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0024.決意
しおりを挟む「ついていきたいところだけど、流石に私は無理ね。また進展があったら教えてもらえるかしら」
戦いの後処理が大方終わった頃、ミラはフィーナに兵士を集めるよう指示した。白い狼に害はないと判断したようだ。
「貴方たちはギルドとは別ね。報酬についてはまた後で連絡するわ」
そう言うと、ミラは集まってきた兵士たちを率いて城へと戻っていった。
白い狼達も徐々に森へと戻っていき、数が減り始めていた。
近くにきていた狼はそれ以上の言葉は発することなく小さい狼ーーチビ狼に頭を擦りつけると、こちらを一瞥して用は済んだとばかりに森へ向かって歩き始めた。チビ狼はその場に留まり、その背中を目で追っていた。
「案内役を残したってことかな?」
リッカが言った。
「そうかもしれないな。白い狼達の親玉が俺に何か用があるのか?」
「さあ、直々にチビ狼を助けた礼を言いたいってだけじゃないのか」
「そうかもな。ただ助けたって言ってもちょっと飯を分けただけなんだが……」
「狼の流儀はわからないさ。行かないのか?」
どうする。狼が人の言葉を喋ったという事実だけでこの世界は自分の想像を超える状態なのかもしれない。白い狼達の親玉はきっともっと人の言葉を話せるだろうことは想像に難くない。しかし、森に入るのは当然危険を伴う。あの黒い狼もいるのだ。少なくともリッカは連れていけない。
言ってみればこれは間違いなく大きなイベントだ。この判断はきっとこの先に影響する。この世界の主人公は誰だ。俺か。リッカか。ミラか。それとも全く知らない別の誰かか。自分が主人公だという甘い考えで行動をすると痛い目を見るかも知れない。自分は黒い狼に殺されて誰かの踏み台となる人生だということもありえる。
「また考えているのか?」
「そうだな。大きな分岐点な気がしてな」
「分岐点?」
「そうだ。ここで俺が白い狼を信じるか、信じないか。森に向かって黒い狼に殺される可能性もあるからな」
「あたしを助けるか、助けないか、ってのは分岐点じゃなかったのか?」
「あの時は勝手に身体が動いたようなもんだったな。あまり深く考えずに自分の思う方に進んだ」
「そうか。でもその結果、あたしという仲間を得たわけだ。森に行くにしても一人よりは生きて帰れる可能性が上がったんじゃないか」
「……! ついてくる気か?」
当然と言わんばかりにリッカは胸をはった。
「気持ちはありがたいが……そこまでする義理はないだろう。確かにお金は貸したかもしれないが、武器も貰ったし今回の戦いの報酬でほとんどチャラになるはずだ」
「あたしが……ついていきたいんだ」
そこには確固たる意志があった。何がリッカにそう思わせたのだろうか。しかし、その場でリッカが続きを話す様子はなかった。
「ひとまず今日はもう暗い。一旦、帰ろう。幸い案内役は残してもらったようだし」
会話を理解できているのかはわからないが、チビ狼がヤマトの足に戯れついてきた。
リッカの家に戻るとリッカの母が玄関まで駆けつけてきた。
「リッカ!? どこに行っていたの!?」
申し訳ない気持ちになる。どう釈明しても自分が原因であることは間違いない。
「あ、あの……」
しかし、リッカがすぐに遮った。
「ママ。話がある」
「リッカ……」
リッカの母は真剣な娘の様子に一瞬驚き、怒り散らすことはせずに冷静になった。
「ヤマトはそのチビ狼を連れてあたしの部屋に行っててくれ。二階の右側の部屋だ」
有無を言わせぬリッカの迫力に頷くしかなくリッカの指示に従った。
居間ではリッカの母親が入れたホットミルクのカップが二つ並びリッカとリッカの母親が対面するように座っていた。
「無事に帰ってきてよかったわ。心配したのよ。クルトに習っていたからと言ってもあなたはまだ子どもなんだから」
クルト。兄の名だった。
「ごめんなさい。でも普通の魔物ならそこそこやれることはわかった」
「……リッカ!」
「ママ。あたしは自分のやりたいことを見つけたの」
「それが魔物を倒すことなの!?」
「違うよ。そうじゃない」
リッカは首を横に振った。
「あたしはクルト兄の腕を治したい」
「……!! そんなこと……お医者さまに見せてもだめだったのよ」
「ヤマトが……ヤマトがあたしに新しい可能性を見せてくれた。この世界にはまだ知らないことがたくさんある。この国ではクルト兄の腕を治すことは出来なかった。でもクルト兄の腕を治せる能力がどこかにあるかもしれない。あたしはそれを探す旅に出たい」
クルトのことで人が変わったの本人だけでなく、クルトにべったりだったリッカもだった。言葉遣いが乱暴になりギルドにちょっかいを出すこともしばしばあった。そんな自分の娘が今は真っ直ぐにぶつかってきている。リッカの母は娘の成長が嬉しくもあり心配でもあった。
「……リッカの気持ちはわかったわ」
リッカの母は激昂せずに諭すように話しかけた。
「でも旅に出るってことは全てが自分の責任になるのよ。住むところも、食べることも。私はもう何も助けてあげられなくなる」
リッカは黙って聞いている。
「ましてリッカは女の子なのよ。まだ子供だけれど、逆に子供を狙って攫っていく悪い大人もいるわ。そんな大人に捕まって一生望まない人生を送ることになってしまうかもしれない。そしてそんな危険を負ってもクルトの腕が治る保証なんて全然ない。それでも行く覚悟があなたにあるの?」
リッカは一瞬想像して激しい嫌悪感を覚えたが、一度芽生えた旅に出たいという決意が鈍ることはなかった。
「ある!」
リッカの母はため息をついた。
「それでも、はい、そうですか、と簡単には言えないわ。せめて成人するまで待てないの?」
「今が……今があたしの分岐点なんだ。あたしはヤマトの可能性を信じたい。ヤマトについていきたい!」
「ヤマトさんに……?」
悪い青年には見えなかったし誑かされるような娘ではないと思っているが、気にならないはずがない。
「……私も少し考えさせて。リッカもお風呂にでも入ってもう一回冷静に考えなさい」
「……わかった」
粘ることが得策とは思えなかったのかリッカは素直に従って部屋を出ていった。
「さて……聴こえていたのかしら」
リッカの母は途中から扉付近の人影に気づいていた。
「はい。すみません。気になって」
「ちょうどよかったわ。私も話をしたいと思っていたの。少しいいかしら」
「はい、もちろん」
物陰から出てきたヤマトは応諾して部屋に入った。
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