紫神社の送還屋

百川凛

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1.恋心は天邪鬼

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『はい』
「あ、周くん!!」

 電話に出た周くんの名前を大きな声で叫ぶ。こないだ棗さんに強制的に周くんと連絡先を交換させられた時はどうしようかと戸惑ったけど、今となっては感謝だ。

「急に電話してごめんね!? 緊急事態なの! 周くん今どこにいる!?」
「……宮下? 俺は図書館にいるけど……とりあえず落ち着け。どうした?」

 私は周りに人がいないのを確認しつつも、声をひそめて言った。

「実はね、また天邪鬼が出たの」
「……なに?」
「私と同じ学部の井上さんって知ってる? 今度は彼女に取り憑いてるみたいで」
「井上……ああ。今噂になってる彼女か」

 どうやら山口くんと彼女の一件は予想以上に伝わっているらしい。

「今、保健室で休んでるんだけど……すごく困ってるみたいだから助けてあげてほしいの」
「わかった。天邪鬼は見つけ次第送還させる。すぐ行くから待ってろ」
「……うん。ありがとう」

 スマホを握りしめたまましばらく待っていると、向こうから走ってくる足音が聞こえてきた。

「宮下!」
「……周くん」

 現れた周くんは私の前に立つと息を整えながら言った。

「井上の状態は?」
「混乱気味だったけど今は眠ってる。天邪鬼の状態が落ち着いた時ちょっと話が出来たんだけど、すごく悩んでるっていうか、苦しんでて……」
「そうか」

 私はぎゅっと唇を噛む。

 言いたい事が言えないつらさ。得体の知れない恐怖。次は何を言ってしまうんだろう、誰を傷付けてしまうんだろうと夜も眠れないほど悩んでいた日々。角の生えた小さな鬼の下品な笑い声。井上さんの涙。それら全部が、たいした広さもない脳内をぐるぐると回っている。私は思わず俯いた。リノリウムの床がゆらゆらとぼやけて見える。

「宮下?」
「……私の……せいだ」

 その水滴は重力に従って硬い床へと落ちていく。

「み、宮下!?」
「あの時私が天邪鬼に同情なんてしたから……何のお咎めもなしに元の世界に還しちゃったから……だから井上さんがこんな目にあっちゃったんだ」

 そうだ。今回の件は間違いなく私が悪い。あの時、周くんの言う通りにしていれば。そしたら天邪鬼はこっちの世界に来なかったかもしれない。井上さんに取り憑かなかったかもしれない。

「いや、お前のせいじゃない。アイツらはどんな罰を受けてもまた繰り返す。そういう生き物なんだから」
「でも、」
「お前は何も気にしなくていい。大丈夫だ。井上に取り憑いた天邪鬼は俺がちゃんと送還もどすから」
「ぐすっ……あまでぐん」
「ほら、分かったら泣き止め。ものすごく酷い顔だぞ」

 ぽんと頭に置かれた周くんの手は辛辣な言葉とは裏腹にじんわりと優しかった。鼻をすすって涙を拭っていると、保健室のドアがガラリと開く。出てきたのは、青白い顔をした井上さんだった。

「い、井上さん!?」

 驚いた拍子に涙は引っ込んだ。私は慌てて駆け寄る。

「大丈夫? 調子はどう?」

 井上さんはチラリと私たちを見て顔をしかめると、逃げるように走り出した。

「えっ!?」
「行くぞ!」
「え、あ、待って!」

 呆然としている場合じゃない。彼女を追って先に走り出した周くんに遅れること数秒、ハッと我にかえって慌てて足を動かす。
 学内に残っている学生がそんな私たちを見て何事かと振り返るが、今はそんな事気にしている余裕はまったくない。井上さんは中庭付近でようやく立ち止まると、私たちと向き合った。その目にはうっすらと涙が浮かんでいて、口元を押さえながらふるふると必死に首を振る。

「井上さん?」

 声を掛けた瞬間だった。

「キャーーーー! 誰かっ!! 助けてぇーー!!」

 井上さんが大声で叫んだ。たぶん、いや、確実に天邪鬼の仕業だ。その証拠に彼女の顔は可哀想なほど真っ青になっている。彼女の叫び声を聞いた学生や先生が「なんだ?」「どうした?」と集まってきた。

「チッ。こうも人が多いと安易に送還出来ない。アイツ無駄に悪足掻きしやがって」

 周くんは悔しそうに舌打ちをした。

「やっぱり人前で送還するのはダメなの?」
「出来ない事もないが……こっちにも色々ルールがあるんだよ。それに、人の記憶を操作するにはそれなりの力も必要だしな」

 なるほど。天邪鬼はそれを知ってたからわざと人を集めたのか。自分が送還されないように大声を上げて。う~ん、姑息な。

「……宮下、お守り持ってるか?」
「うん。持ち歩くようにしてるけど」
「親父から渡された鈴もあるか?」
「うん、持ってるよ」
「じゃあその鈴を彼女に渡してそのまま人目のつかない場所に誘導してくれないか? お守りの効力で奴の力は鈍るからお前に危害は及ばない。大丈夫だ」
「わかった、やってみる!」

 音が鳴らないようにハンカチにくるんでいた鈴のお守りを取り出すと、私はなんとか井上さんに近付く。歩くたびリーンリーンと澄んだ音が鳴った。

「どどどどうしたの井上さん、大丈夫!?」

 言いながら彼女のポケットに鈴のついたお守りを忍ばせる。井上さんは一瞬びくりと肩を跳ねさせたが逃げるような動きは見せず、助けを乞うように潤んだ瞳でこっちを見ていた。

「えっ!? あっ、怪我したの!? そそそそっか、だからパニックになって叫んじゃったんだね! でも大丈夫だよ! 今すぐ私と保健室に行こっか! うん! あ、皆さんすみませーんちょっと退いて下さーい!」

 主演女優賞には程遠い大根演技だけど、なんとか井上さんを連れ出すことに成功した。お守りの効果なのか確かに天邪鬼は表に出て来れないらしく、逃げる素振りも見せないしニセモノの言葉も聞こえない。

 私は井上さんを引っ張りながら人のいない方へと突き進む。近くにあった進路指導室のドアを開けると素早く中へ入った。周くんにメッセージを送り、その到着を待つ。井上さんは焦ったように口を開いた。

「ごめんなさい宮下さん。急に体が勝手に動いて保健室から逃げ出してしまったの。それにあの大声はわたしじゃない! 信じて!」
「大丈夫だよ井上さん。気持ちは分かるから」
「宮下さんは、なんで……」

 井上さんの疑問に、私は苦笑い混じりで答える。

「……私もね、同じような状態になったことがあるの」
「み、宮下さんも?」
「うん。すごくつらかったけど、周くんが治してくれたの。だから井上さんもすぐに治るよ」

 進路指導室のドアがガチャリと開き、肩で息をしながら周くんが入って来た。
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