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044.焦燥

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 モンアヴェール中腹ではさっきまでの戦闘が嘘だったかのように静けさを取り戻していた。

 今はフェリィの指示のもと受験者たちがミスリルベアとミスリルウルフから素材になりそうな部分を回収している。

 他人事のように言ったが、自分も一応受験者なので素材回収に参加していた。が、小隊に入ってるわけでもなく、カスミもいないビースターズでは軽いぼっち感を味わっていた。少し離れて作業している受験者達は固まって何やら話をしている。

『ソーシ副長だぞ』
『おい、おまえ話しかけてみろよ』
『どうやってあそこまで強くなったんだ?』
『何のスキル持ちだろう?』
『それは防御魔法に決まってるでしょう?』
『ヒソヒソ』
『でも火の魔法も使ってたぞ、しかもかなりのレベルで』
『まさかダブルスキル?』
『お近づきになりたいわ』

 しかし、受験者達の話題には登場しているようだった。まぁ少し衝撃的な戦闘ではあったろうからさもありなん、といったところかもしれない。

 が、ヒソヒソ話すなら聞こえないようにやって欲しい。気になるから。なんなら直接聞いてくれたほうがまだマシである。あと、どさくさに紛れてヒソヒソって言ったやついた?!

 聞き耳スキルが効いているのか受験者達の会話は丸聞こえだ。

「やれやれ」

 ため息をついたところでフェリィが近づいてきた。身長が低い分、貸した上着が上下の大事な部分を上手く隠していた。いわゆる裸ワイシャツ的な格好といった方が想像しやすいかもしれない。大丈夫。履いてますし、透けてもなくて健全です。

「他の小隊について、何か知ってる?」

 至って真面目な話だったのでピンク思考を投げ捨てた。

「指示通り、ここまでの道中、小隊のサポートについて魔物の討伐を援護しました。途中で上の方から嫌な気配がしたところ、ちょうどクレア隊長と合流したので残りの小隊の方は任せてこちらに駆けつけました」

「そう、クレア隊長がついてるなら、安心」

「ええ、でもどの小隊もAランクの魔物との戦闘になっていましたよ」

「……あきらかに異常。中腹あたりでSランクが出現することもまず無い。それがまさか二体も同時なんて」

 一つの嫌な予感がよぎる。

 もし普段、モンアヴェール中腹以上にいるAランクの魔物が、Sランクの魔物の出現によって下まで追いやられていたとしたら。

 Sランクの魔物は一体何から追いやられて中腹まで下りてきた?

 似たような考えに至ったのか、フェリィと険しい視線が重なったところで遠くから声が聞こえた。

「フェリィ隊長!無事ですか!?」

 クレア隊長だった。二つの小隊を引き連れている。ここにいる小隊と合わせて五隊。既に下山をしているはずの残りの小隊を加えると、これで全ての小隊が無事だったことになる。とりあえず大事はなくてよかった。他人とは言え同じ隊になった受験者に万一のことがあったら目覚めが悪い。

 フェリィとともにクレアのところへ駆け寄る。

「残りの小隊も無事だったのですね」

「ええ。同じようにAランクの魔物に襲われていたのですが、よく耐えていてくれました」

 クレアの後ろにいた小隊の様子を窺うと満身創痍ながらも無事なようだ。

「あの魔物たちは…?」

 逆にクレアが素材回収している方を窺った。

「ミスリルウルフとミスリルベアです」

 クレアは半ば絶句していたが、すぐに首を振ってため息をついた。

「ソーシさんに関しては何があっても驚かないつもりでしたが、まさかSランクの魔物まで倒してしまうとは……」

「半分はフェリィ隊長がやったことですよ」

「……他にも色々あった。戻ったら正しく報告しておくから」

 フェリィが補足した。クレアはその様子をみて苦笑する。

「不謹慎かもしれませんが、お二人の活躍が見れなかったのが残念です」

 そのときだった。

 また別の方向から声が聞こえた。

『クレア隊長ーー!!』

 声の方を振り向くと人影があった。よく見ると、見たことのない服装だった。少なくとも受験生でも吹雪隊でもない。

「彼女は紅蓮隊の隊員ですね」

 同じく声の方に注意を向けたクレアの声には先ほどと変わって深刻な声色が混じりっていた。そして、すぐに声の方へと駆け出していた。

 それも当然だった。こちらに歩いてくる紅蓮隊の隊員の足取りは悪く、そのまま地面に倒れてしまった。急いで一緒に駆け寄ると、そこにはひどく負傷した女性の姿があった。

「大丈夫ですか?!しっかりしてください!何事ですか?!」

 クレアに支えられた女性には幸いまだ意識があった。


『紅蓮隊が…、紅蓮隊が………全滅しました』


「?!」

 今度こそ完全に誰もが絶句してしまった。

 悔しそうに絞り出した紅蓮隊の隊員の衝撃的な事実に、カスミ、ハル、リリアの三人の顔が浮かんでは心臓が締め付けられるような感覚に襲われるのだった。
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