ヴィーナスは微笑む

蒼井 結花理

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三章

第61話 共鳴するように

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「ただいまー!」


家の中に入った拓海は、さきほどとは打って変わって明るい声になる。


「お兄ちゃん?お帰りなさい!」


リビングから声がして、そしてパタパタと足音が近づいてくる。


しかし、拓海の後ろに舞の姿を認めるとはたと足を止める。


「お兄ちゃん、その人は?」


真桜は警戒したように舞の顔をじっと見つめる。


カールがかかった色素が薄い髪は、天然パーマだろうか。


猫を彷彿させる愛らしい瞳。


今は痩せているが、おそらく元気な時はだいぶ可愛かっただろうと予想できた。



拓海はちらっと舞に目配せすると真桜に視線を戻す。


「この前話した、ナナちゃんだよ。」


「初めまして、七瀬舞です。」


舞はぺこりと頭を下げる。


真桜は少し目をしばたたかせた後、少しだけ表情を緩めた。


「真桜です。お兄ちゃんから話は聞いてました。」


真桜もおずおずと頭を下げる。


親友を失ったばかりなのだ、この反応も無理はない。


どうしても自分の境遇と重ね合わせてしまい、胸に刻まれた傷が疼く。


真桜に共鳴してしまうように。



「真桜、何をしてたの?」


「今はテレビ見てた。」


拓海に声をかけられ、真桜はぱぁっと顔を輝かせる。


「そっか。今日は体調はいい?」


「うん。大丈夫だよ。今日は調子いいの。」


「なら良かった。」


拓海は真桜の頭に優しく手を置く。


しかし次の真桜の言葉で、一気に拓海の表情は凍り付いた。


「あのね、今お客さんが来てたの。」


「……そう。」


「深雪のお友達だった人みたいで、心配して来てくれたみたいで。」


「真桜。」


「すっごくいい人だったよ。私めちゃくちゃ人見知りする方なんだけど、なぜかその人は大丈夫だった。差し入れまでしてくれたんだよ。」


真桜は持っていた袋を掲げて笑顔を見せる。


瑞穂は一回会っただけで真桜と打ち解けてしまったのか。


どんな人の心もすぐに掴んでしまう、さすがは瑞穂だなと思った。



次の瞬間。


バシン!!!!!!!!


大きな音と共に、真桜の持っていた袋が床に落ちる。


そして中に入っていたショートケーキがいびつな形で飛び出た。


「お兄、ちゃん…?」


真桜は尋常じゃない拓海の様子にぷるぷると手を震わせる。


舞も突然のことに目を見開いて拓海の方を見やる。


拓海ははぁはぁと息を乱していた。


「…真桜。」


拓海は気持ちを落ち着かせるように深呼吸をすると、真央の肩に手を置いた。


真桜の肩がぴくん、と反応する。


「もうあの女には近づくな。家に来ても絶対に入れちゃいけない。」


「ど、どうして…?あの人、すごく優しくしてくれて…」


「頼むから。お兄ちゃんの言うこと聞いてくれ。」


肩に置かれた拓海の手に力が入る。


いつになく深刻な拓海の様子に、真桜もこくんと静かに頷いた。


「…分かった。」


拓海はほっとした様子で胸を撫でおろす。


次の瞬間にはすぐにいつもの笑顔になっていた。


「ケーキ、ダメにしちゃってごめんな。今度お兄ちゃんが美味しいの買ってきてやるから。」


真桜もいつもの兄に戻って安心したのか、頬にえくぼを作って笑った。


「仕方ないなぁ、約束だからね。」


唇を尖らせて言う真桜。


そして、ゆっくりと舞の方に視線を向けた。


「立ったままなのもなので、舞さんもリビングに行きましょ。」


まだ少しぎこちない様子の真桜に、舞もようやく頬を緩めた。
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