縁の下の能力持ち英雄譚

瀬戸星都

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0039.秘策

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「そういうことか」

 リッカは額に汗をにじませた。

 白大狼が攻撃を仕掛け黒大狼が受け止める。その隙をぬって追撃するが全く刃が通らない。むしろ自分の武器の方が負けて刃毀れしている。これでどうやって勝てというのか。不公平過ぎる。

 黒大狼の反撃に白大狼が防御しているにもかかわらず弾き飛ばされた。

 力も規格外だ。まともに食らえば自分など一撃でやられるだろう。

 もう何度も同じやりとりを続けているが白大狼の体力も限界が近い。このままではーー。

 そんなときだった。


 グゥオオオオオ!


 初めて黒大狼から苦悶の声が漏れた。

 何が起こった?

「おお、確かにこれは効いてるな」

 そこには氷をまとった刀を構える相棒の姿があった。



 ーー時は少し遡る。

「ヤマトの武器に能力を?」

「そうだ。でも直接じゃない。俺の能力を経由させる」

 ミラやフィーナは理解が追いついていないようだ。少し唐突すぎたか。

「貴方の能力って……熱を下げるだけ…‥ではないわよね。さっきフィーナの氷も同時に治した。そう、私の熱と相殺させるかのように」

 ミラの推察力に感心した。瀕死の状態から治って間もないのに冴えている。時間はないが少しだけ説明することにした。

「そのとおりだ。俺の能力は調和。以前はミラの熱を奪って自分の中で緩和していたんだ。最初に森で会ったときには慣れていなくて倒れてしまったけど、この間はある程度熱の流れを制御できた」

 最初に黒狼と戦ったときのことだ。二人は黙って真剣に聞き入っている。

「そして今回、ミラの熱を自分に流すのと同時にフィーナの冷気も自分に流せば負担なく緩和できるんじゃないかと思った。結果は実感しているとおり。単なる思いつきだったけど、やればできるもんだな」

「非常識なのはわかったわ。もっと詳しく聞きたいところだけどそんな余裕はなさそうね。次は何をするつもり?」

 驚き呆れたようにミラが促す。

「ミラやフィーナは炎の矢や氷の剣を人に渡したらどうなると思う? そのまま使えるのか?」

「やったことはないけど……恐らく無理ね」

「俺も同意見だ。ここからは想像だがミラやフィーナの能力は常に武器に供給されているのだと思う。それは逆に武器からは熱や冷気が常に放出していることになる」

 熱いものはいつか冷める。つまりごく自然的な熱の拡散運動だ。

「そんなふうに考えたことはなかったです」

 フィーナが関心したように漏らす。

「俺の調和の力の一つは拡散係数……つまりその拡散する速さを制御できることじゃないかと思っている」

 ミラの熱を緩和させたときにその速さを自分で制御できた感覚。おそらく調和の力の本質は平衡状態になるまでを制御できることなのだろうと踏んでいた。魔物化解除については物理で説明できる気はしないけれど。

「言葉はよくわからないけど、とにかく熱や冷気の流れを好きなようにできるということかしら」

 ミラの理解に頷いて返す。

「そうだ。具体的に言おう。ミラから熱、あるいはフィーナから冷気をもらい、俺はそれを武器に供給して放出を極力抑える。放出するのは攻撃の瞬間だけ。攻撃しないときは熱や冷気を武器に閉じ込め溜めておくわけだ。この方法なら無駄に放出することがないから能力を供給し続ける必要もない。俺もミラやフィーナと同じ攻撃ができるようになるはずだ」

「……!!」

 二人もやろうとしていることは理解できたようだ。あくまで理論的に可能というだけで実際にできるかどうかはわからなかったが、黒大狼に通じる攻撃が二人の能力しか無い限りこの方法をとるしかない。

「時間がない。先にフィーナから試させてくれ。そしてミラには……」

 あえて言わなかったが、調和の力を維持し続ける代償については出たとこ勝負だな。

 そんな事を考えながら二人に指示を続けるのだった。



 そして今に至る。

 黒大狼は一歩退いてヤマトを睨みつけていた。改めて敵と認識したのだろう。

「いくぞ」

 そう言ってヤマトは追撃する。

 黒大狼はヤマトの攻撃を躱して反撃するが、ヤマトはその攻撃をうまく受流し再びを攻撃を仕掛ける。お互い先を読みあっているようだ。武器が通用するようになっただけでなく、ヤマト自身の技量も上がっている。

 リッカは目覚ましく成長していくヤマトを目の当たりにし、しばし呆然としていた。

 初めはただの世間知らずのお人好しだったはずなのに、今やこの国の最高戦力でもある二人でも敵わなかった相手と対等に戦っている。魔物化を解除する術をもっているだけでなく、理屈はわからないが今度は氷の剣を振るっている。いつも想像の上をいく。規格外だ。

 そんなヤマトの戦いを見ていると、ふと英雄という称号を思い出した。

 ヤマトなら何とかしてくれそうな気がする。そう思わせるのは英雄の素質の一つではないだろうか。

 いつか私にはついていけない存在になってしまうのだろうか。それは少し寂しいな。

 当の本人はそんな気もしらずに、ぶつぶつとなにか呟いているけれど。まったく。


 ひとまず作戦は成功だ。調和の力の負担もそう大きくない。

 黒大狼の警戒も完全に自分に向いたところで、ここからが正念場だな。

 それにしてもなぜ能力の攻撃なら通じるのだろうか。炎や冷気に温度以外の何かがある? 一瞬、魔法という言葉が思い浮かぶ。起きてる現象からすると既に魔法のようなもので呼び方だけの問題な気もするが。打撃や目に見える物理現象以外の何かの要素が含まれているのだろうか。もしかしたら魔物化していることも関係しているのかもしれない。

 そんな思考を巡らせならがら一進一退の攻防を繰り返す。

 「っ!」

 黒大狼の予備動作を見切り、間合いをとって右脚のなぎ払いを躱した。悪くない感触だ。白大狼との鍛錬の成果が活きている。攻撃も届く。これならやれる。もはや相棒とも言える愛刀の柄をしっかりと握り直した。そんなときだった。


 「グフ、ヤルナ」


 聞き慣れない声を発したのは眼前の黒大狼だった。

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