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最終章
第82話 変貌
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「何かいいことでもあったのか?」
バイトの休憩中、千早はランチのオムライスを掻きこみながら上目使いに舞を見つめてくる。
今は絵里がいないため交代制にしているので、舞と千早はどちらかが必ずフロアに出るようにしていた。
千早の猫を彷彿させる少し吊り上がった目が、下から見上げられると余計に大きく見えた。
「え、そう見える?」
「見えるぞ。今日ずっとにやついてるし。」
「そ、そっかな…」
そんなに分かりやすく顔に出てたのだろうか。
恥ずかしくて顔から火が出そうだった。
舞は両手で顔を覆った。
「…あったといえば、あったかな。」
「なんだよ?教えろよ。」
千早は興味津々という感じに身を乗り出してきた。
相変わらず口の中いっぱいに食べ物が入っていて、リスみたいになっている。
「昨日ね、沙紀ちゃんと一緒に飲み会行ったの。」
舞も自分のカルボナーラをフォークにくるくると巻き付けながら、話を続けた。
「それで来た男子がね、なんと高校時代の友達だったの。もぉびっくりしちゃって。」
「へぇ。そんな偶然もあるもんなんだな。」
「そうなの。それでね、実は高校の時にちょっと気まずいまま卒業してそのままになっちゃってたんだけど、昨日少しだけ帰りに話ができて、ちゃんと和解できたんだ。だからなんだかほっとしちゃって。」
「ふぅん。…なんだか楽しそうだな。」
すっと、千早の目が細められる。
さきほどとは打って変わって鋭さを感じさせる瞳に、舞は思わず身を引いた。
「そ、そう…かな。」
「男なんだろ?」
一瞬なんと答えるか迷ったが、ここで千早に嘘をつく必要もないと思ったので、正直に「そうだよ。」と答えたのだが。
千早は誰もいないことをか確認するように辺りを見回した後、声を潜めて顔を近づけてきた。
「お前…今がどんな時が分かってるだろ?」
「…え?」
「拓海の復讐……忘れたわけじゃないよな。」
心臓を氷で掴まれたようだった。
"復讐"という言葉に、急速に体の体温が冷えていく。
舞の顔から、表情が消えていった。
「見てたら分かる。…舞の好きだったやつなんだろ?でもな、今は拓海を殺した犯人を捕まえるのが優先だ。恋愛にうつつを抜かしてる場合じゃないんだよ。それよりも、犯人に繋がる手がかりを探すんだ。」
スプーンの先で舞を差しながら、千早はまくし立てる。
そしてもう片方の手の人差し指でテーブルをとんとんと鳴らした。
拓海の死に関してたいした手がかりもないため、苛立っているのだろう。
でも、と舞は思わず言い返したくなる気持ちを寸でで飲み込む。
拓海の死は舞にとってもショックで悲しい出来事だった。千早が犯人に復讐したいという気持ちは、痛いほど分かる。
だけど、それとこれとは別ではないか。
それに竜一とどうこうなりたいとか、今はそこまで望んでいるわけではない。ずっと憎まれていると思っていた竜一が自分のことを分かってくれていて許してくれた。単純にそのことが嬉しかったのだ。
それだけで、今の舞には満足だった。
その気持ちを千早と共有したかっただけなのに。
千早なら、分かってくれると思っていたのに。
どうして、こんなことになってしまったのだろう。
復讐という黒い感情に囚われてしまった友人。
その憎しみの炎を止めれる自信は、舞にはなかった。
舞は千早に聞こえないように、ため息を吐いた。
「…分かった。」
「なら、いい。」
千早は頷き、空になった皿を持ち上げて流し台に置くと「そろそろ行くわ」と足早に休憩室を出ていった。
パタン、とドアが閉まる音が静かな室内に虚しく響き渡った。
バイトの休憩中、千早はランチのオムライスを掻きこみながら上目使いに舞を見つめてくる。
今は絵里がいないため交代制にしているので、舞と千早はどちらかが必ずフロアに出るようにしていた。
千早の猫を彷彿させる少し吊り上がった目が、下から見上げられると余計に大きく見えた。
「え、そう見える?」
「見えるぞ。今日ずっとにやついてるし。」
「そ、そっかな…」
そんなに分かりやすく顔に出てたのだろうか。
恥ずかしくて顔から火が出そうだった。
舞は両手で顔を覆った。
「…あったといえば、あったかな。」
「なんだよ?教えろよ。」
千早は興味津々という感じに身を乗り出してきた。
相変わらず口の中いっぱいに食べ物が入っていて、リスみたいになっている。
「昨日ね、沙紀ちゃんと一緒に飲み会行ったの。」
舞も自分のカルボナーラをフォークにくるくると巻き付けながら、話を続けた。
「それで来た男子がね、なんと高校時代の友達だったの。もぉびっくりしちゃって。」
「へぇ。そんな偶然もあるもんなんだな。」
「そうなの。それでね、実は高校の時にちょっと気まずいまま卒業してそのままになっちゃってたんだけど、昨日少しだけ帰りに話ができて、ちゃんと和解できたんだ。だからなんだかほっとしちゃって。」
「ふぅん。…なんだか楽しそうだな。」
すっと、千早の目が細められる。
さきほどとは打って変わって鋭さを感じさせる瞳に、舞は思わず身を引いた。
「そ、そう…かな。」
「男なんだろ?」
一瞬なんと答えるか迷ったが、ここで千早に嘘をつく必要もないと思ったので、正直に「そうだよ。」と答えたのだが。
千早は誰もいないことをか確認するように辺りを見回した後、声を潜めて顔を近づけてきた。
「お前…今がどんな時が分かってるだろ?」
「…え?」
「拓海の復讐……忘れたわけじゃないよな。」
心臓を氷で掴まれたようだった。
"復讐"という言葉に、急速に体の体温が冷えていく。
舞の顔から、表情が消えていった。
「見てたら分かる。…舞の好きだったやつなんだろ?でもな、今は拓海を殺した犯人を捕まえるのが優先だ。恋愛にうつつを抜かしてる場合じゃないんだよ。それよりも、犯人に繋がる手がかりを探すんだ。」
スプーンの先で舞を差しながら、千早はまくし立てる。
そしてもう片方の手の人差し指でテーブルをとんとんと鳴らした。
拓海の死に関してたいした手がかりもないため、苛立っているのだろう。
でも、と舞は思わず言い返したくなる気持ちを寸でで飲み込む。
拓海の死は舞にとってもショックで悲しい出来事だった。千早が犯人に復讐したいという気持ちは、痛いほど分かる。
だけど、それとこれとは別ではないか。
それに竜一とどうこうなりたいとか、今はそこまで望んでいるわけではない。ずっと憎まれていると思っていた竜一が自分のことを分かってくれていて許してくれた。単純にそのことが嬉しかったのだ。
それだけで、今の舞には満足だった。
その気持ちを千早と共有したかっただけなのに。
千早なら、分かってくれると思っていたのに。
どうして、こんなことになってしまったのだろう。
復讐という黒い感情に囚われてしまった友人。
その憎しみの炎を止めれる自信は、舞にはなかった。
舞は千早に聞こえないように、ため息を吐いた。
「…分かった。」
「なら、いい。」
千早は頷き、空になった皿を持ち上げて流し台に置くと「そろそろ行くわ」と足早に休憩室を出ていった。
パタン、とドアが閉まる音が静かな室内に虚しく響き渡った。
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