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0031.極意
しおりを挟む「全然なっておらぬな」
かかってこいと言われてリッカと二人がかりで仕掛けたもののあっさりと返り討ちにあっていた。
「だが二人の強さは概ね理解した」
白狼のボスは近くにいた狼達に指示を出す。
「ここからは各々鍛えることにしよう。リッカとやらは同胞に任せる。対複数との戦いに慣れ持久力をつけるのがよかろう」
リッカは素直に頷くと近くの狼達と離れていく。別の場所で行うようだ。姿が見えなくなるまで見送ると白狼がこちらを向いた。
「さて、お主は基礎から全くなっておらん。刀の扱いに関しては私も明るくないが、とにかく戦いにおける怖さが全くもって感じられぬ」
そりゃそうだ。なんたって戦闘とは無縁の平和な世界にいたんだからな。しかしそんなことは何の自慢にもならないどころか、むしろこの世界ではディスアドバンテージ。出遅れだ。
「幸いにも目は悪くないようだが身体がついていっておらぬ。とにかく経験を積むのがよかろう。さあ続けるぞ」
手加減しているはずの速く重い攻撃を食い止めるだけで精一杯だった。攻撃を受けるたびに体勢が崩され、とても反撃する余裕がない。
「くっ!」
「まだまだ甘い」
尻尾による薙ぎ払いをまともに受けて身体が宙に浮いた。一瞬の浮遊感の後に地面に叩きつけられた衝撃が走る。
「カハッ」
肺の空気が漏れた。じわじわと痺れるような痛みが身体中をかけめぐる。
「相手に合わせるのではなく相手を誘導して自分のペースに持っていくのだ。そのためには常に先を読むことが必要だ」
剣を支えによろよろと立ち上がる。
白狼の言葉はよく聞こえていた。確かに目の前の攻撃を防ぐことに精一杯になっていた。攻撃は最大の防御というが、その本質は相手を自分に合わせさせることにあるのかもしれない。言うなれば……
「……相手を支配する」
白狼がにやりと微笑んだように見えた。
相手を支配できたものが勝つ。相手の動きを読み切ってその先を制する。
「往くぞ」
白狼が再び攻撃を仕掛けてくる。
先を読め、左か、右か。
「……!」
一瞬の予備動作に気づいた。前脚を振りかぶるために反対脚の踏み込みが一瞬強くなった。
「くっ!」
攻撃は予想通りの軌跡だった。力をその部分に集中して受け止めると体勢が大きく崩されなかった。そうか。次にくる攻撃が分かっただけでも防御の質が全く違うんだ。これならすぐに反撃にも移れそうだ。
しかし白狼は驚きもせず連撃を仕掛けてくる。
次は後ろ体重……これはさっき見た。尻尾によるなぎ払いっ!
すぐに後ろ方向に跳んで間合いをとると尻尾はギリギリのところをすり抜けていった。回避成功だ。意識の変化が結果に直結し、さっきまでとの違いを実感できる。
何となく分かってきた。
まずは重心だ。攻撃を仕掛けてくる以上どこかに力を入れる瞬間がある。そこを見逃さなければ速く反応できる。そして予測だ。イメージトレーニング、シミュレーション、ケーススタディ。相手の全ての攻撃パターンを読む。一瞬、元の世界で働いていたときのことを思い出しどこか通じるものを感じた。先のことを想定することは戦闘でも同じなんだ。ただ結果がわかるまでのスパンが極端に短いだけで。
白狼の次の攻撃も刀で防いだ。速さにも少し慣れてきた。
最後は駆け引き。読み切ったうえで最も最善と思われる選択肢を選び切れるか。身体中があちこち悲鳴を上げているが頭はいい具合に回ってきた。これなら何か突破口が見えるかもしれない!
調子に乗ってきたときだった。
「なっ……っ!」
白狼の重心が一瞬下がったと思った瞬間、四本の足全てに力が入った。このパターンは…突進っ!
しかし、身体が反応するまでの時間を許してはくれなかった。白狼の頭突きが腹部を襲う。
「予想できたときには既に時遅し、ということもある。達人であるほど予備動作は小さい。力の入れるべき場所が分かっていて最低限の力で動作にうつれるからだ。先の先の先まで読むこと、そして自分の状態を最善に保つことだ。突進であればその刃の先を私の方へ向けているだけでよかった」
そうか。ここ数回の攻撃も故意に予備動作を大きくしてくれていたのかもしれない。俺に気づかせるために。しかし、思いのほかダメージは大きく白狼に返事をするより先に意識がとんだ。
「フフ。しかし、たったこれだけの助言でこうも変わるとはな。目だけでなく戦いのセンスも悪くない。何より理解がいい。調和の力といい、いずれ大きく化けるかもしれんな」
白狼は満足そうに小さく鳴いた。
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