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最終章
第81話 わだかまりが解けた日
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宮坂竜一が登場した後は、大変だった。
沙紀が「なんだーこんなイケメン男子と知り合いだったんじゃん!」「付き合っちゃいなよー」などなど、大騒ぎした。
その度に適当に流しつつ、居心地の悪い思いで時間が流れていった。
ようやくお開きにしようかと沙紀が言い出してくれたのは、夜の22時を過ぎた頃だった。
すっかり出来上がってしまった沙紀を圭太が支えながら、「ほんと、ごめんね」と申し訳なさそうに頭を下げる。
圭太は本当に優しい人だ。
兎にも角にも、ようやく(紗紀から)解放される。
ほっと胸を撫でおろした時、沙紀が余計な一言を発した。
「竜一くぅん、あなた、女子一人で帰らせるわけじゃぁないわよねぇ?ちゃんと舞ちゃん送って言ってあげなさいよぉ。」
慌てていいよいいよ、と胸の前で手を振って拒否したが、竜一が「もちろんだよ。」なんて笑顔で言うもんで、舞には断る選択肢がなくなってしまった。
帰り道、どことなく気まずい空気が二人を包み込んだ。
竜一が現れてから舞が明らかにぎくしゃくし出したので、彼もどことなくぎこちない様子だった。
竜一も何度か話しかけようと、ちらちらこちらを窺っているのが分かる。
これでは到底家までもたない、と思った舞は自分から静寂を破ることにした。
「竜一くん、ほんと久しぶりだよね。元気だったの?」
おずおずと問うと、竜一くんは話しかけてくれたのが嬉しかったのか、ぱぁっと笑顔になった。
なんの穢れもなさそうな屈託ない笑顔が、舞の胸を締め付ける。
「元気してたよ。法学部に入ってるんだけど、将来弁護士になりたくてさ。今必死に勉強を頑張ってるところだよ。」
ほぅ、と思わず感嘆のため息が出てしまった。
竜一は自分の目標に向かってまっすぐ進んでいる。
夢もなく何も目標がない舞から見ると、そんな竜一がとても眩しく感じた。
「舞は?どうなの、最近。」
「んー、変わらずかな。バイトしながらのんびり大学生活楽しんでるよ。」
「そっか。華の女子大生ってやつですね。羨ましいっすな。」
おどけて言う竜一に、舞はくすりと笑った。
「そんな大したもんじゃないよ。」
「ふぅん。…あ、ちょっと待って。」
竜一はそう言って近くにある自動販売機に行くと、缶コーヒーを2つ買って戻ってきた。
一つを舞に手渡す。
「まだ少しくらいは時間あるだろ?」
そう言うと、近くに会った公園を親指で指差した。
断る理由もなかったので、了承した。
二人並んで公園のベンチに腰掛ける。
二人の間には、拳二つ分ほどの距離が空いていた。
これが自分達の距離なんだな、と心の中で舞は思った。
「もうだいぶ涼しくなってきたな。」
缶コーヒーを啜ると、竜一は遠くを見るような目つきをしながら言う。
舞も竜一につられて、遠くに目をやる。
いくつもの建物やビルの光が目に飛び込んできて、思わず目を細めた。
「そうだね。」
舞も缶コーヒーを一口啜る。
ただの自動販売機の缶コーヒーなのだが、竜一と飲んでいるからだろうか、いつもよりも美味しく感じる。
単純な自分に、心の中で苦笑した。
「ずっと謝らなくちゃと思ってた。」
「え?」
突然何を言われたのか分からず、舞はきょとんと竜一を見つめた。
竜一は後頭部をポリポリと掻く。
「いやその…あのことがあって…なんていうか気まずいまま卒業して別れちゃったじゃん?」
"あのこと"…それが何のことを言っているのか舞はすぐに理解した。
どう返して良いか分からず、舞は缶コーヒーを両手で握ったまま俯く。
「正直言うと、あの時舞のこと疑ってた。陽菜子にあんなLINEを送って脅してたのは、舞なんじゃないかって。よく考えたら…いや考えなくても舞がそんなことをする奴じゃないって分かってたのに。……本当にごめんな。」
"ごめんな"の声があまりにも優しすぎて。
舞は溢れる涙を止めることができなかった。
次々と、缶コーヒーを持つ手に雫が当たってゆく。
「私こそ…ごめんなさい。私が告白なんかしなかったら…陽菜子は……」
「それは違うよ。」
竜一はすぐにかぶりを振った。
「舞のせいなんかじゃない。それを言ったら、あいつの一番近くにいたのに助けてあげれなかった俺が一番悪いよ。」
「竜一くん……」
それに、と竜一は笑顔で続けた。
「もう俺は吹っ切れてるよ。もちろん陽菜子のことは忘れたわけじゃないし、忘れる必要ないと思ってる。だけどそれを引きづったままじゃ陽菜子だってうかばれないだろ。前を向いて歩いていく。陽菜子だって、きっとそれを望んでると思うよ。」
「…そう、だね。」
舞が涙ながらに頷くと、竜一も満足気に頷いた。
それにしても、と竜一は"この話はもう終わり"とでも言うように伸びをしながら、悪戯っぽく笑う。
二人のわだかまりが解けた瞬間だった。
「なんかほんと世間て狭いよなぁ。こんなとこで再会するなんてさ。」
「ほんとだね。私もびっくりしたよ。」
「これも何かの縁だと思うし…また会ってくれる?俺のLINEってまだ残ってるかな?変わってないんだけど。」
首を傾げながら見つめてくる竜一に、舞の心臓は大きく波打つ。
竜一は深い意味もなく言ったつもりだろうが、彼の言葉は舞のLINEをいまだに残してくれているということを暗に示していた。
「うん、残ってる。」
「良かったぁ。ブロックされてたら泣いてるところだった。」
「あー、泣いてる顔見たかったかも。」
二人で顔を見合わせて、同時にぷーっと噴き出す。
またこんな風に、竜一と笑って話せる日が来るとは思ってもいなかった。
家に着いて一人になってからも、舞の心はしばらく舞い上がっていた。
沙紀が「なんだーこんなイケメン男子と知り合いだったんじゃん!」「付き合っちゃいなよー」などなど、大騒ぎした。
その度に適当に流しつつ、居心地の悪い思いで時間が流れていった。
ようやくお開きにしようかと沙紀が言い出してくれたのは、夜の22時を過ぎた頃だった。
すっかり出来上がってしまった沙紀を圭太が支えながら、「ほんと、ごめんね」と申し訳なさそうに頭を下げる。
圭太は本当に優しい人だ。
兎にも角にも、ようやく(紗紀から)解放される。
ほっと胸を撫でおろした時、沙紀が余計な一言を発した。
「竜一くぅん、あなた、女子一人で帰らせるわけじゃぁないわよねぇ?ちゃんと舞ちゃん送って言ってあげなさいよぉ。」
慌てていいよいいよ、と胸の前で手を振って拒否したが、竜一が「もちろんだよ。」なんて笑顔で言うもんで、舞には断る選択肢がなくなってしまった。
帰り道、どことなく気まずい空気が二人を包み込んだ。
竜一が現れてから舞が明らかにぎくしゃくし出したので、彼もどことなくぎこちない様子だった。
竜一も何度か話しかけようと、ちらちらこちらを窺っているのが分かる。
これでは到底家までもたない、と思った舞は自分から静寂を破ることにした。
「竜一くん、ほんと久しぶりだよね。元気だったの?」
おずおずと問うと、竜一くんは話しかけてくれたのが嬉しかったのか、ぱぁっと笑顔になった。
なんの穢れもなさそうな屈託ない笑顔が、舞の胸を締め付ける。
「元気してたよ。法学部に入ってるんだけど、将来弁護士になりたくてさ。今必死に勉強を頑張ってるところだよ。」
ほぅ、と思わず感嘆のため息が出てしまった。
竜一は自分の目標に向かってまっすぐ進んでいる。
夢もなく何も目標がない舞から見ると、そんな竜一がとても眩しく感じた。
「舞は?どうなの、最近。」
「んー、変わらずかな。バイトしながらのんびり大学生活楽しんでるよ。」
「そっか。華の女子大生ってやつですね。羨ましいっすな。」
おどけて言う竜一に、舞はくすりと笑った。
「そんな大したもんじゃないよ。」
「ふぅん。…あ、ちょっと待って。」
竜一はそう言って近くにある自動販売機に行くと、缶コーヒーを2つ買って戻ってきた。
一つを舞に手渡す。
「まだ少しくらいは時間あるだろ?」
そう言うと、近くに会った公園を親指で指差した。
断る理由もなかったので、了承した。
二人並んで公園のベンチに腰掛ける。
二人の間には、拳二つ分ほどの距離が空いていた。
これが自分達の距離なんだな、と心の中で舞は思った。
「もうだいぶ涼しくなってきたな。」
缶コーヒーを啜ると、竜一は遠くを見るような目つきをしながら言う。
舞も竜一につられて、遠くに目をやる。
いくつもの建物やビルの光が目に飛び込んできて、思わず目を細めた。
「そうだね。」
舞も缶コーヒーを一口啜る。
ただの自動販売機の缶コーヒーなのだが、竜一と飲んでいるからだろうか、いつもよりも美味しく感じる。
単純な自分に、心の中で苦笑した。
「ずっと謝らなくちゃと思ってた。」
「え?」
突然何を言われたのか分からず、舞はきょとんと竜一を見つめた。
竜一は後頭部をポリポリと掻く。
「いやその…あのことがあって…なんていうか気まずいまま卒業して別れちゃったじゃん?」
"あのこと"…それが何のことを言っているのか舞はすぐに理解した。
どう返して良いか分からず、舞は缶コーヒーを両手で握ったまま俯く。
「正直言うと、あの時舞のこと疑ってた。陽菜子にあんなLINEを送って脅してたのは、舞なんじゃないかって。よく考えたら…いや考えなくても舞がそんなことをする奴じゃないって分かってたのに。……本当にごめんな。」
"ごめんな"の声があまりにも優しすぎて。
舞は溢れる涙を止めることができなかった。
次々と、缶コーヒーを持つ手に雫が当たってゆく。
「私こそ…ごめんなさい。私が告白なんかしなかったら…陽菜子は……」
「それは違うよ。」
竜一はすぐにかぶりを振った。
「舞のせいなんかじゃない。それを言ったら、あいつの一番近くにいたのに助けてあげれなかった俺が一番悪いよ。」
「竜一くん……」
それに、と竜一は笑顔で続けた。
「もう俺は吹っ切れてるよ。もちろん陽菜子のことは忘れたわけじゃないし、忘れる必要ないと思ってる。だけどそれを引きづったままじゃ陽菜子だってうかばれないだろ。前を向いて歩いていく。陽菜子だって、きっとそれを望んでると思うよ。」
「…そう、だね。」
舞が涙ながらに頷くと、竜一も満足気に頷いた。
それにしても、と竜一は"この話はもう終わり"とでも言うように伸びをしながら、悪戯っぽく笑う。
二人のわだかまりが解けた瞬間だった。
「なんかほんと世間て狭いよなぁ。こんなとこで再会するなんてさ。」
「ほんとだね。私もびっくりしたよ。」
「これも何かの縁だと思うし…また会ってくれる?俺のLINEってまだ残ってるかな?変わってないんだけど。」
首を傾げながら見つめてくる竜一に、舞の心臓は大きく波打つ。
竜一は深い意味もなく言ったつもりだろうが、彼の言葉は舞のLINEをいまだに残してくれているということを暗に示していた。
「うん、残ってる。」
「良かったぁ。ブロックされてたら泣いてるところだった。」
「あー、泣いてる顔見たかったかも。」
二人で顔を見合わせて、同時にぷーっと噴き出す。
またこんな風に、竜一と笑って話せる日が来るとは思ってもいなかった。
家に着いて一人になってからも、舞の心はしばらく舞い上がっていた。
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