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プロローグ
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「うるせぇな! オレは天下の赤鬼様だぞ!? 鬼が人を襲って何が悪いっつーんだよ! 人間如きが指図すんじゃねぇ!!」
「でも、違反は違反ですから」
「だいたいオレ達は協定に同意なんかしてねぇよ! あんなもんは無効だ、無効!!」
「はいはい。文句は戻ってから言いなさいね」
男は右手の人差し指と中指の二本を顔の前に立てると、目を閉じて口を開いた。
「我、導く者なり。この世ならざる赤鬼よ、己の在るべき世界へ戻りたまえ。……還っ!!」
呪文のような言葉を唱えると、目の前の空間が突然ぐにゃりと歪んだ。同時に、黒い穴のようなものが渦を巻きながら浮き出て来た。それは赤鬼の体を掃除機のように吸い込んでいく。
赤鬼は抵抗しようとするが、動きを封じられているせいで力が入らないようだった。綱引きの劣勢チームのようにずるずると引っ張られ、あっという間に体の半分が穴に吸い込まれていた。男は冷めた目でその様子を見ている。
「クッソ! テメェ……覚えてろよ! この腹立たしい送還屋めぇぇ!!」
血を這うような低い叫び声を残して、赤鬼は黒い穴の中にすっぽりと吸い込まれてしまった。同時に黒い穴もきれいさっぱり消え、歪んでいた空間もすっかり元通りになっている。赤鬼の姿ももちろんない。残されたのは幼い少女と、装束姿の男だけだった。少女は大きく見開かれた目でパチパチと瞬きを繰り返す。……今のは、なに?
「さてと。可愛いお嬢ちゃん」
男は少女に手を差し伸べる。ためらいながらも、少女はその手を取って立ち上がった。足はまだ震えていた。
「怪我はないかい?」
「……うん」
「よく頑張ったね。えらい、えらい」
ふわりと頭をなでられる。男の手のひらはじんわりと温かくて、少女の目からは大粒の涙がぼろぼろとこぼれ落ちた。
「いいかい? 今見た事はぜんぶ忘れるんだ」
「……わすれる?」
「そう。赤鬼に追いかけられたことも、ここで私に会ったことも、ぜんぶ忘れるんだ。怖いことを思い出すのは嫌だろう?」
「……うん。でも、」
「忘れた方がお嬢ちゃんのためなんだよ。いいね?」
少女は小さく頷いた。それを見て男は少女の頭をもう一度なでると、懐から竹で作られた水筒を取り出した。
「さぁ、これを飲んで。中身はただの水だから大丈夫。少し落ち着こう」
少女は竹筒を受け取ると、言われた通りこくりと一口だけ飲んだ。
次の瞬間、少女は意識が途切れたかのように前に倒れ込む。男はその小さな体を受け止め、さっきまで楽しげに遊んでいた公園に少女を運んだ。ベンチにそっと座らせると、少女の頬に残る涙をそっと指で拭う。
「もう大丈夫だからね。……安心しておやすみ」
そう一言告げると、男はくるりと振り返った。
「知らせてくれてありがとう。助かったよ」
振り返った先には、少女と同じくらいの年ごろの小さな男の子が立っていた。ぐっと拳をにぎって、悔しそうな、でもどこか安心したような表情で男を見上げている。
「……こんどは、おれが助けるからな」
男は優しい笑みを浮かべると、少年の手を取って歩き出す。
十月も終わりに近付いた、夕暮れ時の出来事だった。
「でも、違反は違反ですから」
「だいたいオレ達は協定に同意なんかしてねぇよ! あんなもんは無効だ、無効!!」
「はいはい。文句は戻ってから言いなさいね」
男は右手の人差し指と中指の二本を顔の前に立てると、目を閉じて口を開いた。
「我、導く者なり。この世ならざる赤鬼よ、己の在るべき世界へ戻りたまえ。……還っ!!」
呪文のような言葉を唱えると、目の前の空間が突然ぐにゃりと歪んだ。同時に、黒い穴のようなものが渦を巻きながら浮き出て来た。それは赤鬼の体を掃除機のように吸い込んでいく。
赤鬼は抵抗しようとするが、動きを封じられているせいで力が入らないようだった。綱引きの劣勢チームのようにずるずると引っ張られ、あっという間に体の半分が穴に吸い込まれていた。男は冷めた目でその様子を見ている。
「クッソ! テメェ……覚えてろよ! この腹立たしい送還屋めぇぇ!!」
血を這うような低い叫び声を残して、赤鬼は黒い穴の中にすっぽりと吸い込まれてしまった。同時に黒い穴もきれいさっぱり消え、歪んでいた空間もすっかり元通りになっている。赤鬼の姿ももちろんない。残されたのは幼い少女と、装束姿の男だけだった。少女は大きく見開かれた目でパチパチと瞬きを繰り返す。……今のは、なに?
「さてと。可愛いお嬢ちゃん」
男は少女に手を差し伸べる。ためらいながらも、少女はその手を取って立ち上がった。足はまだ震えていた。
「怪我はないかい?」
「……うん」
「よく頑張ったね。えらい、えらい」
ふわりと頭をなでられる。男の手のひらはじんわりと温かくて、少女の目からは大粒の涙がぼろぼろとこぼれ落ちた。
「いいかい? 今見た事はぜんぶ忘れるんだ」
「……わすれる?」
「そう。赤鬼に追いかけられたことも、ここで私に会ったことも、ぜんぶ忘れるんだ。怖いことを思い出すのは嫌だろう?」
「……うん。でも、」
「忘れた方がお嬢ちゃんのためなんだよ。いいね?」
少女は小さく頷いた。それを見て男は少女の頭をもう一度なでると、懐から竹で作られた水筒を取り出した。
「さぁ、これを飲んで。中身はただの水だから大丈夫。少し落ち着こう」
少女は竹筒を受け取ると、言われた通りこくりと一口だけ飲んだ。
次の瞬間、少女は意識が途切れたかのように前に倒れ込む。男はその小さな体を受け止め、さっきまで楽しげに遊んでいた公園に少女を運んだ。ベンチにそっと座らせると、少女の頬に残る涙をそっと指で拭う。
「もう大丈夫だからね。……安心しておやすみ」
そう一言告げると、男はくるりと振り返った。
「知らせてくれてありがとう。助かったよ」
振り返った先には、少女と同じくらいの年ごろの小さな男の子が立っていた。ぐっと拳をにぎって、悔しそうな、でもどこか安心したような表情で男を見上げている。
「……こんどは、おれが助けるからな」
男は優しい笑みを浮かべると、少年の手を取って歩き出す。
十月も終わりに近付いた、夕暮れ時の出来事だった。
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