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1.恋心は天邪鬼
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「ま、待って!」
私は一気に駆け出し、彼の着ていたグレージュのオープンカラーシャツをぐっと引っ張った。動きを封じられた彼はめんどくさそうに振り返る。その顔はやはりしかめっ面で不機嫌そうだった。
「……なに?」
「あの、昨日は助けてくれてありがとうございました! すぐお礼を言いたかったんだけど気付いたら家に居て言えなくて……今日もあなたの事探そうとしたんだけど手掛かりがなくて困ってたの。会えて良かった!」
私がそう言うと、切れ長の目が驚いたように見開かれた。
「お前……俺のこと覚えてるのか?」
「え? う、うん。あれ? あなた昨日私の事助けてくれたよね? えっと、ほら、天邪鬼を妖怪の世界に還すとかなんとか言って、黒い穴とか白い狐とかがこう、わちゃわちゃして……」
「そこまで覚えてるのか……変だな」
彼は顎に手を当てると怪訝そうにぶつぶつと独り言を呟いた。
「……まさかあの時に耐性がついたのか? いや、そんなはずはない……。術のかけかたが甘かったのか……それとも……」
いまだにぶつぶつと独り言を呟く彼をじっと見つめていると、私の視線に気付いた彼はむっとしたように口を開く。
「つーかお前。なんでここにいるんだよ」
「え? えっと、私昔からよくここに参拝に来てるの。天邪鬼に取り憑かれて悩んでた時もここでちょっと相談してたんだ。で、今日は問題が解決したからそのお礼と報告に……」
「ふーん。神社にお礼に来るなんて、お前ちょっと変わってるな」
いや、あなたの方が変わってると思うけど、という言葉はなんとか飲み込んだ。
「ていうかあなたこそなんでここに?」
私の質問に彼はサラリと答えた。
「俺ん家だから」
「え?」
「この神社、うちの父親が宮司なんだよ」
「ええっ!?」
宮司さん!! ……なるほど。神社の家系なら昨日の出来事もなんとなく納得出来る。妖怪とか呪文とか詳しそうだし。ただのイメージだけど。
「そっか。神社の家系だから昨日みたいな事出来たんだ」
「いや。別に神社の人間が全員あんなこと出来るわけじゃない。うちの神社はちょっと特殊なんだ」
特殊ってどんな、と続けようとした私の疑問は別の誰かの声にかき消された。
「周?」
声のした方へ顔を向けると、紫色の袴を穿いた男の人が立っていた。凛とした気品のある佇まいだが、たれ目でなんとなく優しそうな雰囲気だ。
「帰ってたのかい? ……おや?」
その優しそうなたれ目が私の姿を捉える。
「おおっ! 可愛い女の子がいる! 学生さん? 周と同じ大学? なに? もしかして彼じ、」
「違う」
おそらく〝彼女〟と続いたであろう言葉に、食い気味の全否定。……なんだろうこの敗北感。確かに私は彼女じゃないけどさ、そんな光の速さで否定することなくない?
「照れなくていいのに~」
「照れてない。それよりコイツ、うちの貴重な参拝客なんだってさ」
「え? そうなの?」
まん丸いたれ目と視線がぶつかる。イケメンに見つめられた驚きで肩に掛けていた鞄をぎゅっと握ると、その衝撃にお守りが小さく揺れた。
「ああ……なるほど」
彼はこちらを見たまま優しそうなたれ目をスッと細めると、何やら意味深に呟いた。そしてにっこりと春の日差しのような笑顔を浮かべ、口を開く。
「周がいつもお世話になってます。父の志摩棗です」
「えええっ!?」
お、お父さん!? あまりの衝撃に開いた口が塞がらない。だって若い。若すぎる。普通に二十代かと思ったんだけど!? ……ん? ていうか周? 周って言った? しかも志摩? うそっ、まさか!!
「あ、あなた志摩周!?」
「は? そうだけど」
「ええええええ!?」
私は驚いて彼の顔をガン見する。う、うわ~、この人マジで志摩周くんだったよ。春奈のイケメン情報やっばい、ハンパねぇ。志摩くんの眉間にぐっとシワが寄せられる。
「……なんだよ」
「あ、いやごめん! ちょっとビックリしたっていうか感心したっていうか、悪気はないのほんとごめん!」
私はぶんぶんと首と両手を横に振る。彼の眉間にはさっきより深いシワが寄せられた。
「ふふっ、君は面白い子だね。ねぇ、こんなところで立ち話もなんだからさ、中に入らない?」
「え、中って神社の中ですか?」
「うん、そう。君が鞄に付けてるお守り。それうちのお守りだろう? 随分使われてきたみたいだね。効力が切れかけている」
「え?」
「よく効く新しいのをあげるからほら、行こう。周も。荷物を置いたら拝殿に来なね」
飴玉ひとつで幼女を連れ去る誘拐犯のような台詞を吐きながら、志摩くんのお父さんは私の腕を引いてどんどん歩き出した。
私は一気に駆け出し、彼の着ていたグレージュのオープンカラーシャツをぐっと引っ張った。動きを封じられた彼はめんどくさそうに振り返る。その顔はやはりしかめっ面で不機嫌そうだった。
「……なに?」
「あの、昨日は助けてくれてありがとうございました! すぐお礼を言いたかったんだけど気付いたら家に居て言えなくて……今日もあなたの事探そうとしたんだけど手掛かりがなくて困ってたの。会えて良かった!」
私がそう言うと、切れ長の目が驚いたように見開かれた。
「お前……俺のこと覚えてるのか?」
「え? う、うん。あれ? あなた昨日私の事助けてくれたよね? えっと、ほら、天邪鬼を妖怪の世界に還すとかなんとか言って、黒い穴とか白い狐とかがこう、わちゃわちゃして……」
「そこまで覚えてるのか……変だな」
彼は顎に手を当てると怪訝そうにぶつぶつと独り言を呟いた。
「……まさかあの時に耐性がついたのか? いや、そんなはずはない……。術のかけかたが甘かったのか……それとも……」
いまだにぶつぶつと独り言を呟く彼をじっと見つめていると、私の視線に気付いた彼はむっとしたように口を開く。
「つーかお前。なんでここにいるんだよ」
「え? えっと、私昔からよくここに参拝に来てるの。天邪鬼に取り憑かれて悩んでた時もここでちょっと相談してたんだ。で、今日は問題が解決したからそのお礼と報告に……」
「ふーん。神社にお礼に来るなんて、お前ちょっと変わってるな」
いや、あなたの方が変わってると思うけど、という言葉はなんとか飲み込んだ。
「ていうかあなたこそなんでここに?」
私の質問に彼はサラリと答えた。
「俺ん家だから」
「え?」
「この神社、うちの父親が宮司なんだよ」
「ええっ!?」
宮司さん!! ……なるほど。神社の家系なら昨日の出来事もなんとなく納得出来る。妖怪とか呪文とか詳しそうだし。ただのイメージだけど。
「そっか。神社の家系だから昨日みたいな事出来たんだ」
「いや。別に神社の人間が全員あんなこと出来るわけじゃない。うちの神社はちょっと特殊なんだ」
特殊ってどんな、と続けようとした私の疑問は別の誰かの声にかき消された。
「周?」
声のした方へ顔を向けると、紫色の袴を穿いた男の人が立っていた。凛とした気品のある佇まいだが、たれ目でなんとなく優しそうな雰囲気だ。
「帰ってたのかい? ……おや?」
その優しそうなたれ目が私の姿を捉える。
「おおっ! 可愛い女の子がいる! 学生さん? 周と同じ大学? なに? もしかして彼じ、」
「違う」
おそらく〝彼女〟と続いたであろう言葉に、食い気味の全否定。……なんだろうこの敗北感。確かに私は彼女じゃないけどさ、そんな光の速さで否定することなくない?
「照れなくていいのに~」
「照れてない。それよりコイツ、うちの貴重な参拝客なんだってさ」
「え? そうなの?」
まん丸いたれ目と視線がぶつかる。イケメンに見つめられた驚きで肩に掛けていた鞄をぎゅっと握ると、その衝撃にお守りが小さく揺れた。
「ああ……なるほど」
彼はこちらを見たまま優しそうなたれ目をスッと細めると、何やら意味深に呟いた。そしてにっこりと春の日差しのような笑顔を浮かべ、口を開く。
「周がいつもお世話になってます。父の志摩棗です」
「えええっ!?」
お、お父さん!? あまりの衝撃に開いた口が塞がらない。だって若い。若すぎる。普通に二十代かと思ったんだけど!? ……ん? ていうか周? 周って言った? しかも志摩? うそっ、まさか!!
「あ、あなた志摩周!?」
「は? そうだけど」
「ええええええ!?」
私は驚いて彼の顔をガン見する。う、うわ~、この人マジで志摩周くんだったよ。春奈のイケメン情報やっばい、ハンパねぇ。志摩くんの眉間にぐっとシワが寄せられる。
「……なんだよ」
「あ、いやごめん! ちょっとビックリしたっていうか感心したっていうか、悪気はないのほんとごめん!」
私はぶんぶんと首と両手を横に振る。彼の眉間にはさっきより深いシワが寄せられた。
「ふふっ、君は面白い子だね。ねぇ、こんなところで立ち話もなんだからさ、中に入らない?」
「え、中って神社の中ですか?」
「うん、そう。君が鞄に付けてるお守り。それうちのお守りだろう? 随分使われてきたみたいだね。効力が切れかけている」
「え?」
「よく効く新しいのをあげるからほら、行こう。周も。荷物を置いたら拝殿に来なね」
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