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二章
第34話 嫉妬
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舞のスマホに陽菜子から電話がかかってきたのは、伊織と別れて帰ってきてから数時間後くらいのことだった。
陽菜子から電話がかかってくることは珍しくなかったが、この日の陽菜子は少しおかしかった。
特に何か用事がなかったわけじゃないんだ、と陽菜子は言った。
「ちょっとお母さんに怒られちゃったもんだから、落ち込んでたんだぁ。」
「どうして怒られたの?」
「今回の抜き打ちテスト、あんま点数が良くなかったから。」
そういえば今日テストが帰ってきた時、陽菜子はすごく落ち込んでいる様子だった。
陽菜子にしては珍しい。
いや、人間だからその時の気分などによって点数が悪いこともあるだろうが。
それでも陽菜子は、これまで安定して良い点数をキープし続けていたのだ。
やはり今回のことが、テストに影響したのだろうか。
「そうなんだ。…ごめんね陽菜子。私のことを庇ったせいで、陽菜子にまで嫌な思いさせちゃってるね。」
「え、ううん。そういうことじゃないよ。違くて…」
陽菜子は慌てるように言うと、そのまま黙りこんでしまった。
「……それより、舞。体のほうは大丈夫なの?」
「ありがとう、もう大丈夫だよ。」
「それなら良かった。」
陽菜子との電話が終わると、舞は壁の時計を見た。
まだ五時を過ぎたあたりだ。
舞はカーディガンを羽織ると、スマートフォンと財布だけ手に持ち玄関に向かう。
靴を履いて、扉を押した。
外に出ると、酸素を求めて思い切り息を吸い込む。
舞はさきほどの陽菜子とのやり取りを思い出していた。
陽菜子の、いつになく弱々しい声が頭の中から離れない。
何かあったのだろうか。
瑞穂に相談してみたい気持ちになりスマートフォンを手にしたけれど、すぐにポケットの中にスマートフォンを押し込んだ。
瑞穂には相談してはいけない。なぜか、そんな風に思えた。
やがて行く先にファミリーマートの看板が見えてくる。
舞は飲み物でも買おうかと店の中に入った。
と、雑誌コーナーにいる見知った横顔に、舞は一瞬足を止めた。
数秒迷ったあげく、声をかけないまま、舞は飲み物コーナーへと進んだ。
ミルクティーを手にし、再び雑誌コーナーへと戻ると、まだそこには雑誌に夢中になっている背中があった。
こちらには全く気付いていないらしい。
なおも迷った末に、舞はその背中に声をかけた。
相手はびっくりしたように振り向く。
舞を見るなり、みるみるうちに表情が和らいでいった。
「よぉ、舞。」
竜一は持っていた雑誌を戻して、笑顔で片手を上げた。
くしゃりとした笑顔がいつもより幼く見えて、とくんと心臓が高鳴る。
「それ、買うの?」
「え?」
「それ。」
竜一は舞の手元に視線を落としミルクティーを指さす。
「あ、うん。」
「俺もそれにしよっかな、ちょっと待っててよ。」
そう言うと竜一も飲み物コーナーに行き、舞と同じミルクティーを手に戻ってきた。
そして舞の手からミルクティーを取り上げる。
「え?」
「奢ってやるよ。」
「いいよ、いいよ。そんなの。」
「こういう時は素直に奢られてなさい。」
「なによ、それ。」
ふ、と思わず舞は噴き出す。
おどけたように言う竜一に、舞も思わず笑顔になっていた。
舞と竜一はファミリーマートから出ると、竜一の提案でそこから三分ほど離れた公園へ向かった。
ベンチに腰を下ろす。
二人の間には、体二つ分ほど離れていた。
これが自分達の心の距離かもしれない、なんて少し寂しくも感じながら。
竜一はミルクティーを手にしたまましばらく足元の石ころを見ていたが、ふいに顔を上げた。
「陽菜子、大丈夫かな。」
彼の口からその名前が出たとたん、舞は心の中に嫉妬の炎が灯るのを感じた。
怒りにも似た、そんな強い感情が沸き起こる。
「さっき電話したんだけど、ちょっと様子おかしかった。本人はテストの点数が悪くてお母さんに怒られたって言ってたけど、それだけじゃないような気がして。」
「そうか。やっぱりあのことが原因なのかな。」
「分からないよ、そんなこと。本人は違うって否定してた。」
つい、強い口調になってしまう。
私だって同じようにクラスメイトから避けられてるのになんで陽菜子のことばかり気にするの、とそんなことを思ってしまう自分がひどく嫌な人間に思える。
胸の内にある醜い感情を誤魔化すように、舞はミルクティーを飲みほした。
「あいつ、いつも無理してニコニコしてるんじゃないかって心配になるんだよ。あんなこともあったし、放っておけないっていうか。」
「そんなの、私達がどうこうできる問題じゃないよ。陽菜子が話してくれないならどうしようもないし。」
舞のそっけない態度に竜一は口をつぐみ、それ以上は何も言わなかった。
続く、沈黙。
あまりの気まずさに、舞は立ち上がった。
「私、帰る。」
竜一はこちらを見ずに、頷いた。
陽菜子から電話がかかってくることは珍しくなかったが、この日の陽菜子は少しおかしかった。
特に何か用事がなかったわけじゃないんだ、と陽菜子は言った。
「ちょっとお母さんに怒られちゃったもんだから、落ち込んでたんだぁ。」
「どうして怒られたの?」
「今回の抜き打ちテスト、あんま点数が良くなかったから。」
そういえば今日テストが帰ってきた時、陽菜子はすごく落ち込んでいる様子だった。
陽菜子にしては珍しい。
いや、人間だからその時の気分などによって点数が悪いこともあるだろうが。
それでも陽菜子は、これまで安定して良い点数をキープし続けていたのだ。
やはり今回のことが、テストに影響したのだろうか。
「そうなんだ。…ごめんね陽菜子。私のことを庇ったせいで、陽菜子にまで嫌な思いさせちゃってるね。」
「え、ううん。そういうことじゃないよ。違くて…」
陽菜子は慌てるように言うと、そのまま黙りこんでしまった。
「……それより、舞。体のほうは大丈夫なの?」
「ありがとう、もう大丈夫だよ。」
「それなら良かった。」
陽菜子との電話が終わると、舞は壁の時計を見た。
まだ五時を過ぎたあたりだ。
舞はカーディガンを羽織ると、スマートフォンと財布だけ手に持ち玄関に向かう。
靴を履いて、扉を押した。
外に出ると、酸素を求めて思い切り息を吸い込む。
舞はさきほどの陽菜子とのやり取りを思い出していた。
陽菜子の、いつになく弱々しい声が頭の中から離れない。
何かあったのだろうか。
瑞穂に相談してみたい気持ちになりスマートフォンを手にしたけれど、すぐにポケットの中にスマートフォンを押し込んだ。
瑞穂には相談してはいけない。なぜか、そんな風に思えた。
やがて行く先にファミリーマートの看板が見えてくる。
舞は飲み物でも買おうかと店の中に入った。
と、雑誌コーナーにいる見知った横顔に、舞は一瞬足を止めた。
数秒迷ったあげく、声をかけないまま、舞は飲み物コーナーへと進んだ。
ミルクティーを手にし、再び雑誌コーナーへと戻ると、まだそこには雑誌に夢中になっている背中があった。
こちらには全く気付いていないらしい。
なおも迷った末に、舞はその背中に声をかけた。
相手はびっくりしたように振り向く。
舞を見るなり、みるみるうちに表情が和らいでいった。
「よぉ、舞。」
竜一は持っていた雑誌を戻して、笑顔で片手を上げた。
くしゃりとした笑顔がいつもより幼く見えて、とくんと心臓が高鳴る。
「それ、買うの?」
「え?」
「それ。」
竜一は舞の手元に視線を落としミルクティーを指さす。
「あ、うん。」
「俺もそれにしよっかな、ちょっと待っててよ。」
そう言うと竜一も飲み物コーナーに行き、舞と同じミルクティーを手に戻ってきた。
そして舞の手からミルクティーを取り上げる。
「え?」
「奢ってやるよ。」
「いいよ、いいよ。そんなの。」
「こういう時は素直に奢られてなさい。」
「なによ、それ。」
ふ、と思わず舞は噴き出す。
おどけたように言う竜一に、舞も思わず笑顔になっていた。
舞と竜一はファミリーマートから出ると、竜一の提案でそこから三分ほど離れた公園へ向かった。
ベンチに腰を下ろす。
二人の間には、体二つ分ほど離れていた。
これが自分達の心の距離かもしれない、なんて少し寂しくも感じながら。
竜一はミルクティーを手にしたまましばらく足元の石ころを見ていたが、ふいに顔を上げた。
「陽菜子、大丈夫かな。」
彼の口からその名前が出たとたん、舞は心の中に嫉妬の炎が灯るのを感じた。
怒りにも似た、そんな強い感情が沸き起こる。
「さっき電話したんだけど、ちょっと様子おかしかった。本人はテストの点数が悪くてお母さんに怒られたって言ってたけど、それだけじゃないような気がして。」
「そうか。やっぱりあのことが原因なのかな。」
「分からないよ、そんなこと。本人は違うって否定してた。」
つい、強い口調になってしまう。
私だって同じようにクラスメイトから避けられてるのになんで陽菜子のことばかり気にするの、とそんなことを思ってしまう自分がひどく嫌な人間に思える。
胸の内にある醜い感情を誤魔化すように、舞はミルクティーを飲みほした。
「あいつ、いつも無理してニコニコしてるんじゃないかって心配になるんだよ。あんなこともあったし、放っておけないっていうか。」
「そんなの、私達がどうこうできる問題じゃないよ。陽菜子が話してくれないならどうしようもないし。」
舞のそっけない態度に竜一は口をつぐみ、それ以上は何も言わなかった。
続く、沈黙。
あまりの気まずさに、舞は立ち上がった。
「私、帰る。」
竜一はこちらを見ずに、頷いた。
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