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最終章
第83話 天使か悪魔か
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ランチ休憩を終えて、舞は先にフロアに戻っていた千早と合流する。
お昼時だからだろう、先程よりもお客さんが増えてきていた。
今日は千早は調理を、舞は注文取りと会計を担当していた。
これも交代制ということで、やり繰りをしている。
二人で回すにはなかなか大変だったが、明日にはようやく絵理も復帰する予定だった。
少しは対応も楽になるだろう。
ランチが終わったお客さんの会計を済ませて出て行ったのと入れ違いに、ドアのベルが鳴って新たなお客さんが入ってきた。
舞は空いたテーブルを拭きながら、「いらっしゃいませー」と笑顔を浮かびかけていた顔が凍り付いた。
白のブラウスに淡い黄色のカーディガンを羽織って立っていたのは、河野瑞穂だった。
彼女は舞の顔を見てゆっくりと近づいてくると、穏やかな笑顔を向けた。
舞は、頭の中がぐるぐる回るような感覚を覚えた。
何か、言わなくちゃ。
笑顔で"久しぶりだね"って言えばいいじゃない。
そんなことを思っていると、瑞穂の方から話しかけてきた。
「久しぶりね、舞。」
「う、うん。」
瑞穂は店内を軽く見回した後、舞に視線を戻して続けた。
「ランチでもしようかと思って来たんだけど、さすがに混んでいるみたいね。舞、今日は何時にバイト終わるの?」
「今日は16時で上がり。」
「じゃあ、終わった後時間ある?ちょっとお話しない?」
「え……」
瑞穂の提案に、正直少し躊躇する。
彼女と接することが、最近はなんだか怖くなっている自分がいた。
だけど、瑞穂からさりげなく話を聞きだすのもありかもしれない、とも思った。
「いいよ。じゃあ、北白川駅前のベリーズ・カフェはどう?」
カフェなら人も沢山いるし、何かが起きることはないだろうと思い、舞の方から提案した。
「分かった。」
じゃあまた後でね、と言って瑞穂は店から出て行った。
瑞穂が出て行った後も、しばらくは心臓の音が鳴りやんでくれなかった。
**********
「お待たせ。」
バイトが終わってベリーズカフェに行くと、すでに瑞穂は来ていた。
窓際の席で、彼女は頬杖を付いてアイスティーをストローで無造作にかき混ぜながらぼんやりと窓の外を見ている様子だった。
その背中に舞は声をかける。
振り向いた瑞穂は笑顔になり、「待ってないわよ、今来たところだから。」と言った。
舞は店員にハーブティーを注文して、瑞穂の向かいに座る。
「久しぶりだね、舞。」
両手を組んでその上に顎を乗せながら、不意に瑞穂が言った。
舞もぼそりと「久しぶり」と返し、瑞穂を見つめる。
「大変だったわね。」
静かに、瑞穂は唇を引き締めながら言う。
大変だった事、が何を指すのか、すぐに舞には分かった。
「…うん。」
しばらくの沈黙。
瑞穂は言葉を選んでいるようだった。
何かを考え込んでいる様子で、俯いている。
痛いほどの沈黙の後、瑞穂がゆっくりと口を開いた。
「舞…最近私のこと避けてるでしょ?」
「え?」
瑞穂の言葉に、舞はぎくりと肩を震わせる。
舞のそんな様子を見た瑞穂が、穏やかな微笑を湛えたまま続けた。
「もしかして…私が事件に関わっているって、そう思ってる?」
次々と的確な質問を投げかけてくる瑞穂に、舞はますます口を閉ざした。
瑞穂が肩を竦めて、少し寂しそうに笑う。
「いいのよ、正直に言ってくれて。高校時代から色々とあったものね。なぜか私の近くで事件が起きる。拓海さん、だっけ?あの人からもそれで嫌われていたし、舞が私のことを怖がるのも無理はないわ。」
「…そんな、怖くなんかないよ。」
思わず反射的に、そう答えてしまっていた。
なぜだろう。
まだ私は、瑞穂のことを信じたいのだろうか。
「もし、私がしたって言ったら?全部私がしたって言ったら…舞はどうする?」
「……え?」
瑞穂の切れ長の瞳が、私の目を容赦なく見つめてくる。
逃げることを許さない、射るような瞳。
まるで金縛りにでもあったみたいに、体が動かなくなる。
そのタイミングで店員がハーブティーを持ってきてくれて、正直助かった、と思ってしまった。
瑞穂も表情を崩してどうぞ、と手を差し出して舞にハーブティーを勧める。
波打った心臓を落ち着かせるために、舞は促されるままハーブティーを一口啜った。
舞が落ち着いたのを確認すると、「なんてね」と悪戯っぽい笑顔を浮かべた。
「少なくても、一番最初のやつは私がしたっていうのは間違いでもないわ。」
最初、というのは新谷友樹の件だろう。
「舞に催涙スプレー持たせたのは覚えてるわよね。」
「……うん。」
よく覚えていた。
そのせいで、新谷友樹を死なせてしまったのだから。
でも"自分がした"というのはどういうことなのだろうか。
やはり、友樹が重度の喘息持ちということを知っていて、意図して渡したということなのだろうか。
舞の心情を察したのか、瑞穂が静かに言う。
「もちろん意図してやったわけじゃないよ。あの時本当に変質者が多くて、それで舞のことが心配で催涙スプレーを渡した。それだけ。」
「……」
「でも結果的に、その催涙スプレーを使ったことで友樹くんが死んでしまった。きっかけを作ってしまったのは、私。だからそれは私の罪よ。私のせいで舞を苦しめてしまって…本当にごめんなさい。」
瑞穂は深く頭を下げた後、どこまでも哀し気な笑みを浮かべた。
そしてそっとカバン持ち上げると、伝票を持って立ち上がる。
「そろそろ出ようか。」
瑞穂はいつものように明るく言った。
そんな瑞穂を見て、彼女が天使なのか悪魔なのか、また分からなくなっていった。
お昼時だからだろう、先程よりもお客さんが増えてきていた。
今日は千早は調理を、舞は注文取りと会計を担当していた。
これも交代制ということで、やり繰りをしている。
二人で回すにはなかなか大変だったが、明日にはようやく絵理も復帰する予定だった。
少しは対応も楽になるだろう。
ランチが終わったお客さんの会計を済ませて出て行ったのと入れ違いに、ドアのベルが鳴って新たなお客さんが入ってきた。
舞は空いたテーブルを拭きながら、「いらっしゃいませー」と笑顔を浮かびかけていた顔が凍り付いた。
白のブラウスに淡い黄色のカーディガンを羽織って立っていたのは、河野瑞穂だった。
彼女は舞の顔を見てゆっくりと近づいてくると、穏やかな笑顔を向けた。
舞は、頭の中がぐるぐる回るような感覚を覚えた。
何か、言わなくちゃ。
笑顔で"久しぶりだね"って言えばいいじゃない。
そんなことを思っていると、瑞穂の方から話しかけてきた。
「久しぶりね、舞。」
「う、うん。」
瑞穂は店内を軽く見回した後、舞に視線を戻して続けた。
「ランチでもしようかと思って来たんだけど、さすがに混んでいるみたいね。舞、今日は何時にバイト終わるの?」
「今日は16時で上がり。」
「じゃあ、終わった後時間ある?ちょっとお話しない?」
「え……」
瑞穂の提案に、正直少し躊躇する。
彼女と接することが、最近はなんだか怖くなっている自分がいた。
だけど、瑞穂からさりげなく話を聞きだすのもありかもしれない、とも思った。
「いいよ。じゃあ、北白川駅前のベリーズ・カフェはどう?」
カフェなら人も沢山いるし、何かが起きることはないだろうと思い、舞の方から提案した。
「分かった。」
じゃあまた後でね、と言って瑞穂は店から出て行った。
瑞穂が出て行った後も、しばらくは心臓の音が鳴りやんでくれなかった。
**********
「お待たせ。」
バイトが終わってベリーズカフェに行くと、すでに瑞穂は来ていた。
窓際の席で、彼女は頬杖を付いてアイスティーをストローで無造作にかき混ぜながらぼんやりと窓の外を見ている様子だった。
その背中に舞は声をかける。
振り向いた瑞穂は笑顔になり、「待ってないわよ、今来たところだから。」と言った。
舞は店員にハーブティーを注文して、瑞穂の向かいに座る。
「久しぶりだね、舞。」
両手を組んでその上に顎を乗せながら、不意に瑞穂が言った。
舞もぼそりと「久しぶり」と返し、瑞穂を見つめる。
「大変だったわね。」
静かに、瑞穂は唇を引き締めながら言う。
大変だった事、が何を指すのか、すぐに舞には分かった。
「…うん。」
しばらくの沈黙。
瑞穂は言葉を選んでいるようだった。
何かを考え込んでいる様子で、俯いている。
痛いほどの沈黙の後、瑞穂がゆっくりと口を開いた。
「舞…最近私のこと避けてるでしょ?」
「え?」
瑞穂の言葉に、舞はぎくりと肩を震わせる。
舞のそんな様子を見た瑞穂が、穏やかな微笑を湛えたまま続けた。
「もしかして…私が事件に関わっているって、そう思ってる?」
次々と的確な質問を投げかけてくる瑞穂に、舞はますます口を閉ざした。
瑞穂が肩を竦めて、少し寂しそうに笑う。
「いいのよ、正直に言ってくれて。高校時代から色々とあったものね。なぜか私の近くで事件が起きる。拓海さん、だっけ?あの人からもそれで嫌われていたし、舞が私のことを怖がるのも無理はないわ。」
「…そんな、怖くなんかないよ。」
思わず反射的に、そう答えてしまっていた。
なぜだろう。
まだ私は、瑞穂のことを信じたいのだろうか。
「もし、私がしたって言ったら?全部私がしたって言ったら…舞はどうする?」
「……え?」
瑞穂の切れ長の瞳が、私の目を容赦なく見つめてくる。
逃げることを許さない、射るような瞳。
まるで金縛りにでもあったみたいに、体が動かなくなる。
そのタイミングで店員がハーブティーを持ってきてくれて、正直助かった、と思ってしまった。
瑞穂も表情を崩してどうぞ、と手を差し出して舞にハーブティーを勧める。
波打った心臓を落ち着かせるために、舞は促されるままハーブティーを一口啜った。
舞が落ち着いたのを確認すると、「なんてね」と悪戯っぽい笑顔を浮かべた。
「少なくても、一番最初のやつは私がしたっていうのは間違いでもないわ。」
最初、というのは新谷友樹の件だろう。
「舞に催涙スプレー持たせたのは覚えてるわよね。」
「……うん。」
よく覚えていた。
そのせいで、新谷友樹を死なせてしまったのだから。
でも"自分がした"というのはどういうことなのだろうか。
やはり、友樹が重度の喘息持ちということを知っていて、意図して渡したということなのだろうか。
舞の心情を察したのか、瑞穂が静かに言う。
「もちろん意図してやったわけじゃないよ。あの時本当に変質者が多くて、それで舞のことが心配で催涙スプレーを渡した。それだけ。」
「……」
「でも結果的に、その催涙スプレーを使ったことで友樹くんが死んでしまった。きっかけを作ってしまったのは、私。だからそれは私の罪よ。私のせいで舞を苦しめてしまって…本当にごめんなさい。」
瑞穂は深く頭を下げた後、どこまでも哀し気な笑みを浮かべた。
そしてそっとカバン持ち上げると、伝票を持って立ち上がる。
「そろそろ出ようか。」
瑞穂はいつものように明るく言った。
そんな瑞穂を見て、彼女が天使なのか悪魔なのか、また分からなくなっていった。
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