36 / 51
0035.再燃
しおりを挟む「なんて数だ…」
近くの物陰に身を隠し状況を観察する。黒狼達はリッカ達を囲むように五十匹はいる。リッカの母は丸腰で戦闘経験はなさそうだ。守りながら戦うとなると一段と難しくなるだろう。状況はかなり悪い。唯一の救いはリッカ達が壁を背にしていることだ。逃げ道はない代わりに背後からの攻撃を気にしなくていい。
リッカは小刀を両手に黒狼を牽制していた。まさに一触即発。前に出たものは容赦なく斬って捨てると言わんばかりだ。確かにこの数では不殺に魔物化を解くのは難しいかもしれない。リッカの二刀流への感動はこの状況のインパクトに消されてしまった。せめてさっきの白狼達を連れてくればよかったと悔やまれる。
位置関係からすると自分は一部の黒狼の背後を取っている形だ。人数さえいればうまく挟み撃ちにできるところだが、一人では全く意味を成さないだろう。
しかし、やるしかない。まずは少しでも注意をひいて数を減らす。よし、いくぞ。
「リッカ!!」
わざと声を出して注意をひいた。
速度を上げて接近し最も近くにいた黒狼に攻撃を仕掛ける。この後に及んでと言われるかもしれないが峰打だ。黒狼たちが密集していたお陰で満足に動けなかったのか攻撃は黒狼を捉えることができた。
これまでの経験上おそらく核は腹部だ。黒狼が怯んだ隙に体当たりで突き飛ばすと、一瞬腹部に紅い輝きが見えた。半ば強引に腹を弄ると、わずかな違和感とともに核が地面に転がった。次いで頭痛が襲った。
今の感覚は……。
時を同じくしてリッカも攻撃に転じていた。
ヤマトの声が聞こえた瞬間に黒狼の注意が逸れたのを見逃さなかった。正面の黒狼に斬りかかって傷を負わせるとすぐに元の位置に戻り再び攻撃に備えた。ヒットアンドアウェイだ。リッカの母を守ることを考えるとおそらくこれが最善だ。
しかし、攻撃を仕掛けたのをきっかけに他の黒狼が攻撃を仕掛けてきた。リッカは一方の小刀で攻撃を防ぐと同時にもう一方の小刀で相手に一太刀浴びせる。防御してから攻撃に移る一連の動作が流れるように熟練されていた。
緊迫する状況だが、心は冷静だった。相手の動きも良く見えているし息も上がっていない。白狼達との鍛錬が活きている。以前の自分だったらパニックになって闇雲に突撃して終わっていただろう。
止めていた呼吸をゆっくりと吐き出すと、リッカは驚いた表情をした母と目が合った。
「少しは心配が減った?」
リッカは母からの返事を待たずにまた黒狼達へと小刀を構えた。
奇襲は成功したが一匹目の戦闘が終わるころにはすでに黒狼たちが態勢を立て直していた。
リッカの方も始まったようだな。
黒狼達でできた壁の向こうでも戦闘が始まったようだ。リッカのところまでたどり着くには目の前の黒狼たちを何とかする他はない。その間持ち堪えてくれよ。
自分も油断すると一気にやられてしまうだろう。一瞬たりとも気を抜ける状況ではないが、気になるのはさっきの感覚だ。それに覚えのある頭痛。
間違いない。
自分の最初の能力である念動力を使った代償だ。
念動力は自分で手を触れなくても念じるだけで物を動かせる能力だ。
状況から一つの仮説が浮かび上がる。
「もしかすると念動力と調和の能力は同時に使えるのか」
黒狼の腹を弄ったときにはっきりと核を掴んだ感触は無かったのに外れた核と同時に襲ってきた頭痛。核の位置は一瞬見えて概ねわかっていたし、核を外そうとも考えていた。状況証拠としては揃っている。
つまりだ。核の位置さえ分かれば触れる必要がない。
そうなれば戦術も戦略また変わる。
もっとも動かす物や距離、回数によって頭痛も大きくなるという代償があるためどこまで耐えれるかは定かではないがこれを使いこなせればこれは大きな武器になることは間違いない。こんな状況ながら笑みが溢れてしまった。我ながら悪い顔をしてそうだ。
「実験させてもらうぜ」
そこからは無駄に攻めず、時には防御に徹して黒狼の核の場所を見つけることを優先させた。
代償を最低限にするために出来るだけ接近して能力を使う。数匹を相手にしたところで特に相手に触れた状態だと代償が大幅に小さいことがわかった。
次第に念じるタイミングにも慣れ半分ほどの黒狼の魔物化を解除したときだった。
「くっ……」
頭痛だけでなく、もやっとした何かが体を蝕んだような感触に思わず膝をついてしまう。
嫌な感じだった。流石に能力を使い過ぎたか。
これでも白狼達との鍛錬でかなり体力がついていたのだろう。能力に気づいた頃とは段違いに持ち堪えられた。
しかし問題はリッカの方だ。まだ半分は黒狼が残っているうえに状況がかなり悪そうだ。
「何か、何か手はーー」
「いつっ……!」
黒狼の爪がリッカの腕を掠め血が流れ出していた。
「ちょっとマズイかも……」
黒狼の後方で、どんどん数を減らしていく頼もしいヤマトが見えていたがその流れがぴたりと止まった。無言でやられることはないと思うが何かあったのだろうか。
ここまで大きく動かずに黒狼達を牽制するような攻撃ばかり続けていたが、その分攻撃も浅く、手負いではあるものの黒狼の数は一向に減っていなかった。完全に殺すことを選べば少しは楽かもしれないが自分を成長させてくれた白狼達の仲間だと思うと非情になれなかった。
しかし遂に恐れていた事態が起こった。
「……くっ!」
一匹の黒狼が隙をみて、リッカの母の方へ攻撃を仕掛けたのだ。
もちろんその可能性は初めから頭に入れていたし、最も注意していたことだった。
リッカは即座に反応し母との間に割って入ると黒狼の攻撃を防いだ。
「へっ、そうはさせるかっての」
「リッカ!」
母親の声が飛ぶ。ほぼ同時に次の一匹がリッカを目掛けて攻撃を仕掛けてきた。
「連続攻撃かっ!」
リッカは慌てずに空いたもう一方の小刀で防いだ。
しかし、さらに次の瞬間、もう一匹が攻撃を仕掛けてきた。
ーーさ、三連撃っ!?
慌てて一匹目を振り剥がそうとするが、小刀をガッチリと噛みつかれていて離れない。
ーーまずいっ!
まさに黒狼が無防備な状態になったリッカに襲いかかるその瞬間がゆっくりと見えていた。
しかし自分からは距離が遠く、能力も使い過ぎて念動力も発動できない。
「リッカぁ!!」
叫ぶことしかできなかった。
一瞬、世界が静止したようだった。
次の瞬間、目にした光景は想像と異なっていた。
リッカへと襲いかかる黒狼との動線上に一本、見覚えのある剣が突き刺さっていた。
次の瞬間、勢いよく走ってきた黒狼は思わず急ブレーキをかけて方向を変えた。呆気にとられたのは黒狼たちも同じだったのか、両の小刀を抑えられていたリッカはあっけなく解放された。
全員が剣の飛んできた方向を見上げると、壁のさらに上ーーリッカの家の窓から一人の青年が身を乗り出していた。青年は身軽に窓から屋根をつたって壁の上に飛び移ると地面に降り立ち、刺さった剣を引き抜き片手で背に担いだ。
「人の妹に手を出すとはいい度胸だ」
「お、……お兄ちゃん……」
まだそこにいるのが信じられないかのように大きく目を見開いたリッカから自然と声が漏れた。
0
お気に入りに追加
84
あなたにおすすめの小説
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

異世界転移しましたが、面倒事に巻き込まれそうな予感しかしないので早めに逃げ出す事にします。
sou
ファンタジー
蕪木高等学校3年1組の生徒40名は突如眩い光に包まれた。
目が覚めた彼らは異世界転移し見知らぬ国、リスランダ王国へと転移していたのだ。
「勇者たちよ…この国を救ってくれ…えっ!一人いなくなった?どこに?」
これは、面倒事を予感した主人公がいち早く逃げ出し、平穏な暮らしを目指す物語。
なろう、カクヨムにも同作を投稿しています。
セクスカリバーをヌキました!
桂
ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。
国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。
ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

貧弱の英雄
カタナヅキ
ファンタジー
この世界では誰もが生まれた時から「異能」と「レベル」呼ばれる能力を身に付けており、人々はレベルを上げて自分の能力を磨き、それに適した職業に就くのが当たり前だった。しかし、山奥で捨てられていたところを狩人に拾われ、後に「ナイ」と名付けられた少年は「貧弱」という異能の中でも異質な能力を身に付けていた。
貧弱の能力の効果は日付が変更される度に強制的にレベルがリセットされてしまい、生まれた時からナイは「レベル1」だった。どれだけ努力してレベルを上げようと日付変わる度にレベル1に戻ってしまい、レベルで上がった分の能力が低下してしまう。
自分の貧弱の技能に悲観する彼だったが、ある時にレベルを上昇させるときに身に付ける「SP」の存在を知る。これを使用すれば「技能」と呼ばれる様々な技術を身に付ける事を知り、レベルが毎日のようにリセットされる事を逆に利用して彼はSPを溜めて数々の技能を身に付け、落ちこぼれと呼んだ者達を見返すため、底辺から成り上がる――
※修正要請のコメントは対処後に削除します。

エリクサーは不老不死の薬ではありません。~完成したエリクサーのせいで追放されましたが、隣国で色々助けてたら聖人に……ただの草使いですよ~
シロ鼬
ファンタジー
エリクサー……それは生命あるものすべてを癒し、治す薬――そう、それだけだ。
主人公、リッツはスキル『草』と持ち前の知識でついにエリクサーを完成させるが、なぜか王様に偽物と判断されてしまう。
追放され行く当てもなくなったリッツは、とりあえず大好きな草を集めていると怪我をした神獣の子に出会う。
さらには倒れた少女と出会い、疫病が発生したという隣国へ向かった。
疫病? これ飲めば治りますよ?
これは自前の薬とエリクサーを使い、聖人と呼ばれてしまった男の物語。

ブラックギルドマスターへ、社畜以下の道具として扱ってくれてあざーす!お陰で転職した俺は初日にSランクハンターに成り上がりました!
仁徳
ファンタジー
あらすじ
リュシアン・プライムはブラックハンターギルドの一員だった。
彼はギルドマスターやギルド仲間から、常人ではこなせない量の依頼を押し付けられていたが、夜遅くまで働くことで全ての依頼を一日で終わらせていた。
ある日、リュシアンは仲間の罠に嵌められ、依頼を終わらせることができなかった。その一度の失敗をきっかけに、ギルドマスターから無能ハンターの烙印を押され、クビになる。
途方に暮れていると、モンスターに襲われている女性を彼は見つけてしまう。
ハンターとして襲われている人を見過ごせないリュシアンは、モンスターから女性を守った。
彼は助けた女性が、隣町にあるハンターギルドのギルドマスターであることを知る。
リュシアンの才能に目をつけたギルドマスターは、彼をスカウトした。
一方ブラックギルドでは、リュシアンがいないことで依頼達成の効率が悪くなり、依頼は溜まっていく一方だった。ついにブラックギルドは町の住民たちからのクレームなどが殺到して町民たちから見放されることになる。
そんな彼らに反してリュシアンは新しい職場、新しい仲間と出会い、ブッラックギルドの経験を活かして最速でギルドランキング一位を獲得し、ギルドマスターや町の住民たちから一目置かれるようになった。
これはブラックな環境で働いていた主人公が一人の女性を助けたことがきっかけで人生が一変し、ホワイトなギルド環境で最強、無双、ときどきスローライフをしていく物語!

日本列島、時震により転移す!
黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる