取り憑かれていた頃の記憶はないみたいだった。井上さんは本来の優しく穏やかな性格に戻り、ついに好きな人に自分の気持ちを伝える事が出来たらしい。
記憶を消したせいで山口くんの前回の告白及び彼の振り絞った勇気が無駄になってしまったのは申し訳ないけど、結果オーライだろう。
*
昼休み。屋上へ続く静かな階段。あまり人の寄り付かないこの場所で、一人スマホを弄っている男子生徒に声を掛ける。
「周くん」
顔を上げた周くんの鋭い目は、なんでお前がここにいるんだとでも言いたげだ。私はそれに気付かないふりをして近付く。ふっ、ここ数日、彼の行動をこっそり調べていた甲斐があった。……言っておくがストーカーではない。私は周くんの隣に静かに座った。
「……お前さ」
「ん?」
周くんは困ったように眉間を寄せ、口をもごもごと動かす。彼にしては珍しい、実に煮え切らない態度だ。チラリと私を見てすぐに視線を逸らすと、ぼそりと小さな声で言った。
「…………名前」
「名前?」
「……宮下って俺のこと下の名前で呼ぶよな」
名前? 名前って……あれ? え? ほ、ほんとだ! 私ってばいつから周くんなんて馴れ馴れしく名前で呼んでたんだろう!? 気が付いた瞬間、ボッと音が出そうなほど顔に熱が集まった。
「ご、ご、ごめん!! これはたぶん志摩くんって呼ぶとお父さんと一緒だから区別しようと思って無意識に言ってて!! でも嫌だったよねごめんね!! 志摩くん呼びに戻すから、」
「……別に嫌じゃない」
「へ?」
「呼ばれるの別に良いんだ。ただ、家族以外の人に呼ばれ慣れてないから……なんつーかむず痒いっつーか。とにかく嫌じゃないから戻さなくていい」
「……あ、そう……デスカ」
えっとこれは、これからも周くんって呼んでいいってことだよね? 隣の周くんは相変わらずスマホを弄っている。その耳はほんのりと赤い。ていうかなんか甘酸っぱい空気が漂ってる気がする! 私が勝手に意識してるだけかもしれないけど!
「そ、そういえば!」
私は慌てて話題を変えた。
「井上さんのこと聞いた?」
「知らない」
「山口くんに告白したんだって」
「興味ない」
「恋人同士になったんだって」
「関係ない」
「井上さん、自分の気持ち言えるようになって良かったね」
私の問いを〝ない、ない〟とバッサリ斬っていた周くんが最後の言葉だけ「そうだな」と肯定する。
「天邪鬼も四天王に相当絞られてるみたいだからな。しばらくは動けないだろう」
「天邪鬼かぁ~。そういえば、素直じゃない人のことを天邪鬼っていうけど、本物はレベルが違うね」
「そりゃそうだろ。人間と妖怪じゃ比べ物にならない」
呆れたような視線を向けられ、私は苦笑いを浮かべる。そしてふと、思いついたことを口にした。
「天邪鬼と言えばさぁ、周くんも結構天邪鬼だよね」
「は?」
「ほら、毒舌で口悪いけど実は優しい所とかさ?」
「……別に優しくない」
「私と井上さんのこと助けてくれてありがとうね、周くん」
「俺は送還師としての仕事をしただけだ」
「ほらこういうとこ! めっちゃ天邪鬼!!」
「うるさい」
周くんが拗ねたようにそっぽを向いた。それがなんだか可愛くて、私は気付かれないようにニヤリと口元を緩めた。
天邪鬼事件から数日。待ち合わせ場所のカフェで私を見つけた春奈が待ってましたとばかりに口を開いた。
「井上さんね、ついに山口に告ったらしいよ!」
おはようより先に言われた言葉は、井上さんたちの嬉しい報告だった。
「そうなんだ! で、返事は?」
「もちろんオッケーに決まってんじゃん! 何年両片想い拗らせてると思ってんのよ!」
「ははっ、そうだよね」
「これで周りも安心だわ~。正直やっとかぁって感じだけど」
「二人とも本当に良かったね」
そう言って私が笑うと、春菜も頷いて嬉しそうに笑った。
やはりみんな、井上さんが天邪鬼に取り憑かれていた頃の記憶はないみたいだった。井上さんは本来の優しく穏やかな性格に戻り、ついに好きな人に自分の気持ちを伝える事が出来たらしい。
記憶を消したせいで山口くんの前回の告白及び彼の振り絞った勇気が無駄になってしまったのは申し訳ないけど、結果オーライだろう。
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昼休み。屋上へ続く静かな階段。あまり人の寄り付かないこの場所で、一人スマホを弄っている男子生徒に声を掛ける。
「周くん」
顔を上げた周くんの鋭い目は、なんでお前がここにいるんだとでも言いたげだ。私はそれに気付かないふりをして近付く。ふっ、ここ数日、彼の行動をこっそり調べていた甲斐があった。……言っておくがストーカーではない。私は周くんの隣に静かに座った。
「……お前さ」
「ん?」
周くんは困ったように眉間を寄せ、口をもごもごと動かす。彼にしては珍しい、実に煮え切らない態度だ。チラリと私を見てすぐに視線を逸らすと、ぼそりと小さな声で言った。
「…………名前」
「名前?」
「……宮下って俺のこと下の名前で呼ぶよな」
名前? 名前って……あれ? え? ほ、ほんとだ! 私ってばいつから周くんなんて馴れ馴れしく名前で呼んでたんだろう!? 気が付いた瞬間、ボッと音が出そうなほど顔に熱が集まった。
「ご、ご、ごめん!! これはたぶん志摩くんって呼ぶとお父さんと一緒だから区別しようと思って無意識に言ってて!! でも嫌だったよねごめんね!! 志摩くん呼びに戻すから、」
「……別に嫌じゃない」
「へ?」
「呼ばれるの別に良いんだ。ただ、家族以外の人に呼ばれ慣れてないから……なんつーかむず痒いっつーか。とにかく嫌じゃないから戻さなくていい」
「……あ、そう……デスカ」
えっとこれは、これからも周くんって呼んでいいってことだよね? 隣の周くんは相変わらずスマホを弄っている。その耳はほんのりと赤い。ていうかなんか甘酸っぱい空気が漂ってる気がする! 私が勝手に意識してるだけかもしれないけど!
「そ、そういえば!」
私は慌てて話題を変えた。
「井上さんのこと聞いた?」
「知らない」
「山口くんに告白したんだって」
「興味ない」
「恋人同士になったんだって」
「関係ない」
「井上さん、自分の気持ち言えるようになって良かったね」
私の問いを〝ない、ない〟とバッサリ斬っていた周くんが最後の言葉だけ「そうだな」と肯定する。
「天邪鬼も四天王に相当絞られてるみたいだからな。しばらくは動けないだろう」
「天邪鬼かぁ~。そういえば、素直じゃない人のことを天邪鬼っていうけど、本物はレベルが違うね」
「そりゃそうだろ。人間と妖怪じゃ比べ物にならない」
呆れたような視線を向けられ、私は苦笑いを浮かべる。そしてふと、思いついたことを口にした。
「天邪鬼と言えばさぁ、周くんも結構天邪鬼だよね」
「は?」
「ほら、毒舌で口悪いけど実は優しい所とかさ?」
「……別に優しくない」
「私と井上さんのこと助けてくれてありがとうね、周くん」
「俺は送還師としての仕事をしただけだ」
「ほらこういうとこ! めっちゃ天邪鬼!!」
「うるさい」
周くんが拗ねたようにそっぽを向いた。それがなんだか可愛くて、私は気付かれないようにニヤリと口元を緩めた。
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