ヴィーナスは微笑む

蒼井 結花理

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三章

第52話 約束の日曜日

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千早と約束した日曜日。


Cafe cosmosへの途中、自転車を止めて空を見上げる。


雲一つない青空で、気持ちが良い。


深く深呼吸をして、また歩みを進めた。



カフェの駐車場に自転車を止め、階段を上がっていく。


木の門を押し開けて店へと続くレンガの道を歩く。


カフェの中に入ると、コーヒーの優しい香りがした。


店内はとてもゆったりとしていて、テーブル席が10席、カウンターが5席ある。


バルコニーにもテラス席が3席あり、お洒落だ。



店の奥の従業員部屋に入り、着替えを済ませる。


ドアを出たところで、ある人と鉢合わせした。


「あら、舞ちゃん。」


店主の椎葉絵理(しいば・えり)。


40代前半だが、笑うとえくぼができて愛らしく、年よりもずっと若く見える。


美人というよりは可愛らしいというほうが合っているかもしれない。



「絵理さん、こんにちは。今日もよろしくお願いします。」


舞が頭を下げると、絵理はにっこりと笑った。


心なしか、いつもよりも疲れているように見える。


「体調でも悪いんですか?」


「分かる?そうなのよぉ、昨日飲みすぎちゃってさ。」


見た目によろず、絵理は酒豪だ。


「絵理さん、飲みすぎは身体によくないですよ。」


「分かってるわよー」


絵理はふふっと笑いながらカウンターに座ると倒れ込むように突っ伏した。


「舞ちゃん、眠気覚ましにコーヒー淹れてくれない?アイスで。」


机に突っ伏したまま顔を上げる。


40代のいい大人がそんなことをしたら普通は嫌悪感を抱くが、不思議と絵里がしても気にならない。


舞は笑顔で分かりました、と答えるとコーヒーを挽き始めた。


絵理は舞が淹れたコーヒーを飲むと、ふぁっと息を吐く。


「あぁー舞ちゃんの淹れるコーヒーはやっぱり最高ね。」


「ありがとうございます。でもお客さんが来たらしっかり対応してくださいね。」


「はぁーい。分かってます。」


「お願いしますね、店長さん。」


絵里は舞のことをとても可愛がってくれている。


なので舞のほうも実のお姉さんのように慕っていた。


こんな風にくだけて話ができるのも、絵理だからだ。



「そういえば絵理さん。」と舞は思い出して話す。


「今日これから私の友達がお店に来るんです。たぶんお昼過ぎ頃だと思うんですけど。」


「そうなの!舞ちゃんがお友達を連れてくるなんて初めてね。嬉しいわぁ。じゃぁ、しっかりおもてなししないとね。」


絵理はふにゃぁっと表情を崩して愛らしく笑う。



舞はカウンターにあるコンポのスイッチを入れて音楽を流す。


落ち着いたお店の雰囲気に合ったクラシックが店内に流れる。


音楽に合わせ、同じく着替えを済ませて出てきた拓海と一緒にランチの下ごしらえを始めた。


三種類のランチメニューと、デザートのケーキ各種。


Cafe kosmosの一番の売りは、なんと言ってもラズベリーのケーキだ。


ケーキというと女性客が好むイメージがあるが、このケーキは甘さが控えめで酸味が絶妙だと男性客にも人気である。



「絵理さぁーん。落ち着いたなら絵理さんも手伝ってくださぁーい。」


「ごめぇーん。まだ復活しなーい。」


間の抜けた返事が返ってきて、拓海と顔を見合わせてぷっと噴き出す。


他の人なら即怒るところだが、なぜか絵理には憎めないところがある。




Cafe cosmosはとても人気で、今日も開店同時から大忙しだ。


昼間は特にランチを求めて大勢のお客さんが来るので、席はあっという間に埋まってしまう。


でも今日は千早が来るので、カウンターの一席には"reserved"の札が立ててあった。



そして午後一時を過ぎたあたり。


カランカラン、と店のベルが鳴り、元気よく「いらっしゃいませー」とドアの方に顔を向ける。


そこには栗花落千早の姿があった。


舞は表情を崩して千早に駆け寄る。


千早はいつものように鉄仮面のまま片手を軽く上げた。


「千早さん、いらっしゃい。」


「すごい人だね。大人気じゃん。」


「おかげさまでね。…あ、カウンター取ってあるから座って。」


千早をカウンターに誘導し座らせると、舞は近くにあったメニューを広げる。


「このラズベリーのケーキが一番人気でおススメなの。ぜひ千早さんに食べてほしい。それと飲み物はこっちにあるから、好きなものを選んでね。」


「ありがとう。じゃあケーキはそのおススメのと、飲み物はアイスティーでいいよ。」


さっぱりとした性格の千早は、決めるのも早いらしい。


舞はメニューを閉じてオーダーを伝えようと振りかえった、その時。



「千早?!」


目を丸くした拓海が目の前に立っていた。
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