縁の下の能力持ち英雄譚

瀬戸星都

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0016.己の道

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 リッカについていくと家からほど近いちょっとした広場に着いた。いくつかベンチが置いてあり憩いの場となっているようである。リッカが腰をかけたので人一人分ほど間隔を空けて座った。リッカは私服に着替えていた。薄いピンクのシャツにショートパンツだ。雰囲気は年相応の少女でとても剣を盗んでくるようには見えない。

「どこまで聞いた?」

 リッカはこちらを見ず、まっすぐ遠くを見ながら話しかけてきた。同じように視線を正面にして返答する。

「……リッカに兄がいて、あの剣が兄のものだった、て言うところまでだ」

「……母さんの様子からすると金のことは言わなかったみたいだな」

 どこか安心したように呟く。

「ウチは父親がもういないんだ。家は残してくれたが、兄貴が……そんな状態だから生活が楽とは言えないんだ。だから金についてはあたしが何とかする。だが、すぐには用意できないから少し待ってくれ。利子代わりにしばらくウチに住んでいい」

「わかった。住むところに関してはお言葉に甘えさせてもらう。が、金については別に返さなくていい。なぜなら俺が勝手にやったことだからだ。親切の押し売りをするつもりはないぞ」

 少なくともしばらく住には困らない。それで十分だと思った。リッカが驚いて一瞬こちらを見た気配がしたが考え直したのかまた正面を向いた。

「そういう訳にはいかない。借りは借りだ。あたしが勝手にやることだ」

「この律義者め。あてでもあるのか?」

 元の世界の常識で言えば、リッカは働ける年齢には満たない。せいぜいお手伝いした小遣いぐらいだろう。

「魔物を倒す」

 ほう。リッカ母が聞いたらなんていうだろうか。十中八九、止められるだろうな。

「魔物を倒したらお金がもらえるのか? ギルドに入っていなくてもいいのか?」

「何も知らないんだな……」

 リッカは呆れて説明してくれた。

「いいか。魔物を倒すと国から金が出るし、そのまま魔物を素材にして自分で売ってもいい。ギルドも魔物を退治することで国から金をもらって運営しているんだ。あいつらは集団だから魔物退治の効率はいい。国は本当は頼りたくないが、魔物が攻めてきてどうしても戦力が必要な時はギルドに依頼せざるをえない。逆にギルドはそんな国の足元をみてつけあがってる、っていうのが常識だ」

 見事な説明だ。ギルドに入らなくてもお金がもらえるというのはいいことを聞いた。てっきりギルドでクエストやらミッションやらをしないといけないのかと思ってたが……先入観を持ってはいけないな。どうやらこの世界はひと味違うようだ。

「ついでに言えば、優れた功績をあげれば国が登用してくれるかもしれない」

「登用? 国の兵士ってことか?」

 さきほど出会った門番を想像した。

「いや、ふつうの兵士は自分で就職したやつらだ。登用ってのは違うルートで国からお声がかかるのさ。国がバックアップしてくれるといった方がわかりやすいかもしれない。特別待遇の遊撃手のような扱いにされるんだ。国から依頼が来るようになるが受けるかどうかは好きにしていい。国からすれば優秀な人材に手助けしてもらえればラッキーって考えさ」

「そんな可能性もあるのか」

「もちろん、もっと安定したければ遊撃手じゃなくて国の正規兵になることも可能だ。きっと歓迎されるし重役を任されるだろう。もっとも登用されるようなやつは大抵一つの国に収まるような器じゃないと思うけどな。なかには国のバックアップだけ利用して、実際は全然依頼を受けないやつもいると聞く。逆に献身的に国を支えるやつもいるらしい。そういうやつは……」

 リッカはこちらを見て薄っすらと笑う。


「ーー英雄、そう呼ばれるんだ」


 なかなか芝居掛かった言い方だったが空気に飲まれてつい唾を飲んで喉を鳴らしてしまった。年不相応な話術だった。

  「まっ、みんな憧れるけど、そこまで登りつめるやつなんてそうそういない」

 リッカは両手を頭の後ろに持っていき大きく息を吐くと少し落ち着いた声で続けた。

「あたしの兄貴もその高みに憧れて目指してたんだ。ギルドに入ったけど市民に対して自分勝手なまねはしなかった。身内びいきかもしれないけど剣の素質は悪くなかった。実際周囲からも期待の若手と言われていたよ」

 リッカはつい昨日のことのように思い出しているのか、誇らしそうに語る。

「そしてあるとき、貯めたお金でいい剣を買ったんだ。もっと強くなる、ってな。でもそれが裏目に出た。兄貴の活躍を快く思わないやつがいたんだ。それがベルグとそのとりまきだ」

 声に少し怒りが混じってきた。

「そして兄貴とやつらが集団で魔物に攻めに行ったとき、遂に事件が起こったんだ」

「事件?」

「兄貴が一人だけ魔物の巣の近くで囮にされたのさ。兄貴はなんとか一命は取り留めたが重症。その後遺症で片腕がうまく動かなくなったんだ。でもそれだけじゃない。ギルドメンバー同士のいざこざとしてギルドは事を大きくしなかった。奴らは魔物の巣攻略のための戦略だと寝言を言いやがった」

「ひどい話だ」

「俺らの怒りはどこにもぶつけられなかった。あろうことか、ギルドから脱退して片腕も動かなくて放心状態だった兄貴から剣までぶんどっていきやがった」

 やはりこの世界のギルドは腐っている。

「……剣を取り返したのはあたしのエゴさ。兄貴は剣なんて見たくもないかもしれないが、それでもあたしは兄貴が活き活きと剣を振っているのを見ていたかったんだ。それともう一つ、たとえ兄貴が剣なんてもうどうでもいいと言ったとしても、兄貴の剣があのベルグに使われているのが我慢ならなかったんだ」

 一理どころか百理ある。
 リッカは全てを説明して少しスッキリしたように見えた。

 この歳にしてもう世の中の理不尽を目の当たりにしてしまったわけか。早熟なところも少し納得がいった。

「なんで話してくれたんだ?」

「成り行きとは言えウチの事情も知らなければ居心地が悪いだろ? それに剣を取り返す手助けをしてくれたんだ。経緯くらいは教えるさ」

 これだけの理不尽にあいながらも芯の部分は腐っていない。そんなリッカを見て俺は……俺は?

「ありがとう」

 自分でもうまく言い表せない気持ちを一旦おいて、多くを話してくれた感謝を述べた。

「ってなんでお前が礼をいうんだよ。むしろ……その……」

 リッカは少し口をモゴモゴさせると、眉間にシワを寄せて頬をかきながら目線を逸らす。


「その……あ、あ、ありがとう。まだちゃんと礼を言ってなかった」


「……ぶっ!あっはっっはっは!!」


 思わず吹き出して笑ってしまった。

「なんでそんな不服そうに礼を言うんだよ。この照れ屋さんめ」

「うっ、うっさい!!」


 照れ隠しするリッカを笑いながら、自分の進むべき道がぼんやりと見えてきた。


 英雄なんて大それたものじゃなくてもいい。リッカのような人の手助けがしたい。
 ギルドに限らず世の中の理不尽と闘っている人をそっと支えたい。

 縁の下のなんとやら、ってな。
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