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一章
第18話 羽化した蝶
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この日舞と友樹は、この日近くの自然公園に来ていた。
公園に入ると、舞は近くの自動販売機に寄るとアイスストレートティーとアイスココアを購入した。
先にベンチに座っている友樹に、アイスココアの方を差し出す。
しかし友樹は俯いたまま、受け取ろうとはしなかった。
「ほーら、早く持って!」
舞は無理矢理友樹の手にアイスココアを握らせると、自分も友樹の隣に腰掛ける。
一口アイスストレートティーを飲むと、ほどよくブレンドされた甘みと苦みが口の中に広がる。
せいいっぱい口内で堪能した後飲み干すと、俯いたままの友樹の横顔を覗き込んだ。
「どうしたの?今日は元気ないね。」
「………」
「何かあったなら、私でよければ話を聞くよ。」
「いや……愛美が、さ。」
「愛美ちゃんが?」
舞は首を傾げてみせる。
「ここ何日か様子がおかしいんだ。目も合わせてくれないし、ずっと避けられててよ。俺のことを怖がってるような…そんな雰囲気なんだよ。」
「……それは心配だね。愛美ちゃん何かあったのかな?」
「何がなんだか分からねーよ。急にだし。」
舞は人差し指を顎に当てながら、うーんと考える仕草をする。
「愛美ちゃんもお年頃だし、デリケートな時期だもんね。お兄ちゃんに言えないようなことの1つや2つあるんじゃないの?」
「でも、愛美に限ってそんな…」
「いくら仲の良い兄妹だって、距離取りたくなる時期くらいあるわよ。……あ、もしかしたら好きな男の子ができたとか!」
わざとからかうように言ってみせるが、友樹はすぐに首を振って否定した。
「それは、ないと思う。好きなやつができたら俺に教えろよって言ってきてるし。…そもそもあいつにそんなそぶりなんてなかったよ。隠し事なんて、あいつがするはずがない。」
「そっか。まぁ、ずっと愛美ちゃんを見てきてる友樹くんがそう言うなら、そうね。」
「愛美のことは俺が一番知ってる。あいつはずっと俺が大事にしてきたからな。」
舞はそっと友樹の手の甲に手を重ねる。
その手がかすかにびくっと跳ねる。
友樹の手の甲は汗ばんでいて、だけどひんやりと冷たかった。
「大丈夫よ。今は何も聞かずにそっとしてあげよ。きっと少ししたら、またいつもの愛美ちゃんに戻ってくれるよ。」
舞は優しく、両手で友樹の手を包み込んだ。
**********
目覚まし時計よりも早くに、その日は目が覚めた。
友樹と公園デートをした後、疲れていたのか夕飯を食べてお風呂に入った後はすぐにベッドに入ってしまったので、その分早く目覚めてしまったのだろう。
窓からは赤い光が差し込んでいて、小鳥のさえずりが聞こえてくる。
舞は手ぐしでサッと髪を整え、制服に着替えると下に降りた。
ダイニングでは、もうすでにパンと目玉焼き、サラダが並べられていた。
キッチンではお母さんがコーヒーを入れていて、カカオの香ばしい香りが漂ってきている。
舞は朝コーヒーは飲まないので、お母さんとお父さんの分だけだろう。
「舞、起きたの?もう7時40分よ、早く食べないと遅刻しちゃうわよ。」
お母さんがキッチンから顔を出しながら声をかけてくる。
はーい、と気怠い返事をして、食パンにかじりついた。
最初はそのまま、次にいちごジャムを付けて食べるのが舞は好きだった。
ちょうど食べ終わって椅子から体を浮かせたタイミングで、ピンポーン、と家のインターフォンが鳴った。
「あら、誰かしら。舞、出てくれる?」
「うん。」
まだ部屋着のままなんだけどな、と思いながらも、舞は玄関まで行き、のぞき穴を確認する。
そこには笑顔で手を振る瑞穂の姿があった。
「瑞穂!どうしたの?」
「一緒に学校行こうと思って。もう準備できてる?」
「うん、あと髪整えるだけだから。数分だけ待ってて!」
舞は急いで髪を一つに束ね、椅子に置いてあったカバンを持つと、行ってきます、とお母さんに一言声をかけて玄関を出た。
「珍しいね、瑞穂が家まで迎えに来るなんて。」
「うん、たまには舞と一緒に登校したいなって思って。」
そう言って瑞穂は屈託ない笑顔を向ける。その後に、それとね、と彼女は続けた。
「最近、この辺りで朝登校中の生徒を狙った変質者がいるみたいなの。だから、怖くて。ほら、二人で登校したら安心でしょ?」
「そうなんだ。それは怖いね。」
瑞穂はこくりと頷く。
「でね、お母さんがこれ買ってくれたんだ。」
そう言って瑞穂はカバンから小さなスプレーボトルを取り出して見せた。
「これ、って」
「催涙スプレーだよ。あ、お母さんが舞の分も買ってくれたから。大丈夫だとは思うけど、用心に越したことはないし、常に持ち歩いてた方がいいよ。」
瑞穂はスプレーボトルを舞に渡してきた。
「舞は、私の相談に乗ってくれたりしてたでしょう。それがどんなに私の支えになったか分からないの。」
「そんな…私は何にもしてないよ。聞いてあげることしか…」
瑞穂は首を振る。ゆっくりと瞼を閉じてから、こう続けた。
「そんなことないよ。舞が話を聞いてくれただけで、味方になってくれただけで、救われたの。だから、私も舞の力になりたいよ。」
そうふんわりと微笑む瑞穂を見て、舞はハッと息を呑んだ。
出会ったばかりの頃の瑞穂の姿が思い浮かぶ。
今の瑞穂はあの頃と変わらず、とても美しい。いや、むしろその美しさは日を重ねるごとに増しているような気がする。
その笑顔も、出会った時の瑞穂となんら変わらない。
ただ、今の瑞穂には、どこか危うさを秘めた美しさのように感じられた。
まるで、さなぎから羽化した蝶のように。
ややあって、舞は言う。
「……ありがとう、瑞穂。」
瑞穂は少し目を見開いた後、不意に顔を綻ばせた。
「うん…私はずっと舞の味方だからね。」
語尾が儚げに伸びて、爽やかな朝の空気に溶けていった。
公園に入ると、舞は近くの自動販売機に寄るとアイスストレートティーとアイスココアを購入した。
先にベンチに座っている友樹に、アイスココアの方を差し出す。
しかし友樹は俯いたまま、受け取ろうとはしなかった。
「ほーら、早く持って!」
舞は無理矢理友樹の手にアイスココアを握らせると、自分も友樹の隣に腰掛ける。
一口アイスストレートティーを飲むと、ほどよくブレンドされた甘みと苦みが口の中に広がる。
せいいっぱい口内で堪能した後飲み干すと、俯いたままの友樹の横顔を覗き込んだ。
「どうしたの?今日は元気ないね。」
「………」
「何かあったなら、私でよければ話を聞くよ。」
「いや……愛美が、さ。」
「愛美ちゃんが?」
舞は首を傾げてみせる。
「ここ何日か様子がおかしいんだ。目も合わせてくれないし、ずっと避けられててよ。俺のことを怖がってるような…そんな雰囲気なんだよ。」
「……それは心配だね。愛美ちゃん何かあったのかな?」
「何がなんだか分からねーよ。急にだし。」
舞は人差し指を顎に当てながら、うーんと考える仕草をする。
「愛美ちゃんもお年頃だし、デリケートな時期だもんね。お兄ちゃんに言えないようなことの1つや2つあるんじゃないの?」
「でも、愛美に限ってそんな…」
「いくら仲の良い兄妹だって、距離取りたくなる時期くらいあるわよ。……あ、もしかしたら好きな男の子ができたとか!」
わざとからかうように言ってみせるが、友樹はすぐに首を振って否定した。
「それは、ないと思う。好きなやつができたら俺に教えろよって言ってきてるし。…そもそもあいつにそんなそぶりなんてなかったよ。隠し事なんて、あいつがするはずがない。」
「そっか。まぁ、ずっと愛美ちゃんを見てきてる友樹くんがそう言うなら、そうね。」
「愛美のことは俺が一番知ってる。あいつはずっと俺が大事にしてきたからな。」
舞はそっと友樹の手の甲に手を重ねる。
その手がかすかにびくっと跳ねる。
友樹の手の甲は汗ばんでいて、だけどひんやりと冷たかった。
「大丈夫よ。今は何も聞かずにそっとしてあげよ。きっと少ししたら、またいつもの愛美ちゃんに戻ってくれるよ。」
舞は優しく、両手で友樹の手を包み込んだ。
**********
目覚まし時計よりも早くに、その日は目が覚めた。
友樹と公園デートをした後、疲れていたのか夕飯を食べてお風呂に入った後はすぐにベッドに入ってしまったので、その分早く目覚めてしまったのだろう。
窓からは赤い光が差し込んでいて、小鳥のさえずりが聞こえてくる。
舞は手ぐしでサッと髪を整え、制服に着替えると下に降りた。
ダイニングでは、もうすでにパンと目玉焼き、サラダが並べられていた。
キッチンではお母さんがコーヒーを入れていて、カカオの香ばしい香りが漂ってきている。
舞は朝コーヒーは飲まないので、お母さんとお父さんの分だけだろう。
「舞、起きたの?もう7時40分よ、早く食べないと遅刻しちゃうわよ。」
お母さんがキッチンから顔を出しながら声をかけてくる。
はーい、と気怠い返事をして、食パンにかじりついた。
最初はそのまま、次にいちごジャムを付けて食べるのが舞は好きだった。
ちょうど食べ終わって椅子から体を浮かせたタイミングで、ピンポーン、と家のインターフォンが鳴った。
「あら、誰かしら。舞、出てくれる?」
「うん。」
まだ部屋着のままなんだけどな、と思いながらも、舞は玄関まで行き、のぞき穴を確認する。
そこには笑顔で手を振る瑞穂の姿があった。
「瑞穂!どうしたの?」
「一緒に学校行こうと思って。もう準備できてる?」
「うん、あと髪整えるだけだから。数分だけ待ってて!」
舞は急いで髪を一つに束ね、椅子に置いてあったカバンを持つと、行ってきます、とお母さんに一言声をかけて玄関を出た。
「珍しいね、瑞穂が家まで迎えに来るなんて。」
「うん、たまには舞と一緒に登校したいなって思って。」
そう言って瑞穂は屈託ない笑顔を向ける。その後に、それとね、と彼女は続けた。
「最近、この辺りで朝登校中の生徒を狙った変質者がいるみたいなの。だから、怖くて。ほら、二人で登校したら安心でしょ?」
「そうなんだ。それは怖いね。」
瑞穂はこくりと頷く。
「でね、お母さんがこれ買ってくれたんだ。」
そう言って瑞穂はカバンから小さなスプレーボトルを取り出して見せた。
「これ、って」
「催涙スプレーだよ。あ、お母さんが舞の分も買ってくれたから。大丈夫だとは思うけど、用心に越したことはないし、常に持ち歩いてた方がいいよ。」
瑞穂はスプレーボトルを舞に渡してきた。
「舞は、私の相談に乗ってくれたりしてたでしょう。それがどんなに私の支えになったか分からないの。」
「そんな…私は何にもしてないよ。聞いてあげることしか…」
瑞穂は首を振る。ゆっくりと瞼を閉じてから、こう続けた。
「そんなことないよ。舞が話を聞いてくれただけで、味方になってくれただけで、救われたの。だから、私も舞の力になりたいよ。」
そうふんわりと微笑む瑞穂を見て、舞はハッと息を呑んだ。
出会ったばかりの頃の瑞穂の姿が思い浮かぶ。
今の瑞穂はあの頃と変わらず、とても美しい。いや、むしろその美しさは日を重ねるごとに増しているような気がする。
その笑顔も、出会った時の瑞穂となんら変わらない。
ただ、今の瑞穂には、どこか危うさを秘めた美しさのように感じられた。
まるで、さなぎから羽化した蝶のように。
ややあって、舞は言う。
「……ありがとう、瑞穂。」
瑞穂は少し目を見開いた後、不意に顔を綻ばせた。
「うん…私はずっと舞の味方だからね。」
語尾が儚げに伸びて、爽やかな朝の空気に溶けていった。
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