ヴィーナスは微笑む

蒼井 結花理

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三章

第65話 二人だけの秘密

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「瑞穂さん、今日は付き合ってもらってすみませんでした。」


「ううん、お役に立てたなら良かった。」


瑞穂が目尻を下げて優しく微笑む。



今日は瑞穂がセレクトしてくれたチョコレート専門店をリサーチをしに行っていた。


兄が今日はバイトで1日いないので、こっそり瑞穂と連絡を取って付き合ってもらったのだ。


3店舗周り、その中の一つのチョコレートケーキに決めた。


予約を済ませて、今はその帰り道。


瑞穂のチョイスとあってさすがどのお店も素敵で、決めるのにだいぶ時間がかかってしまった。


午前10時前には出たのに、結局15時になってしまった。(もちろん途中でランチはしたが)



「お兄さんに渡せるの楽しみね。」


「はい!」


「あ、もちろん私が勧めたことは内緒ね。私、お兄さんになぜか嫌われてしまってるみたいだから…」


肩を竦めて寂しそうに眉をハの字にする瑞穂。


なんだか申し訳ない気持ちになる。


瑞穂はこんなに優しい人なのに、兄は瑞穂のことをだいぶ嫌っている。



そういえば、と真桜は前に兄が言ったことを思い出す。


親友の深雪が亡くなった時、兄は"あの女のせいだ"と何度も何度も言っていた。


"あの女"が誰かとは言わなかったけれど、この前の兄の様子でピンときた。


お兄ちゃんは、瑞穂さんの仕業だと思っているんだ。



あれは事故だった。


真桜は今でもそう思っている。


お酒を飲んだ男子生徒が、飲酒をして酔っぱらい、深雪を跳ねた。


憎むべき相手はその男なのだ。


真桜はぎゅっと拳を握りしめて唇を噛みしめる。



だけど、兄の考えは違っていた。


その男は、誰かに飲酒をさせられたのだと。


普段お酒を飲む人ではなかったというけれど、その男は21歳。


お酒が飲める年齢になったばかりで、お酒が飲める楽しさを覚えてしまったのかもしれない。


いや、そう考えたほうが妥当だ。


飲酒をさせて深雪を狙って殺させたなど…


ありえない、と真桜は振り切るように首を振った。



「…真桜ちゃん?」


瑞穂の声で我に返ると、彼女の心配そうな顔が目の前にあった。


「ご、ごめんなさい。ちょっとボーッとしちゃってて。大丈夫ですよ。兄には内緒にしておきますから!」


「今日はずいぶんと歩いたから、疲れさせちゃったかしら。ごめんなさいね…今日は帰ったらゆっくりしてね。」


申し訳なさそうに言う瑞穂に、真桜は慌てて胸の前で両手を振った。


「そんなことないです!私から誘ったんですから!むしろ助かりました。私、おしゃれなお店とかあまり知らないので。」


「それなら良かった。」


そう言うと、瑞穂は胸に手を当ててほっとした表情をした。


本当に瑞穂さんは細かいところも気遣ってくれて、優しいな。



結局、瑞穂は家まで送ってくれた。


「ありがとうございました!」


「こちらこそ。真桜ちゃんとお出かけできて楽しかったわ。ありがとう。」


そう言って背を向ける瑞穂に、真桜はあの!と声をかけた。


彼女の足が止まり、ゆっくりとこちらを振り向く。


髪を耳にかけながら首を傾げる仕草の美しさに、真桜は思わずうっとりとしてしまう。


「また、会ってくれますか?…お兄ちゃんがいない時に」


付け加えたように言うと、瑞穂は目をしばたたかせた後、おかしそうに笑った。


「ふふ、そうね。お兄さんがいない時に。二人だけの秘密ね。」



"秘密"


瑞穂から発せられたその言葉が、頭の中で何度もこだまする。


兄に黙っている罪悪感はあったが、それよりも瑞穂と秘密を共有している嬉しさの方が勝ってしまっていた。
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